さてと、、、祖母に「w」の紺色の帽子を買ってもらった孫。
・・・ですがね!!
翌年は、1989年ですよね。古葉監督最終年なわけです。
当時、「プロ野球」そのものに、それほど興味関心なかったわけですが、
なぜだか、「これは見なければならない!」と毎日、
朝起きると新聞で確認したものが、他ならぬ「順位表」
・・・丸一年、一番下でしたよ、ええもう。
すでにこの年、「なんか、とんでもないチームを選択してしまった」
とは思ってました。
当時の親友は「近鉄バファローズ」のファンでしたが、
関東ではファンが多い・・・訳はないですが、
強かったですからね、当時の仰木近鉄。
そんなこんなで、こちらが中学生になるころには、監督は須藤さんへ。
中〇事件とかいろいろありました。
友達から「ロ〇コン球団!」とか言われたとか、言われないとか。
(今でも思いますが、せめてセ・リーグへの復帰は止めて欲しかった)
で、、、その須藤さんが最終年、「沈没船」から脱出されました。
チームは「横浜ベイスターズ」へと衣替えした訳ですが。
「おお、これで一気に強く!」
とかまあ、そんなに甘くはないわな。
「クジラならときたま浮上するが、ヒトデに変えたら沈みっぱなしじゃないか」
ホッシー君みて、そんなネタがありましたよね、当時。
1年目5位・・・そして、例の大量解雇につながりまして。
ベイスターズになって2年目・・・
確か、、斎藤隆の降板判断が遅れ、
投入した盛田が打たれて、最終戦で最下位決定だったような。
いろいろまして、監督は近藤昭→大矢と変わり、
石井⇔進藤のコンバートとか(あれ、いまでも反対ですよ、自分は)
盛田の先発配置転換とか(もっと反対!)
とかあり、ヤクルトと優勝争うで、ファンがゴミをスタンドに投げ入れたりたりとか、
さらにいろいろあって、監督は権藤さんへ。
そして、
そして、
38年ぶりの悲願の優勝成る!!
まあ、その後はその後でいろいろw
「黄金時代」とか「常勝軍団」とかになるとは夢にも思っていなかったけど、
まさかここまでとは!!
しかし、、、あの1998年の優勝直前の時期、
「今年優勝できれば、10年最下位でもかまいません!」
と、、、八百万の神に誓ったので、まあ仕方ないといえば、仕方ないのか?
おそらく、そう思ったファンが全国大勢いたに違いない。
みずしな孝之先生とか、畠山ハッチ先生とかw
国分太一くんもそんなこと言っていたかな?
そんなこと、昨日の大敗のあとに考えまして。
これは、ベイファン全体が背負った「前世の業」であるのかと。
今日はどうにか勝ったらしいですが、
今年もなが~いシーズンが始まるのかと思うと、また顎関節症がw
せめて、22年は長いので、もう少しなんとか。
2020年代のうちになんとかとか!
贅沢?なら、せてて4位とかはw
権藤監督の胴上げ。
この際、罰金ぐらい払うw
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追記
浅田真央選手、世界選手権3度目の優勝おめでとうございます!!
去就は・・・いや、触れまい。
国歌を聞きながら更新をw
智本光隆