「月の光のように幻想的で美しい女神だが、その潔癖症は玉に疵」
アポローンの双子の妹、銀の弓を携えた女神であり、狩猟の神でもある。アポローンとは対照的に、白馬に引かせた白銀の戦車で漆黒の夜空を駆け巡る姿は幻想的である。
月を司るアルテミスは、ポセイドーンが支配する海に対しても影響力を持ち、彼女の手には海水を自在に操る銀の鎖が握られ、潮の満ち干きを意のままに出来る。
野生を支配し、孤高を好む彼女は人間嫌いで、アルカディアの山野で狩をすることを好んだ。
こんな話がある。アルテミスの侍女にミュムペー(ニンフ、妖精のこと)のカリストーがいた。彼女は冷たい感じの美女であるアルテミスとは、一味違った美女だったらしく、例の悪い虫(アルテミスの親父)ゼウスが手を出したのだ。
ことこの手のためなら手段を選ばないゼウスは、森の木陰で眠るカリストーの傍らにアルテミスの姿に変身して現れると、彼女を手に入れてしまった。
アルテミスは処女神アテーナーに憧れていて、自分も処女神としての誓いを立てていたので、こんな事情はとても話せないでいた、いやあ、ましてや相手があなたの父親ですなんて言えるわけがない…… ねえ…… しかし、やがてカリストーの体に変化が起きる(出来ちゃったんですね)。
当然アルテミスにばれてしまって、「お前のような汚らわしい娘はここから出ておいき!」と追放してしまった。しかも追い出されたカリストーは、あのヘーラーの怒りで牝熊されてしまうんだ。そして熊になったカリストーは、それと知らない狩猟の神であるアルテミスの弓で射殺されてしまうんだね(これには異説があって、射殺したのは、カリストーの息子であるアルカスともいわれている)。
正に踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂とは、このことだよ。
でも、さすがにゼウスが憐れんで(元を糺せば、あんたが悪い)、親子共々、夜空に輝く星座にしたんだ。それが、大熊座(北斗七星)と小熊座(北極星)なんです(でも、空恐ろしいヘーラーの呪いで彼女たちは、一年中休むことなしに夜空に駆け巡らねばならなくなったとか)。
一方、アルテミスは若い恋人たちを見守り、その語らいに明りを与え、二人が隠れるための陰を作るといった気の利いた一面もある。
それでも自分とはことごとく正反対の兄アポローンは苦手だったようで、人々に節度と中庸を説きながら、自分は父親譲りの自由な恋愛を楽しむ兄が我慢できなかったらしい。
「何が節度ですか? ご自分のしていることはどうなの?」
そんな妹の問いかけに、アポローンは人懐こい笑みを浮かべながら、
「もちろん節度を守るということは大切さ。でも節度そのものについても、節度を持っていることが重要なのさ」
うーん、兄アポローンの勝ちかな?