ものすごく昔、ハタチのころの話ですが。。。
当時通っていた大学の交換留学生として、
アメリカのニューヨーク州の田舎に1年だけ住んでいたことがありました。
アメリカ人学生の大部分が大学の敷地内にある寮で生活をします。
私も最初は学生寮に入ったのですが・・・
初めての親元を離れての海外生活というのもあったし、
英語はよくわからないし、
カルチャーショックは毎日のこと。
アメリカ人学生の突き抜けた明るさについていけず、
学生寮を出て、一人暮らしのおばあちゃんの家に間借りをすることにしたのです。
大きな、古き良き時代のアメリカって感じの家に
83歳のアグネスおばあちゃんはひとりで住んでいました。
古き良き時代のアメリカの良妻賢母の鏡のような
アグネスおばあちゃんとの生活は
おだやかで、あたたかい時間でした。
ハロウィーンのころ、私がパンプキンパイを食べたことがないって言ったら、
自分は糖尿病で食事制限をしてて、食べられないのに
私のためにパンプキンパイを作ってくれました。
当時、パンプキンパイだなんて、
おしゃれな食べ物は日本ではあまりなかったので、
はじめての味にとっても感激しました。
「こんなにおいしいもの初めて食べた!」って言うと、
おばあちゃんはうれしそうに、もうひと切れ切り分けてくれました。
そんなアグネスおばあちゃんとは、日本に帰国してからも
時々手紙のやり取りをしたり、電話をかけたりしてました。
娘が生まれた時はわざわざ、お祝いを送ってくれたり。
しばらく経ってから、おばあちゃんの息子さんからの手紙が届きました。
「母は安らかに天に召されました。
Tomoko のことが大好きで、よくあなたのことを話していたので
あなたにはお知らせしなくてはと思って、この手紙を書いています・・・」
89歳まで生きたおばあちゃんは大往生だったに違いない。
たくさんの家族に囲まれて、いつも幸せそうだったから・・・
教会通り20番地にあった、あの白い壁の素敵なお家は、
今どうなってしまったんだろうか。
私が間借りしていた、ピンクの壁紙の、
ルノワールの絵が飾ってあった、あの屋根裏部屋は・・・
などということを、ここ最近ちまたにあふれかえっている
ハロウィーンのかぼちゃを見ながら思い出していましたとさ。
当時通っていた大学の交換留学生として、
アメリカのニューヨーク州の田舎に1年だけ住んでいたことがありました。
アメリカ人学生の大部分が大学の敷地内にある寮で生活をします。
私も最初は学生寮に入ったのですが・・・
初めての親元を離れての海外生活というのもあったし、
英語はよくわからないし、
カルチャーショックは毎日のこと。
アメリカ人学生の突き抜けた明るさについていけず、
学生寮を出て、一人暮らしのおばあちゃんの家に間借りをすることにしたのです。
大きな、古き良き時代のアメリカって感じの家に
83歳のアグネスおばあちゃんはひとりで住んでいました。
古き良き時代のアメリカの良妻賢母の鏡のような
アグネスおばあちゃんとの生活は
おだやかで、あたたかい時間でした。
ハロウィーンのころ、私がパンプキンパイを食べたことがないって言ったら、
自分は糖尿病で食事制限をしてて、食べられないのに
私のためにパンプキンパイを作ってくれました。
当時、パンプキンパイだなんて、
おしゃれな食べ物は日本ではあまりなかったので、
はじめての味にとっても感激しました。
「こんなにおいしいもの初めて食べた!」って言うと、
おばあちゃんはうれしそうに、もうひと切れ切り分けてくれました。
そんなアグネスおばあちゃんとは、日本に帰国してからも
時々手紙のやり取りをしたり、電話をかけたりしてました。
娘が生まれた時はわざわざ、お祝いを送ってくれたり。
しばらく経ってから、おばあちゃんの息子さんからの手紙が届きました。
「母は安らかに天に召されました。
Tomoko のことが大好きで、よくあなたのことを話していたので
あなたにはお知らせしなくてはと思って、この手紙を書いています・・・」
89歳まで生きたおばあちゃんは大往生だったに違いない。
たくさんの家族に囲まれて、いつも幸せそうだったから・・・
教会通り20番地にあった、あの白い壁の素敵なお家は、
今どうなってしまったんだろうか。
私が間借りしていた、ピンクの壁紙の、
ルノワールの絵が飾ってあった、あの屋根裏部屋は・・・
などということを、ここ最近ちまたにあふれかえっている
ハロウィーンのかぼちゃを見ながら思い出していましたとさ。