漢詩には寒梅を題にした物が多い。
また雪中梅にも名作がたくさんあり、皆して春を待つ心情が強かったようだ。
その代わり雪や氷その物を詠んだ詩は滅多に見られず、寒い冬が心底嫌いだったのだろう。
そして我が谷戸の梅が例年より10日ほど早く咲き出してしまった。
これも異常気象の暖かさで開いてしまったのだろうが、立春の日まで待春の情をじっくり味わおうと思っていたのに返って呆気なかった。
それでも朝方の寒気の中で咲く白梅の凛とした風姿には、この老隠者も襟を正す他ない品位がある。
中国の古人達が立春後の梅花の明るさよりこういった寒梅の暗香を愛したのが実感出来よう。
梅の名作と言えば何と言っても林和靖だ。
(林和靖詩集 清時代 木彫道教神像 明時代)
「山園小梅」は中国では知らぬ人が無く千古の絶唱とまで讃えられている梅の詩の代表的名作だ。
しかし日本ではあまり知られておらず、林和靖と言えば鶴仙人くらいの認識だろう。
これは江戸時代から盛唐の詩選ばかりが持て囃され、唐末から宋の詩は本もあまり出ていないせいだろう。
「暗香浮動月黄昏」
春の先駆けの梅林を華麗かつ幽遠に詠って、中華文明の粋を極めた名作だろう。
この詩の中には梅と言う字は一度も出て来ないが、中国の知識人なら暗香と言えば梅の事と自ずとわかるらしい。
その林和靖のこれも有名な梅花詩の一節を池大雅が書いている。
(梅花三首一節 池大雅書 江戸時代)
「雪後園林纔半樹 水辺籬落忽横枝」
まだ半咲きの梅林の景を詠んだ部分で、春への想いが高雅に伝わってくる。
大雅の書は如何にも春風駘蕩たる筆致でこの詩にふさわしい。
ネットオークションに出ていたこの軸は印譜も筆跡も用紙も確かだったにも関わらず、隠者が買える程度の値段にしか上がらずに私も驚いた。
軸装書画の価格は日本人の家屋に和室が激減したために以前から低下している上に草書行書を読める人はもっと少なく、日本文化はこれで良いのかと憤りを覚える程安くなってしまった。
情けない事に出品業者も何処の誰の詩かわからなかったようだ。
今週は寒波が来て冷え込みその後は暖かくなるそうで、もう三寒四温の気候となってしまうのだろう。
また今年も駆け足で過ぎ去る春を逃さず、風雅な暮しを味わい尽くしたい物だ。
©️甲士三郎