ブラームス:クラリネットソナタ第1番/第2番
クラリネット:レオポルド・ウラッハ
ピアノ:イェルク・デムス
LP:東芝EMI IWB‐60005
ブラームスは、最晩年になってクラリネットの作曲を始め、クラリネット三重奏曲、クラリネット五重奏曲に続き、今回のLPレコードに収められたクラリネットソナタ第1番と第2番の2曲を完成させた。何故、急にクラリネットの曲を書くことに目覚めたかというと、リヒャルト・ミュールフェルト(1856年―1907年)というクラリネットの名手と知り合い、彼の演奏に魅了されたためと言われている。具体的な作曲は1894年から開始され、この2曲が相次ぎ完成した。このためこの2つのクラリネットソナタは、双子のような性格を持っていることが、聴き始めると直ぐに分る。初演は1895年で、ミュールフェルトのクラリネット、ブラームスのピアノによって行われたという。この作品は、ブラームスの最後のソナタ作品となった。クラリネットの代わりにヴィオラあるいはヴァイオリンで奏されることもある。この2曲のクラリネットソナタを聴くと、老人が遥か昔を偲んで物思いに耽るような感覚が強く滲み出しており、聴けば聴くほど味のある曲であることが分る。何か諦観の面持ちさえ聴いて取れる。この意味で、私などは西洋音楽というより、どちらかと言うとブラームスが東洋的な神秘の世界に踏み込んで作曲したのではないかとさえ考えてしまう。現に、ブラームスは、世界の民俗音楽に深い興味を持っていたようで、琴の六段の演奏を実演で聴き、採譜をした記録が残っているほど。このLPレコードでクラリネットを演奏しているレオポルト・ウラッハ(1902年―1956年)は、オーストリア出身のクラリネット奏者。ウィーンで生まれ、1928年からウィーン国立歌劇場およびウィーン・フィルの首席奏者、ウィーン・フィル管楽器アンサンブルの主宰を務め、ウィーン・フィルの最盛期を支えた一人。その音色は、ビロードのような滑らかさで奥が深い。ウラッハの奏でる夢幻のようなクラリネットの音色を聴いていると、これが古き良きウィーンの響きなのかという思い至る。多分、ブラームスが魅了されたミュールフェルトの音色も、ウラッハのそれに近かったのではなかろうかという思いに至る。ピアノ伴奏のイェルク・デムス(1928年―2019年)もウィーン出身で、日本ではパウル・バドゥラ=スコダとフリードリヒ・グルダとともに“ウィーン三羽烏”と呼ばれていた。ここでは、ウラッハに寄り添うように演奏して、見事な出来栄えを聴かせてくれている。(LPC)