変化を受け入れることと経緯を大切にすること。バランスとアンバランスの境界線。仕事と趣味と社会と個人。
あいつとおいらはジョージとレニー




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カテゴリの 『連載』 を選ぶと、古い記事から続きモノの物語になります。
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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     ○ (12:1/5)
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第3章 《出撃》  (1/5)

 曇天に甲高いエンジン音を響かせながら次々に離陸して行くのは、最新鋭であるタイガー・シャークⅡ戦闘機の兄弟機だ。
 ルナと配下の整備士が、ルナ戦隊に必要な能力をタイガー・シャークⅡに持たせるべく改造した機体である。仲間内では、タイガー・ルナと呼ばれているその機体は、明らかにタイガー・シャークⅡとは違っていた。外観はさほど変わらないが、エンジンは始動した時から別物の音を奏でる。ドーバー戦役時代の秘蔵っ子整備士、カク・サンカクがチューンアップしたそのエンジンは、芸術的な鼓動と、野獣のような力を発する。極端に気分屋のカクは、周りの人間がご機嫌を取っておかないと、彼が手掛けるモノの性能まで落ちてしまう。そういう扱いにくさはあるが、彼の腕は神がかり的であり、機嫌が良い時に改造したタイガー・ルナは恐ろしいまでに高性能化されていた。そして、カクは今とても機嫌が良く、整備としても万全を期した状態なのは明らかであり、それをエンジン音が裏付けていた。カク程は極端でなくとも、人というのは気持ちの持ち方で発揮される能力が段違いになる生き物である。最高の状態にチームを導くのは、隊長であるルナの重要な役目の一つであった。
 隊員達の機嫌も上々のようだ。一昨日の夜、久しぶりに皆と飲み明かしたおかげだろう。ドーバー戦役の勇士とブリタニアから招聘した兵士の親睦を深め、信頼関係を築いておく必要があったのだ。軍用と商業用が併設された港を持ち空軍の基地も近くにあるこの街には、軍人や商人を初めとした、ありとあらゆる階層の人々とその生業が集まっていた。良くも悪くもこの街は王国の縮図と言える。ルナ達が繰り出したその店は、如何にもそんな港町にありがちな、雑踏の延長線上にありながら、何らかの分野で腕に覚えのある連中が集まる、ちょっと淫靡で刹那的な酒場だった。
「あんた、ルナ皇太子じゃないのかい?」
酒場の髭面マスターが、カウンター越しにルナに話し掛けてきた。カウンター席の椅子は高く、カウンター内外の者の視線に高低差が少ないので、マスターとルナの距離は不自然なまでに近付いていた。ルナはそんな状況が息苦しく、軽く手を上げてやり過ごそうとしたが、髭面は引き下がろうとしない。
「そうかい、あんた戻って来たのかい。元皇太子。」
それには隊員達が応じた。
「マスターよぉ、誰だっていいじゃねぇか。俺たちゃ酒が旨く飲めればそれでいいんだよ。」
隊員達には既に相当な酒が入っているが、軍人の本能なのか、何とかごまかそうとしてくれている。ルナが王国領土で大勢の隊員といることが知れれば、王国は協定違反で追求される。いや、そんなことより作戦が控えていることが漏れることになる。そういう意味では、場末の酒場に繰り出したのは軽率だったのかもしれない。そんなルナと隊員達の危惧等知るはずもなく、髭面は陽気に話を続ける。
「いやぁね、俺だって大将達には旨い酒を飲んでもらいたいわけさ。もしあのあんちゃんがルナなら、とっておきの酒を出さにゃならんと思ってね。」
「何だよ、そのとっておきって。俺達には出せねぇのかい?」
何とか話を逸らせようとしているところに、格好の話題を持って別の隊員が割り込んで来た。
「マスター、強ぇ酒をニ杯だ、あそこのカップルに。」
皆につられてルナも視線を動かした。古来より帝国の文化圏であるこの街には、基本的に石造りの建造物が並ぶ。しかし、庶民の階級には木造の独自の文化が育っており、洒落た木造建築が石造りの立派な建物の狭間を至る所で埋めている。この店もそんな木造の建物である。天井から吊るされている照明は木造故に人の動きに応じて絶え間なく揺れ動いており、店内を一様に照らすには照度が不足しているために、揺れに応じて店内を光の輪が走り回っていた。店の中心に陣取るカウンター席の隅にルナ達の視線が集まっていたが、そこに向けて光が動いて行くに連れ、そのカップルがカク・サンカクとベルァーレであることが照らし出された。技術畑一筋で危なげ眼光が貧相な顔の中で異様に光るカクと、酒場の雰囲気がよく似合う色気を醸し出しながら高貴な風貌も併せ持つベルァーレ、この異色の組み合わせは、それだけでも人目を引く。ドーバー戦役以前から、ルナが街に繰り出す度に何処からとも無く現れてはグラスを重ねて来たベルァーレ、いつしか彼女はルナ隊のマドンナ的存在になっていた。普段は飲み歩く時間があれば研究室や作業室にこもって機械をいじっていたいカク、彼をしてもルナ隊再編成のこの宴には出て来ざるを得なかった。そしてここでカクは、ベルァーレと運命的に出会ったと考えたのだ。ここまで極端な一目惚れも珍しい。ガラにもなく真剣な表情でベルァーレを口説くカクに皆が大笑いしていたが、中には茶化して邪魔する隊員もいる。
「カクよぉ。お前どけよ。ベルァーレは俺様と話がしてぇんだとよ。」
ギリギリまで空いた胸元と深いスリットから覗く太股、交互に視線を配る隊員は、カクではなくベルァーレに拒まれた。カクに意味ありげにもたれかかり、その肩に頬をあずけながらベルァーレが一喝する。
「あんた何が出来んのさ。」
そこでカクの手に自らの指を這うように絡ませ、組み替えた脚に隊員の視線を感じながら、うっとりしたような目でカクに呟きかけた。
「あんたの指にかかったら、何だって最高に良くなるってハナシだよ。機械だけじゃなく、何だって……。」
周辺の隊員達は大ウケである。皆からそそのかされ、カクはベルァーレを伴って二人だけで階上の部屋に消えて行った。カウンター横の階段を昇って行く二人を、ベルァーレに振られた隊員は面白くなさそうに見つめていたが、それは仲間から酒がシコタマ振舞われ、愚痴と歓声が辺りを埋め尽くしていった。
 階下のルナ達の大騒ぎと、階上のカクとベルァーレによる床の軋み音で賑やかなこの夜は、いつまでも続くようであったが、それから数時間たつと、酒場のフロアにルナ隊の隊員は誰もいなくなった。飲み直しに行った者、女を買いに行った者、ギャンブルで運試しに行った者、それぞれがこの一夜を存分に堪能しようとしていた。一人残ったルナも、もはやルナと確信していたが敢えて追求しなくなった髭面マスターから出された最後のグラスを飲み干すと、町に消えて行った。最後の一杯はとても旨い酒だった。
 パイロットの宿命で、作戦の前日に酒は飲めない。昨日は個々人が出撃に備えていたことだろう。今朝集まった隊員は、漏れなく皆が戦士の顔に戻っていた。カクの眼も輝いており、新しい『機械』に出会った時とは違ったその表情から、あの夜以降にベルァーレと随分とよろしくやったであろうことが想像された。

 最後の機体が格納庫から引っ張り出された。運搬員がシャフトを突っ込み、僅かなクランクを与えただけで、カクバージョンのリニアロータリーエンジンが唸り始める。そのままフルスロットルを与えると、たちまち離陸していった。
 最初に離陸していたルナは、最後の機体が編隊のしんがりに付いたことを確認し、空母への編隊飛行に移った。満足げにタイガー・ルナを見送ったカクは、ルナの編隊を追うべく輸送機の離陸準備に取り掛かった。

 ルナ隊が空母への編隊飛行を続ける道程で、重く垂れ込めていた雲はみるみる晴れていく。それはまるで、隊員達の陽気さが空に届いたかのようであった。
「ルナ隊長、ベルァーレはカクの口説きに本当に落ちたかな?」
ブリタニアから来た腹心が陽気に話し始めたが、それにはドーバー戦役時代の勇士が応えた。
「落ちたと見るべきだな。タイガー・ルナの調子の良さが物語っている。」
「ベルァーレは俺に気があると思ってたんだがなぁ。」
隊員達が苦笑する中、勇士がルナに話題を振った。
「いやいや、間違いなくベルァーレは隊長に惚れてたぜ。もともとはな。」
ルナが返事をする前に陽気な腹心が続けた。
「それだったら俺も引き下がるんだけど、オタク野郎のカクのどこが俺より良いって言うんだ?」
これにはほぼ全員が反応した。彼とカクの魅力の大小についてではない。
「待ってくれよ、カクの機嫌を損ねるようなことは言いっこ無しだぜ。どこで聞いているかわからん。」
「そうだよ、全く。敵はおろか味方にさえ封鎖している密信ですら、奴なら聞いているかもしれねぇ。」
「カクの場合、機嫌損ねると機体の性能も損ねちまうからな! 困ったやつだぜ、整備の腕は天下一品なんだが……機嫌さえ良ければ!」
潮時と見てルナが話題を変えた。
「それよりこの機体、どうだい?」
「すげぇ! すげぇの一言だぜ、隊長!」
「俺じゃない。カクのお陰だ。」
「カクの機嫌に俺達の命がかかっているとあっちゃ、ベルァーレにはよろしくやってもらわんとな。」
「切ないぜぇ……。俺のベルァーレが……。」
「またベルァーレの話に戻っちまった。諦めろ! 大陸にも良い女はいっぱいいるさ。」
「そんなもんかねぇ……。」
部下との会話を適当に流しながら、ルナは慎重にタイガー・ルナの挙動を確認し続けていた。
「ちょっとおかしいな。」
独り言のようなルナの言葉にドーバー戦役以来の歴戦の勇士が応える。
「左右のエンジンパワーがしっくりせんな。左右のパワーを変えて操舵をサポートするシステムが、うまく機能していないのかもしれん。」
「そんなところだろう。個体差かもな。多分、カクが来れば空母上でも対処してくれるだろう。」
「俺の機は慣れで克服できるレベルだが、カクが直してくれるなら本来の性能が楽しみだぜ、隊長。」
「まったくだ。みんなはどうだ?」
「そうだなぁ……、ベルァーレも空母に呼んであるんだよな? 隊長。」
「呼ぶわけねぇだろ。」

 ベルァーレが如何にルナ隊と親交が深いとは言え、軍人ではない彼女を作戦行動に同行させるわけにはいかない。それは当然のことなのだが、何とかして連れて行くことができていれば、この後に繰り広げられる惨劇の中で、港町で起こる屈辱的な悲劇だけは避けられただろう。しかしながら、この時にそれを予想することは、王家の秘蹟を施されたルナを持ってしても不可能であった。

<まだまだ続きます>

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