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(はじめに)
・この判決は大審院明治28年11月14日判決(大審院刑事判決録1輯4巻78頁)の現代語訳を試みたものです。原文は現代語訳の下にあります。
・本件は「私印盜用私書僞造行使詐欺取財の件」とされており、現代風にいえば、私文書偽造、同行使、詐欺被告事件です。
・被告人らが共謀して、被害者の所有する山林の登記を移転し、それを担保に金員を別の者から詐取しようとした事件です。
被害者の所有する山林が、「阿蘇村米本」(現千葉県八千代市米本)であり、一審は千葉地方裁判所で行われています。
・大審院は、東京控訴院の判決を一部破棄し、一部無罪を言渡しています。一部無罪となったのは、詐欺罪に関してで、「不動産の売買の登記は、単にその事実を公示する方法に過ぎず、所有権移転の効果を生じさせるものではない。したがって、その行為をもって不動産の詐取とすることはできない」という判断をしたためです。明治時代はこの見解が判例だったのですが、これでは不動産に対する詐欺罪の既遂はほとんど認められなくなってしまいますので、後にこの見解は改められており、不動産売買における詐欺罪の既遂時期は、占有移転時または所有権移転登記手続き完了時とするのが判例です(大連判T11.12.15)。
・本件事件が起きた時期は、明治25年10月19日ころと思われます。第一審判決がいつ言渡されたかは、大審院判決からは不明ですが、第二審の東京控訴院判決は明治28年5月27日に言渡され、大審院判決は同年11月14日言渡しとなっています。
・本判決は、日本研究のための歴史情報裁判例データベース(明治・大正編)に登載されています。
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私印盜用私書僞造行使詐欺取財の件
大審院刑事判決録(刑録)1輯4巻117頁
明治28年第775號
明治28年11月25日宣告
◎判决要旨
・不動産の売買の登記は、単にその事実を公示する方法に過ぎず、所有権移転の効果を生じさせるものではない。したがって、その行為をもって不動産の詐取とすることはできない(明治28年第787号、私印書偽造・使用および私書偽造行使の件、刑録1輯第1巻99頁参照)。
・売買を証明する証書が偽造された場合、それによって所有権移転の効力は生じず、したがってその所有権は依然として元の所有者に残る。
第一審 千葉地方裁判所
第二審 東京控訴院
被告人 今井小三郎 今井菊松 野口宗悦
辯護人 高木益太郎
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(緒言)
小三郎ほか2名に対する私印盗用、私書偽造・行使、詐欺取財被告事件について、千葉地方裁判所の判決に対し、被告らが控訴し、検事が附帯控訴をなした。原審(東京控訴院)は審理の上、明治28年5月27日、以下の判決を言渡した。
「原判決は取消す。
被告小三郎には懲役4年、罰金40円、監視1年被告菊松及び宗悦には各懲役3年、罰金30円、監視6ヶ月
押収された売渡証書および「口演」と題された書類各1通は没収、その他の書類や印章は差出人に還付する。
公訴裁判の費用は、3名の被告が連帯して負担。」
被告らが上告したので、裁判所構成法第49条の規定に従い、本刑事部は連合の上、刑事訴訟法第283条の定式を履行し、以下のように審理を行った。
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(被告小三郎の上告趣意について)
被告小三郎の上告趣意:原裁判所は被告らを共謀者として有罪判決を下したが、共謀の事実を証明する証拠は存在しないから、原裁判所は架空の事実を認定して有罪を認定した不法な裁判である。
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〈大審院の判断〉
これは、原審の職権に属する事実認定を非難するものであり、適法な上告理由にはあたらない。
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(被告小三郎の上告趣意拡張第一点について)
被告小三郎の上告趣意拡張第一点:判決書に「鑑定人・大井親吉」とあるが、鑑定人としてそのような名前の者は存在しないから、原審において大井親吉という者の鑑定書を証拠として有罪認定の証拠として用いたのは違法である。
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〈大審院の判断〉
原判決の原本には「鑑定人大井親」と記載されていて、「親吉」とは記載されていない。一件記録には大井親の鑑定書が存在するのだから、論旨のいうような不法はない。
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(被告小三郎の上告趣意拡張第二点について)
被告小三郎の上告趣意拡張第二点:判決書には宗悦の住所が「茨城県北相馬郡東文間村福本」と記載されている。しかし、東文間村に福本という地名は聞いたことがなく、福木の誤りではないか。このように粗漏のある判決書は信頼できない。
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〈大審院の判断〉
この点は被告小三郎には関係のないことであるから、適法な上告理由にはあたらない。
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(被告小三郎の上告趣意拡張第三点について)
被告小三郎の上告趣意拡張第三点:判決言渡しに関与した5名の判事のうち1名については、刑事判決謄本には「小林芳郎」とあり、私訴判決謄本には「小村芳郎」とあって、どちらが正しい名前かははっきりせず、このような不当な判決には従えない。
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〈大審院の判断〉
原判決の原本には、いずれも「小林芳郎」と記されている。論旨のいうことが事実であったとしても、謄本の誤写は原判決の破棄事由とはのらない。
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(被告小三郎の上告趣意拡張第四点について)
被告小三郎の上告趣意拡張第四点:裁判所法廷で参考に供された押収物の提灯は、所有者にも還付されず、また没収もされず、その処分について何の言い渡しもなかったのは違法である。
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〈大審院の判断〉
原判決の理由に提灯についての記載がないため、没収されるべきものなのか、還付されるべきものなのか判然とはしないが、仮に被告から没収されるべきものであれば、本論旨は被告に不利益となる主張であるため、上告の理由にはならない。また、還付されるべきものであるならば、その処分は必ずしも判決言渡しと同時に行う必要はない。したがって、本論旨も適法な上告理由にはあたらない。
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(被告菊松宗悦の上告趣意について)
被告菊松宗悦の上告趣意は、被告小三郎の上告趣意と同じであるから、説明の必要はない。
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(被告3名の弁護人高木益太郎の上告趣意第一点について)
被告3名の弁護人高木益太郎の上告趣意第一点:偽造証書は刑法第43条第1号に基づいて没収すべきものであって、同条第3号に基づき没収されるべきものではない。しかし、原審においては、本件の偽造された借用証書と売渡証書、それに口演と題する書面各1通を刑法第43条第2号に基づき没収したことは、擬律錯誤(適用法規の誤り)である
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〈大審院の判断〉
本論旨は、適法な上告理由に該当する。偽造の書類は刑法でいうところの法により禁制した物件であるから、これを没収するには刑法第43条第1号を適用しなければならない。しかし、原審は、偽造と認定した借用証書や売渡証書、口演と題する書面を没収するにあたり刑法第43条第2号を適用しており、擬律の錯誤(法の適用の誤り)がある。
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(弁護人高木益太郎の上告趣意第二点について)
弁護人高木益太郎の上告趣意第二点:原審は「借用証書及び売渡証書並びにその謄本を偽造し使用した行為は、いずれも刑法第210条第1項および第212条に該当するもの」と判断した。しかし、証書の原本について偽造罪が成立している以上、その謄本を偽造したとしても別個の犯罪を構成するものではない。したがって、借用証書と売渡証書の謄本の偽造使用行為については無罪の判決を出すべきである。原判決には擬律の錯誤(適用法規の誤り)がある。
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〈大審院の判断〉
原審は、借用証書、売渡証書及びその各謄本を作成した行為を一連の行為と認定して擬律(法を適用)したものであって、謄本の作成を別個の罪と認定したのではない。したがって、無罪の判決を出すべきものではなく、原判決には本論旨のいうのような擬律の錯誤(法適用の誤り)はない。
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(弁護人高木益太郎の上告趣意第三点について)
弁護人高木益太郎の上告趣意第三点:原判決書の証拠列記部分に「鑑定人大井親の鑑定書」とある。しかし、大井親は上告人野口宗悦に対する事件の鑑定人ではなく、同人に対して適式な宣誓が行われなかったことは、宣誓書から明らかである。したがって、原判決が大井親の鑑定書を、上告人野口宗悦に対しても鑑定人としての効力がある証拠と認めて有罪判決をしたことは違法である。
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〈大審院の判断〉
一件記録を調査すると、鑑定人大井親は宣誓の上、明治26年3月8日に鑑定を行っている。その当時の被告に対して適式な宣誓を行い鑑定を行ったのであるから、鑑定書は有効である。その後、同月10日になって本件に被告宗悦が加えられたとしても、同鑑定書が不法無効となる理由はなく、原裁判所が本件全体の被告に対して有効な鑑定書として有罪認定の資料としたことは違法とはいえない。したがって、本論旨は適法な上告理由にあたらない。
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(弁護人高木益太郎の上告趣意第五点について)
弁護人高木益太郎の上告趣意第五点:地所について騙取罪は成立しない。これは、不動産に対して窃盗罪が成立しないことと同様である。しかし、原裁判所は性質上の不動産についても詐欺取財の罪の成立を認めており、擬律錯誤(法の適用の誤り)の判決である。地所登記名義の変更は、偽造した売渡証書を登記所に提出した結果であり、偽造証書行使罪の結果に過ぎないから、地所そのものを騙取したと認めることはできない。よって、原判決は破棄し、更正されるべきである。
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〈大審院の判断〉
原審は、「被告らは共謀して木村キヨから被告小三郎宛の山林売渡証書を偽造し、佐倉区裁判所に提出して売買の登記を受け、山林を騙取した」と認定しているが、売買の登記は、単に売買の事実を公示するに過ぎず、その目的物である山林の所有権を移転する効力はない。原審が所有権移転の効力を生じるような売買の合意があったことを認定せず、売買を証明する証書は偽造であると認定している以上、山林の所有権は当初から移動せず、引き続き木村キヨにある。よって、騙取にはあたらず、無罪を言い渡すべきである。しかるに原審は、山林の売買の登記を受付けたことをもって直ちに山林を騙取したものとし、刑法第390条第1項および第394条を適用しており、擬律錯誤がある(法の適用を誤っている)。山林騙取については罪とならず、原判決は破棄すべきである。
なお、本論点について上記のように解する以上、山林詐取に関する上告趣意第四点については判断する必要がない。
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(弁護人高木益太郎の上告趣意第六点について)
弁護人高木益太郎の上告趣意第六点:原判決が有罪認定の証拠かすとした木村重太郎の上申書や布留川多重郎・関谷鍵太郎の上申書は、刑事上の証拠としての効力を有する文書ではない。したがって、原裁判所がこれらを有罪の証拠としたのは不法である。
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〈大審院の判断〉
刑事訴訟法において、これらの書面を証拠として採用することを制限する規定はなく、原判決には本論旨のいう不法はない。
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(弁護人高木益太郎の上告趣意第七点について)
弁護人高木益太郎の上告趣意第七点:原判決には、「翌19日、被告小三郎は前述の偽造した金円借用証を持参して多喜司方を訪れ、同人に交付して金円を受け取ろうとしたが、多喜司は、借主本人であるキヨが一緒に来ない限りは金額を渡すことができないと言ったため、被告小三郎は一度帰宅し、金円を自分に渡すようにとの内容が記された「口演」と題する明治25年10月19日付の木村キヨ名義の書面を偽造し、キヨの名前の下に同じ実印を盗捺し、これを持参して再び同日、多喜司の元に行き、その偽造書類を交付した」との事実が認定されている。そうであれば、原審は「口演」と題する文書を偽造し、行使したのは被告小三郎単独の行為であることを認めたといえる。しかしながら、擬律の部では、この文書偽造・行使の責任を上告人菊松宗悦に科しており違法である。
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〈大審院の判断〉
原判決の理由の冒頭に「被告三名は共謀して木村キヨの山林を騙取し、さらにその名義で他人から金銭を引き出そうと企てた」とあることから、金銭を引き出すまでの一連の行為はすべて被告らの共謀によるものであると認定したことは明らかである。本論旨原判決文の誤解に基づくものであり、適法な上告理由とはいえない。
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(弁護人高木益太郎の上告趣意第八点について)
弁護人高木益太郎の上告趣意第八点:第一審の公判始末書に記載されている証人鈴木卯之助、今井徳太郎他数名は、本件に関して証人としての資格があるかどうか不明確である。始末書には、証人たちが刑事訴訟法第123条の関係がないとの答弁をした形跡がない。したがって、原裁判所が同人らの証言を有効なものとし、その始末書を証拠として採用したことは違法である。
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〈大審院の判断〉
同始末書には、証人の資格を質して宣誓させたとあり、刑事訴訟法第123条の各項について訊問し、その後に宣誓させて証言を聴くことに問題がないと認めたことが明らかである。したがって、たとえ同条に関係しない旨の答弁が記載されていなくとも、証人の資格の有無の確認がされていないとは言えない。よって、本論旨は適法な上告理由とはいえない。
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(弁護人高木益太郎の上告趣意第九点について)
弁護人高木益太郎の上告趣意第九点:原判決には「これを法律に照らすに、右の私印盗用の行為は刑法第208条第2項、第212条に該当する」とあるが、刑法第208条第1項の適用を欠いており、法律上の理由を明示しない違法な裁判である。同条第2項のみを挙げた場合、どの刑期から一等を減じるのかが分からない。
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〈大審院の判断〉
原判決は第208条第2項を明示しており、同項には「他人の印影を盗用した者は、一等を減ずる」と規定されている以上、その刑は同条第1項の刑から一等を減じるものであることは明白であり、何ら疑点がない。したがって、原判決が法律理由の明示を欠いた不法があるとは言えない。
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(結語)
以上の理由により、刑事訴訟法第286条、第287条の規定に従い、次のとおり判決する。
原判決の擬律(法の適用に関する)部分を破棄し、直ちに次のとおり判決する。
今井小三郎
今井菊松
野口宗悦
原審が認定した事実に法律を適用すると、被告らは共謀して木村キヨ所有の阿蘇村米本1183番地字島ケ谷の山林1段4畝26歩他9筆の土地を騙取したとの点に関しては、刑事訴訟法第224条により無罪とする。
押収書類のうち、借用証書、売渡証書、及び「口演」と題する書面各1通は刑法第43条第1号により没収する。それ以外については原判決どおりとする。
明治28年11月25日、大審院刑事連合部公廷において、検事岩田武儀が立会い宣告。
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〈原文〉
私印盜用私書僞造行使詐欺取財ノ件
大審院刑事判決録(刑録)1輯4巻117頁
明治二十八年第七七五號
明治二十八年十一月二十五日宣告
◎判决要旨
不動産ニ關スル賣買ノ登記ハ單ニ其事實ヲ公示スルノ一方法タルニ止マリ决シテ所有權移轉ノ効果ヲ生スルコトナシ從テ其所爲ヲ以テ不動産ノ騙取トナスヲ得ス(明治二十八年第七八七號私印書僞造使用私$書僞造行使ノ件第一卷九十九頁登載參看)賣買ヲ證明スヘキ證書ニシテ僞造ニ係ルトキハ之ヲ以テ所有權ヲ移轉スルノ効力ヲ生セス從テ其所有權ハ依然原所有者ニ存ス
第一審 千葉地方裁判所
第二審 東京控訴院
被告人 今井小三郎 今井菊松 野口宗悦
辯護人 高木益太郎
右小三郎外二名ニ對スル私印盜用私書僞造行使詐欺取財被告事件ニ付明治二十八年五月二十七日東京控訴院ニ於テ被告等ノ控訴及原院檢事ノ附帶控訴ヲ受理シ審理ノ末原判决ハ之ヲ取消ス被告小三郎ヲ重禁錮四年罰金四十圓監視1年ニ處シ被告菊松宗悦ヲ各重禁錮三年罰金三十圓監視六月ニ處ス押収ノ賣渡證書口演ト題スル書面各一通ハ沒収シ其他ノ書面及印顆ハ各差出人ニ還付ス公訴裁判費用ハ被告三名連帶負擔スヘシト言渡シタル判决ニ服セス被告等ヨリ上告ヲ爲シタルニ依リ裁判所構成法第四十九條ノ規定ニ從ヒ本院刑事部聯合ノ上刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ審理スル左ノ如シ
被告小三郎上告趣意ハ原裁判所ハ被告共ヲ共謀者トシテ有罪ノ判决ヲ下サレタルモ右共謀者ノ事實ヲ證スヘキ證憑ナシ即チ原裁判所ハ架空ニ事實ヲ認定シテ罪ヲ斷シタル不法ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎右ハ原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定ヲ非難スルモノニシテ上告適法ノ理由トナラス』同人上告趣意擴張ノ第一點ハ判决書ニ鑑定人大井親吉トアリ鑑定人トシテハ同名ノ者無之筈ナリ然ルニ原院ニ於テハ大井親吉ナル者ノ鑑定書ヲ證據ト爲シテ斷罪ノ資料ニ供シタルハ違法ナリト云フニ在レトモ◎原院ノ判决原本ヲ見ルニ「鑑定人大井親」トアリテ親吉トハ記載ナシ而シテ一件記録ヲ見ルニ大井親ノ鑑定書アルヲ以テ本論旨ノ如キ不法ナシ』其第二ハ判决書ニ送悦ノ住所ヲ「茨城縣北相馬郡東文間村福本」ト記載セリ然ルニ右東文間村福本ナル所アルヲ聞カス盖シ福木ノ誤リナラン如斯粗漏ノ判决書ハ信ヲ措ク能ハスト云フニ在レトモ◎右ハ被告小三郎ニハ關係ナキ事柄ナルヲ以テ上告適法ノ理由ト爲ス能ハス』第三點ハ裁判言渡ノ際掛リ判事五名ノ内一名ニ對シテハ刑事判决謄本ニハ小林芳郎トアリ又私訴判决謄本ニハ小村芳郎トアリ何レカ實名ナルヤ判然セス斯カル不當ノ判决ニ對シテハ服從スルコト能ハスト云フニ在レトモ◎原判原本ヲ見ルニ孰レモ小林芳郎トアリ其論旨ニ謂フ所ヲ事實ナリトスルモ謄本ノ誤寫ヲ以テ原判决ヲ破毀スルノ理由ト爲スニ足ラス』其第四點ハ裁判所公廷ニ於テ參考ニ供シタル押収ノ提灯ハ其所有主ニ還付セス又官ニ沒収モセス其處分ニ對シ何等ノ言渡シナキハ違法ナリト云フニ在レトモ◎原判决理由中提灯ノコトヲ記載セサルヲ以テ其沒収スヘキモノナルヤ否ハ還付スヘキモノナルヤ判然セスト雖トモ若被告ニ對シ沒収スヘキモノトスレハ本論旨ハ不利益ノ論旨ナルヲ以テ上告ノ理由トナラス又若還付スヘキモノナルトキハ其處分ハ必シモ判决言渡ト共ニスルノ必要ナシ旁本論旨モ上告適法ノ理由トナラス
被告菊松宗悦ノ上告趣意ハ被告小三郎ノ上告趣意ト同一ナルヲ以テ更ニ説明スルノ要ナシ』被告三名辯護人高木益太郎ノ上告趣意辯明ノ第一ハ僞造證書ハ刑法第四十三條第一號ニ依リ沒収ス可キモノニシテ同條第三號ニ依リ沒収スヘキモノニアラス然ルニ原院ニ於テハ本件僞造ノ借用證書賣渡證書口演ト題スル書面各一通ヲ刑法第四十三條第二號ニ依リ沒収シタルハ擬律錯誤ノ裁判ナリト云フニ在リテ◎本論旨ハ適法ノ理由アリトス如何トナレハ僞造ノ書類ハ刑法ニ謂フ所ノ法律ニ於テ禁制シタル物件ナルヲ以テ之レヲ沒収スルニハ刑法第四十三條第一號ニ依ラサルヘカラス然ルニ原院カ僞造ナリト認定シタル借用證書賣渡證書口演ト題スル書面ヲ沒収スルニ當リ刑法第四十三條第二號ヲ適用シタルハ擬律ノ錯誤ナリトス』其第二ハ原院ハ「借用證書并ニ賣渡證書及其謄本ヲ僞造行使シタル所爲ハ孰レモ刑法第二百十條第一項第二百十二條ニ該ルモノ」ト判定シタレトモ既ニ證書ノ原本ニ付僞造罪ヲ構成シタル已上ハ其謄本ヲ僞造スルモ別ニ一個ノ犯罪ヲ構成スヘキモノニアラス依テ借用證書賣渡證書ノ謄本僞造行使ノ所爲ハ無罪ノ判决アルヘキモノナリ乃チ原裁判ハ擬律錯誤ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎原院ハ借用證書賣渡證書及ヒ各其謄本ヲ作製シタルヲ一團ノ所爲ト認メ之レニ對シ擬律シタルモノナレハ殊ニ謄本ノ作製ヲ一個ノ罪ト認メタルニアラサルヲ以テ無罪ノ言渡ヲ爲スヘキニアラス故ニ原判决ハ本論旨ノ如キ擬律ノ錯誤ナシ』其第三ハ原判决書證據列記ノ部ニ單ニ「鑑定人大井親ノ鑑定書」ト掲ケアルニ依レハ同人カ上告人三名ニ對スル被告事件ニ付テノ鑑定ヲ證據ニ採用シタルモノト見做サヽルヲ得ス然ルニ同人ハ上告人野口宗悦ニ對スル事件ノ鑑定人ニアラス從テ同人ニ對シテ適式ノ宣誓ヲ爲シタルコトナキハ同人ノ宣誓書ニ徴シ明亮ナリ是故ニ原判决カ大井親ノ鑑定書ヲ上告人野口宗悦ニ對シテモ鑑定人タルノ効力アル證據ト認メテ有罪ノ判斷ヲ與ヘタルハ違法ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎一件記録ヲ調査スルニ鑑定人大井親カ宣誓ノ上鑑定ヲ爲シタル日即チ明治二十六年三月八日ニシテ其當時ノ被告ニ對シ適式ノ宣誓ヲ爲シ鑑定シタル已上ハ其鑑定書ハ有効ノ證據タルコト論ヲ俟タス而シテ其後チ即チ明治二十六年三月十日ニ至リ本件ニ被告宗悦ヲ加フルモ右鑑定書ノ不法無効トナルヘキ理由ナキヲ以テ原院カ本件全體ノ被告人ニ對シ有効ノ鑑定書トシテ本案斷罪ノ資料ニ供シタルモ之ヲ違法ト云フヘカラス依テ本論旨ハ上告適法ノ理由ナシ』其第五ハ地所ニ對シテ騙取罪ノ成立セサルコトハ猶不動産ニ對シテ竊盜罪ノ存セサルト異ナルコトナシ然ルニ原裁判所ハ性質上ノ不動産ニ對シテモ詐欺取財罪ノ成立ヲ認メタルハ擬律錯誤ノ裁判ナリ况ンヤ地所登記名義ノ變更ハ僞造ノ賣渡證書ヲ登記所ニ提出シタル當然ノ結果即チ僞造證書行使罪ノ結果ニ過キスシテ之ヲ以テ直チニ地所其物ヲ騙取シタルモノト認ムル能ハサルモノナリ依テ原裁判ハ破毀更正ヲ求ムト云フニ在リ◎依テ案スルニ原院ノ認メタル事實ニ依レハ「被告等ハ共謀シテ木村キヨヨリ被告小三郎ニ宛タル山林賣渡證書ヲ僞造シ之ヲ佐倉區裁判所ニ呈出シテ右賣買ノ登記ヲ受ケテ山林ヲ騙取シタリ」ト云フニ在ルモ右賣買ノ登記ハ賣買ノ事實ヲ公示スルノ方法ニ外ナラスシテ其目的物タル山林ノ所有權ヲ移轉スルモノニアラス故ニ原院ハ所有權移轉ノ効ヲ生スヘキ賣買ノ合意アリシコトヲ認メス其賣買ヲ證明スヘキ證書ハ僞造ナリト認ムル已上ハ山林ノ所有權ハ初ヨリ移動スルコトナク依然木村キヨニ存スルヲ以テ騙取ノ事實アルコトナケレハ無罪ヲ言渡スヘキニ原院ハ山林賣買ノ登記ヲ受ケタルヲ以テ直チニ山林ヲ騙取シタルモノトシ刑法第三百九十條第一項第三百九十四條ニ問擬シタルハ擬律錯誤ノ裁判タルヲ免カレス既ニ此論旨ニ基キ山林騙取ノ點ハ罪トナラサルモノトシテ原判决ヲ破毀スヘキモノト説明スル已上ハ山林詐取ノ點ニ對スル論旨即チ辯明第四ハ特ニ説明スルノ要ナシ』其第六ハ原判决カ斷罪ノ資料トナシタル木村重太郎ノ上申書布留川多重郎關谷鍵太郎ノ上申書ハ刑事上證據ノ効力ヲ有スヘキ文書ニアラス依テ原院カ之ヲ有罪ノ證據トナシタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎刑事訴訟法中右等ノ書面ヲ證憑トシテ採用スルニ付制限シタル規定アルコトナケレハ原判决ハ本論旨ノ如キ不法アルコトナシ』其第七ハ原判决ノ理由中「翌十九日被告小三郎ハ右僞造ノ金圓借用證ヲ携帶シ多喜司方ニ立越シ之ヲ同人ニ交付シテ金圓ヲ受取ラントナシタル處多喜司ニ於テハ借主本人キヨ同道ノ上ニアラサレハ金員相渡シ難シト云フニ依リ被告小三郎ハ歸宅ノ上金員ハ小三郎ニ相渡シ呉レ度旨ノ記載アル口演ト題スル明治二十五年十月十九日付木村キヨ名義ノ書面ヲ僞造シキヨノ名下ニハ前掲同一ノ實印ヲ盜捺シ之ヲ携ヘ同日再ヒ多喜司方ニ到リ該僞造書ヲ同人ニ交付シ」トノ認定ニ依レハ原院モ口演ト題スル文書ヲ僞造行使シタル所爲ハ小三郎單獨ノ行爲ナルコトヲ認メタルモノト云ハサルヘカラス然ルニ擬律ノ部ニ至リ右文書僞造行使ノ責任ヲ上告人菊松宗悦ニ科シタルハ違法ナリト云フニ在レトモ◎原判决理由ノ冐頭ニ「被告三名ハ共謀シテ云々木村キヨノ山林ヲ騙取シ尚同人ノ名義ヲ以テ他ヨリ金員ヲ取出サンコトヲ企テ云々」トアレハ其金員ヲ取出スマテノ總テノ行爲ハ皆ナ被告等ノ共謀ニ出テタモノト認メタルコト明カナレハ本論旨ハ原判决文ノ誤解ニ基クモノナレハ上告適法ノ理由ナシ』其第八ハ第一審ノ公判始末書中ニ記載アル證人鈴木卯之助今井徳太郎他數名ノ證人ハ果シテ本件ニ付證人タルノ資格アリヤ否ヤ確定セサルモノナリ
何トナレハ右始末書中ニハ證人ニ於テ刑事訴訟法第百二十三條ノ關係ナキ旨ヲ答辯シタル事跡ナキヲ以テナリ故ニ原院カ輙ク之ヲ證言ノ効アルモノトシテ右始末書ヲ採テ證據トナシタハ違法ナリト云フニ在レトモ◎右始末書ヲ見ルニ爰ニ證人ノ資格ヲ質シ宣誓セシムトアレハ刑事訴訟法第百二十三條ノ各項ニ付訊問シタル處アリテ後宣誓セシメテ證述ヲ聽クニ差支ナキヲ認メタルモノナルコト明カナレハ假令同條ノ關係ナキ旨ノ答辯ヲ記載シアラサルモ證人ノ資格有無ノ確定セサルモノト云フヘカラサルヲ以テ本論旨ハ上告適法ノ理由ナシ』其第九ハ原判文ニ「之ヲ法律ニ照スニ右私印盜用ノ所爲ハ刑法第二百八條第二項第二百十二條ニ該リ」トアリテ刑法第二百八條第一項ノ適用ヲ欠キタルハ法律理由ノ明示ヲ爲サヽル違法ノ裁判ナリ何トナレハ單ニ同條第二項而己ヲ掲クル時ハ如何ナル刑期ヨリ一等ヲ減スルヤヲ知ルニ由ナケレハナリト云フニ在レトモ◎既ニ第二百八條第二項ヲ明示セハ同項ニ若シ他人ノ印影ヲ盜用シタル者ハ一等ヲ減ストアレハ其第一項ノ刑ヨリ一等ヲ減スルモノナルコト明白ニシテ一モ疑點ノ存スルモノナキヲ以テ原判决ハ法律理由ノ明示ヲ欠キタル不法アリト云フヘカラス
右ノ理由ニ依リ刑事訴訟法第二百八十六條第二百八十七條ノ規定ニ從ヒ判决スル左ノ如シ
原判决擬律ノ部分ヲ破毀シ直チニ左ノ如ク判决ス
今井小三郎
今井菊松
野口宗悦
原院ノ認定シタル事實ヲ法律ニ照スニ被告等共謀シテ木村キヨ所有ノ阿蘇村米本千百八十三番字島ケ谷山林一段四畝廿六歩外九筆ノ地所ヲ騙取シタリトノ點ハ刑事訴訟法第二百二十四條ニ依リ無罪押収ノ書類中借用證書賣渡證書口演ト題スル書面各一通ハ刑法第四十三條第一號ニ依リ之ヲ沒収ス其他ハ原判决通リ
明治二十八年十一月二十五日大審院刑事聯合部公廷ニ於テ檢事岩田武儀立會宣告ス