母と一緒に金閣寺見物に行って来ました。お天気がよく金色が青空に映えて素晴らしかったです。茶店で抹茶を頂きながらひと休みして、銀閣寺に行ったことがないと言うのでバスで向いました。金・銀と対比で見られて満足したようです。そしてよく歩きました。5時に家に着き眼鏡が田舎から届いていたので急いで近郊の眼科医院に診察に行って来ました。女医さんでとても丁寧に診てくれて説明も詳しくしてくださいました。
今日の夕食は、
◆カワハギの煮付け ◆白和え ◆酢れんこん ◆味噌汁 ◆ご飯
今日お母さんにブログを見せました。不思議そうに見ています。母は2年前まで毎日日記を付けていたようですが今は書く気力がないようです。しかし、詩を書き写すときに結構漢字が書けているのに驚いています。中秋の名月、外に出て見てみましょう。
今日の夕食は、






◆マナカツオの西京焼き ◆鯛の昆布締め ◆鶏もも肉の唐揚げ ◆焚きあわせ ◆かぼちゃサラダ ◆ご飯
久しぶりの卓球
夜の1時半から本を読みながら要点を書き写していたら昼間眠くて仕方ありません。1時間ほど仮眠をとってOコミニティセンターへ卓球をしに行き、久久ぶりにグループのみんなと会いました。参加は7人でした。楽しく練習しましたが、私は自己流で打ち方が安定していません。もう少し卓球の方も身を入れて練習しなければと思いますが、器用でないので当面テニスに集中します。
今日の夕食は、






◆マナカツオの西京焼き ◆鯛の昆布締め ◆鶏もも肉の唐揚げ ◆焚きあわせ ◆かぼちゃサラダ ◆ご飯
久しぶりの卓球
夜の1時半から本を読みながら要点を書き写していたら昼間眠くて仕方ありません。1時間ほど仮眠をとってOコミニティセンターへ卓球をしに行き、久久ぶりにグループのみんなと会いました。参加は7人でした。楽しく練習しましたが、私は自己流で打ち方が安定していません。もう少し卓球の方も身を入れて練習しなければと思いますが、器用でないので当面テニスに集中します。

今日の夕食は、




◆ちらし寿司
◆なすのずんだ和え
◆湯葉のすまし汁
淀川河川敷
テニスの壁打ちに淀川大橋の下に行きました。この間の台風18号で河川敷が水浸しになり、公園もゴルフ場も水に浸かり、前にあったゴミは無くなり、新しいゴミが引っかかっていました。土はえぐられてテニスは出来ないので帰ってきました。が、泥水がつけた痕を見ると大きな淀川も濁流がプラス1.5~2.0mくらい高ければ堤防を越えて危険だったようだ。上流の桂川の当時の水嵩を見るとそれも頷ける話だ。
母とともに起床して、近所の散歩に出かけました。この地域は閑静な住宅街で大きな立派な家が立ち並んだ様子をえらく感心していました。朝食後、私は原稿用紙に日経新聞の春秋抄を書き写しをするので母には金子みすずの詩を書き写すように仕向けると嫌がったが渋々ながら書き写しました。午後からは時間をつぶすために髪をカットしに駅近くの美容院に行って爽やかな髪形にしてもらいました。
今日の夕食は、





◆鰤の照り焼きとほうれん草胡麻和え ◆茶碗蒸し ◆松茸の佃煮 ◆舞茸ご飯
~茶碗蒸し、舞茸ご飯にも秋の味覚・松茸が少し入っています。
今日の夕食は、





◆鰤の照り焼きとほうれん草胡麻和え ◆茶碗蒸し ◆松茸の佃煮 ◆舞茸ご飯
~茶碗蒸し、舞茸ご飯にも秋の味覚・松茸が少し入っています。
台風18号の影響で高槻駅で足止めで2時間も待ち、電車で新大阪まで通常15分が1時間もかかり、新幹線は待ち時間なしに乗れたので福山まで1時間で来れ、弟の迎えの車に乗って午後1時に実家についた。姉も帰っており、Sさん夫婦、弟夫婦と一緒に遅い昼食を頂きながら、母の現状やこれからの希望などを話し合いました。2時20分頃実家を母と一緒に出、弟に福山まで車で送ってもらい、4時過ぎに高槻まで順調に帰ってきました。これからの母との2週間は楽しみでもあり、不安でもある。
今日の夕食は、
◆あこうの煮つけ ◆南瓜の含め煮 ◆せんぎり ◆ふ卵汁 ◆ご飯
風雨が激しくまさに台風です。大風ではなく、どっしりと構えた風で当たるものを根こそぎひっくり返すような体勢で迫ってきます。6時前に起きて田舎に行く準備をしましたが、東海道新幹線が米原-京都間で止まっているので山陽新幹線も同様に止まっているかと思いきや、運転していると言う。市営バスは電話の問合せでは動いているようなので取敢えず駅まで行くことにする。しかし、JR京都線がインターネットで調べると運転見合わせの情報である。駅に電話しようとしたが非公開で電話番号が分らない。お客様センターに電話するもつながらない。駅に行けば何とかなると思い8時頃行く。しかし、電車は動かない。10時過ぎに1番電車が動くと言うが駅に止まったままで、大変な目にあった。 なお、朝起きた時のTVでは桂川の渡月橋が濁流に飲み込まれそうな映像が出ていて、家人と私の携帯には防災連絡メールが引切り無しに入ってくる。このメールで安満地域も一時避難指示が来たが、防災放送はなく、そのまま家に居て母を迎えに行く準備に追われていた。家の方は結局何もなく無事であった。