ある本に
「2月の春はまだ一人一人の感覚的な春であることが多い。」 とあった。
又、2月のことを
「自分だけの春を見つけているうち、いつしか本当の春になる月」だとも。
「2月の春」 に限らず、一人一人の感覚は違って何事も捉えるのが普通かと思うが、
場所を少し移動するだけで、春だったり冬だったりもするから、
まだしばらくは季節は移ろう時期ではあろう。
蕗の董を採集に出向くご仁も、すでに食したご仁にも、春はやってきているのだろうし、
ねこやなぎの芽吹きを家中にいて気にする者の春は、いま少し遠い気もする。
冬のなごりを愛おしむか、春 、先取りに喜々とするか。
2月のカメラは、ピンポイントに向いがちではある。
↓ ツグミ(鶫)→冬鳥
↓ ジョウビタキ(尉鶲)メス→冬鳥...「紋付鳥」とも言う。