文政13年2月上旬・色川三中「家事志」
土浦市史史料『家事志 色川三中日記』をもとに、気になった一部を現代語訳したものです。
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文政13年2月1日(1830年)
〈行商中〉
玉造(現行方市玉造)に滞留。
#色川三中 #家事志
(コメント)
行商4日目。玉造(現行方市玉造)に連泊するのはいつもの行商と同様です。玉造周辺に顧客(医師)が多いためと思われます。昨日泊まった銚子屋さんに今日も泊まっているのでしょう。
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文政13年2月2日(1830年)晴
〈行商中〉
玉造(現行方市玉造)を出立。本日は、串引(現鉾田市串挽)の森作氏方に泊る。
#色川三中 #家事志
(コメント)
行商5日目。本日は玉造(現行方市玉造)を出立し、串引村(現鉾田市串挽)まで行商。串挽の森作氏のところには、前回行商にも泊まっています(文政12年7月28日条)。
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文政13年2月3日(1830年)
〈行商中〉
串引(現鉾田市串挽)を出立。鉾田(鉾田市鉾田)の「いたこや」に泊まる。
#色川三中 #家事志
(コメント)
行商6日目。串引(現鉾田市串挽)から鉾田(鉾田市鉾田)まで行商。「いたこや」は多分初出。日記の常として、気が向いたときに記すので、これまでも「いたこや」に泊まっていたのか、「いたこや」が今回初めてなのかまではわかりません。
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文政13年2月4日(1830年)
〈行商中〉
大風雨で鉾田(鉾田市鉾田)の「いたこや」に滞留。
#色川三中 #家事志
(コメント)
行商7日目。昨年は鉾田で大雪に見舞われてしまい逗留を余儀なくされましたが(文政12年1月14日条)、今年は大風雨での滞留となってしまいました。いずれも鉾田での悪天候なので、三中も苦笑したことでしょう。
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文政13年2月5日(1830年)晴
〈行商中〉
鉾田(鉾田市鉾田)を出立。飯嶋(現鉾田市飯島)の寿清老方に泊まり。
#色川三中 #家事志
(コメント)
行商8日目。飯嶋(現鉾田市飯島)の寿清老の名はこれまでも何回か出ていますが、泊まるのは初めてのようです。「老」の尊称があるので、寿清さんは医師と思われます。前回は昼に立ち寄り歓待を受けています(文政12年7月23日条)。
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文政13年2月6日(1830年)
〈行商中〉
昼過ぎに飯嶋(現鉾田市飯島)を出立。寿清老から魚虎(土地の言葉で「はりふぐ」)をもらった。居合(鹿嶋市居合)の児玉氏宅で泊まり。
#色川三中 #家事志
(コメント)
行商9日目。寿清老から魚虎(ハリセンボン)をお土産にもらっています。食用なのでしょうか。今日は居合(鹿嶋市居合)まで行商に来ています。鹿島神宮あたりが三中の行商ルートで最も土浦から遠いところなので、行商も後半戦です。
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文政13年2月7日(1830年) 朝晴
〈行商中〉
今年初めてうぐいすの声を聞く。
昼の四つ時過ぎだというのに、晴れわたる空に月がはっきりと見えた。異常気象なのだろうか。居合(鹿嶋市居合)を出立。大舟津(現鹿嶋市大船津)の大橋に泊まり。鹿嶋神社に金二朱を奉納し家内安全を祈る。
#色川三中 #家事志
(コメント)
行商9日目。大舟津(現鹿嶋市大船津)泊。大船津は鹿島神宮の船着き場であり、水郷交通の中継地として発展した場所です。鹿嶋市のホームページに大船津の詳しい解説があります。
https://city.kashima.ibaraki.jp/site/bunkazai/76508.html
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文政13年2月8日(1830年)
〈行商中〉
大舟津(現鹿嶋市大船津)を出立。渡し船で延方へ(現潮来市延方)。勘左衛門殿の家で「本草問答」を筆写。誠に実学と言うべし。潮来(現潮来市潮来)で昼食をとり、夜は於下(現行方市於下)に泊まり。
#色川三中 #家事志
(コメント)
行商10日目。大船津⇒延方⇒潮来⇒於下(現行方市於下)と移動しています。延方では「本草問答」を筆写。「誠に実学と言うべし」は原文のまま。勉強好きの三中の本領発揮です。
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文政13年2月9日(1830年)晴
〈行商中〉
於下(行方市於下)を出立し、 玉造(行方市玉造)に四つ時過ぎに着。従業員の嘉兵衛に偶然会えたので、手紙を書いて宿へ送る。
昼食後、浦前の七兵衛殿(農家)の家に無償で泊めてもらった。
#色川三中 #家事志
(コメント)
行商11日目。於下(行方市於下)を出立し、浦前で泊。於下という地名は、これまで日記にはほとんど出てこなかった地名です。色川家の営業は拡大して好調のようです。「浦前」が現在のどこにあたるかは分かりませんでした。玉造の近くではあるようですが。
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文政13年2月10日(1830年)
〈行商中〉
玉造(行方市玉造)で行商。吉川(行方市吉川)から玉造へ帰る途中、上等な鬼の矢羽をたくさん手に入れた。今夜も玉造に泊まり。
#色川三中 #家事志
(コメント)
行商12日目。玉造周辺を回っています。玉造は2日ほど既に行商していますが、土浦の帰りがけにまた回っています。先日には会えなかった医師がいたのか、新規顧客を開拓しているのか。
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