ロス・キング著『謎の蔵書票』は、1660年のロンドンと1620年のプラハをつなぐ一冊の稀覯本を巡る歴史ミステリー。衒学趣味の書店主が、書籍に関する蘊蓄を披露しながら、ヨーロッパ史上の二つの大きな動乱の間に横たわる陰謀を解き明かしていく。
1660年は、イギリスにおいて清教徒革命が終わった年だ。
1558年9月に革命の指導者クロムウェルが病没すると、三男のリチャードが次の護国卿となった。しかし、軍からの信頼を得ることが出来なかったリチャードは、わずか7ヶ月で退任に追い込まれた。その後も軍と議会との折り合いがつかず、国内は無政府状態となった。
1660年5月、革命で処刑されたチャールズ一世の遺児で、オランダに亡命していたチャールズ二世が、帰国して王位に就く。王政復古である。革命によって没収された家財は持ち主に返還され、亡命していた貴族たちは次々と帰国した。しかし、世は速やかには治まらなかった。革命派と王党派の対立は依然として続いていたのである。
1620年は、ボヘミア(ベーメン)においてプロテスタントがカトリックに敗れた年だ。
ボヘミアの貴族はハプスブルク家のプロテスタント弾圧に反発して、1618年に神聖ローマ皇帝代官マルティニツとスラヴァタをプラハ王宮の窓から突き落とした。これが世にいう三十年戦争の始まりである。
1619年には、カルビン教徒のフリードリヒ五世がボヘミア国王に即位した。カトリック側は軍事的報復に出ると、フリードリヒ五世の軍を撃破し、ボヘミアをハプスブルク家の属領にした。プラハを追われた宮廷の人々は、ルドルフ二世が遺した財宝や書物を国外へ持ち出した。
物語は、1660年のロンドンから始まる。
ロンドン橋の一画で、アイザック・インチボルドは18年ほど前から書肆《無頼堂》を営んできた。もっとも、《無頼堂》自体が開業したのは、それより40年も前のことである。インチボルドは14歳でそこに見習い奉公に入った。先代の黒死病による卒去後、インチボルドは《無頼堂》の主となり、爾来、書棚に囲まれて暮らしてきた。近視で、喘息もちで、内反足のため足の運びもぎこちないので、外歩きは得意ではない。週に一度、妻子の墓所に花を手向けるのだけが、唯一の外出らしい外出と言ってもいい。再婚は考えていない。おおよそ危険や冒険とは無縁の人生を送ってきた男である。
件の出来事は、チャールズ二世が帰国し、11年前から空位になっていた王座に就いた直後に起きた。
インチボルドは、アレシアと名乗る見ず知らずの貴婦人から手紙で呼び出される。
料金未納の書簡からは差出人の窮乏が窺われ、インチボルドは興味を失くす。没落した名家からの蔵書売却依頼と踏んだのだ。クロムウェルの治世に没落した王党派は多く、投げ売りされる家産につける価値は下落している。そして、アレシアの館があるドーセットシャーはロンドンからかなり遠い。
しかし、“詳細を此処で申し述べるわけにはいきません”といういわくありげな一文と、書簡の封印に誰かが細工をした痕跡があるのが気になったインチボルドは、これまで故意に避けてきた外の世界に踏み出すことにした。
アレシアの住むポンティフェクス館は、彼女と夫が亡命中に、クロムウェルの軍隊と近隣の村人たちによって滅茶苦茶に荒らされていた。
アレシアは亡命先で夫を喪い、一人で帰国した。彼女は館をもとの姿に戻したいが、それが叶わないのなら、せめて亡父アンブローズ卿の蔵書票が貼り付けられた12冊の稀覯本だけは取り戻したいと願った。幸いなことに書籍は11冊までは見つかった。問題は最後の一冊だ。その捜索を依頼したくて、インチボルドに手紙を書いたのだ。
その本のタイトルは、『迷宮としての世界』。
蔵書家として名高かったアンブローズ卿が、1620年代のプラハで、帝国図書館のために買い付けた書籍の中の一冊だった。
ここで、ヘルメス文書についての長い説明が始まる。
200年ばかり前に、コジモ・デ・メディチの命で、聖マルコ修道院の修道士たちがフィレンツェに持ち帰った数多の写本。それらの中でもっともの重要なのが、マケドニアから持ち帰られた14巻のヘルメス文書だ。その14巻に後から発見された3巻を加えた17巻のヘルメス文書の価値は、メディチ図書館のすべての蔵書を合わせたものに相当するという。どうやら、アンブローズ卿はヘルメス文書全巻を所持していたらしい。問題の『迷宮としての世界』は、そのヘルメス文書の幻の18巻目にあたるという。
インチボルドはポンティフェクス館を調査中、実験室の作業台の上に二冊の書物を見つける。
一冊目は、アブラハム・オリテリウスの『世界の舞薹』という地図帳。“書かれた文字は残る。”という銘句のある蔵書票が貼り付けられている。オルテリウスは、スペイン国王フェリペ二世のお抱えの地理学者だった。
二冊目は、ガリレオの『世界の二体系対話』。イエズス会の司祭がルターとカルビンを合わせた以上に有害であると指弾する、当節もっとも重要かつ論争的な哲学書だ。
二冊ともおよそ実験室には似つかわしくない書物である。どうして、そんな書物が作業台の上に載せられているのか。そして、オルテリウスとガリレオ、地図製作者と天文学者の間には、いかなる繋がりがあるのか。
インチボルドは『世界の舞薹』の中に、意味不明な文字の羅列が記されている頁が綴じ込まれているのを発見する。この謎めいた文字は、もしかしたら何らかの暗号かもしれない。としたら、そこにアンブローズ卿の失われた絵画や工芸品の隠し場所を知る手掛かりが隠されている可能性もある。インチボルドはその頁を丁寧に切り取り、密かに持ち帰った。
インチボルドは《無頼堂》の蔵書を参考にしながら暗号の解読を試みる。
しかし、《無頼堂》は、二度に亘ってスペイン人らしきの三人組の襲撃を受けてしまう。彼らは誰の手の者なのか?
インチボルドが一冊の稀覯本の捜索から歴史の暗部に触れてしまったことで、《無頼堂》での生活はもはや安全なものではなくなってしまったのだった。
1660年のロンドンと1620年のプラハ。
アンブローズ・プレシントン卿と『迷宮としての世界』をめぐる謎は、40年の歳月と650マイルの距離を跨いでいる。その両方の世界に、それぞれ書籍のスペシャリストの男性と読書家の女性のコンビが存在する。
前者は、《無頼堂》店主のアイザック・インチボルドとポンティフェクス館の貴婦人アレシア・グレイトレクス。
後者は、ルドルフ二世の財宝と書籍を保管するスペイン館の司書長ビレイム・イラーチェクとフリードリヒ五世の妃エリザベスの侍女エミリア・モリニュークスだ。
インチボルドは調査を進めていくうちに、書籍商サミュエル・ヒクバンスが主催する〈黄金の角〉亭での競売会を知り、そこから更に、危険な香りのする書籍仲買人ヘンリー・モンボドウの存在に行きつく。アンブローズ卿の謎と『迷宮としての世界』の在処を解き明かすのには、このモンドボウを追跡する必要があるようだ。
40数年の人生を、ロンドンの城門より20リーグ以上先へ足を延ばしたことが一度も無かったインチボルドが、書籍への偏愛と知識欲、それから無意識のうちに彼の心に根を下ろしていたアレシアへの慕情に突き動かされて、壮大な冒険へと突き進んでいく。
二組の男女の周囲に見え隠れする大小様々な謎と、多岐の分野に渡る膨大な書籍の知識。それから、歴史上の大きな事件の爪痕が、この物語の筋を複雑なものにしている。
錬金術、暗号、地下室、迷路、薔薇十字団、ルドルフ二世、自動人形、ヘルメス文書、木星の月の蝕、ガリレオ、オルテリウス、メルカトルの図法、航海術、巨大帆船サクラ・ファミリア号、コペルニクス…これらのワードが、百科全書的なペダントリーを紡ぎだして読者を幻惑する。ミステリーとしてのオチはそう難解なものではなかったが、書籍と歴史に関する情報量が多過ぎて、どこに視点を定めればよいのか分からなかった。
時代の大きなうねりの中で、数多くの人物が登場しては消えていく。彼らの足跡を辿ってインチボルドは命がけの冒険を繰り広げる。だが、不思議と躍動感が感じられない。それは、インチボルドの目が未来を見ていないからだろうか。40年前の謎の発端に関わった人々は殆どが故人で、アレシアの存在でさえ、物語の冒頭から失われることが仄めかされている。
アレシアは、彼女の住むポンティフェクス館そのものの人物だ。
クロムウェルの軍隊に占拠され、目ぼしい家財を略奪された館。中でも図書室の惨状については、詳細に描写されている。室内には湿っぽい悪臭が立ち込め、床には所狭しと、航海術、農事、建築、医薬、園芸、神学、教育論、自然哲学、天文学、占星術、数学、幾何学、秘記法、詩、演劇、小説など、雑多なジャンルの書冊が、貴重な本も無価値な本も雑然と積み上げられている。それらの書籍は、水に浸かったらしく紙が波打ったり、虫に喰われ紙の繊維が糸くずと粉状になったりしている。王政が復古しようが、一度失われたものは元の姿を取り戻すことはない。混沌と荒廃と謎に満ちたこの図書室は、アレシアの心象風景のようだ。
内向的な主人公が勇気を出して外の世界に踏み出したところで、何かが開けることはなかった。寧ろ、壊され、失われていくばかりだった。インチボルドの冒険はかなりの広範囲にわたったというのに、終わってみれば、図書室と地下室の暗く閉塞的な印象ばかりが残っていた。
幻の稀覯本も二組の男女の間にあったはずの情も、全ては太平洋の失われた島同様、遠く虚ろなものになってしまった。やがては儚い名残さえ消え、夢の中ですら思い出せなくなってしまうのだろう。
1660年は、イギリスにおいて清教徒革命が終わった年だ。
1558年9月に革命の指導者クロムウェルが病没すると、三男のリチャードが次の護国卿となった。しかし、軍からの信頼を得ることが出来なかったリチャードは、わずか7ヶ月で退任に追い込まれた。その後も軍と議会との折り合いがつかず、国内は無政府状態となった。
1660年5月、革命で処刑されたチャールズ一世の遺児で、オランダに亡命していたチャールズ二世が、帰国して王位に就く。王政復古である。革命によって没収された家財は持ち主に返還され、亡命していた貴族たちは次々と帰国した。しかし、世は速やかには治まらなかった。革命派と王党派の対立は依然として続いていたのである。
1620年は、ボヘミア(ベーメン)においてプロテスタントがカトリックに敗れた年だ。
ボヘミアの貴族はハプスブルク家のプロテスタント弾圧に反発して、1618年に神聖ローマ皇帝代官マルティニツとスラヴァタをプラハ王宮の窓から突き落とした。これが世にいう三十年戦争の始まりである。
1619年には、カルビン教徒のフリードリヒ五世がボヘミア国王に即位した。カトリック側は軍事的報復に出ると、フリードリヒ五世の軍を撃破し、ボヘミアをハプスブルク家の属領にした。プラハを追われた宮廷の人々は、ルドルフ二世が遺した財宝や書物を国外へ持ち出した。
物語は、1660年のロンドンから始まる。
ロンドン橋の一画で、アイザック・インチボルドは18年ほど前から書肆《無頼堂》を営んできた。もっとも、《無頼堂》自体が開業したのは、それより40年も前のことである。インチボルドは14歳でそこに見習い奉公に入った。先代の黒死病による卒去後、インチボルドは《無頼堂》の主となり、爾来、書棚に囲まれて暮らしてきた。近視で、喘息もちで、内反足のため足の運びもぎこちないので、外歩きは得意ではない。週に一度、妻子の墓所に花を手向けるのだけが、唯一の外出らしい外出と言ってもいい。再婚は考えていない。おおよそ危険や冒険とは無縁の人生を送ってきた男である。
件の出来事は、チャールズ二世が帰国し、11年前から空位になっていた王座に就いた直後に起きた。
インチボルドは、アレシアと名乗る見ず知らずの貴婦人から手紙で呼び出される。
料金未納の書簡からは差出人の窮乏が窺われ、インチボルドは興味を失くす。没落した名家からの蔵書売却依頼と踏んだのだ。クロムウェルの治世に没落した王党派は多く、投げ売りされる家産につける価値は下落している。そして、アレシアの館があるドーセットシャーはロンドンからかなり遠い。
しかし、“詳細を此処で申し述べるわけにはいきません”といういわくありげな一文と、書簡の封印に誰かが細工をした痕跡があるのが気になったインチボルドは、これまで故意に避けてきた外の世界に踏み出すことにした。
アレシアの住むポンティフェクス館は、彼女と夫が亡命中に、クロムウェルの軍隊と近隣の村人たちによって滅茶苦茶に荒らされていた。
アレシアは亡命先で夫を喪い、一人で帰国した。彼女は館をもとの姿に戻したいが、それが叶わないのなら、せめて亡父アンブローズ卿の蔵書票が貼り付けられた12冊の稀覯本だけは取り戻したいと願った。幸いなことに書籍は11冊までは見つかった。問題は最後の一冊だ。その捜索を依頼したくて、インチボルドに手紙を書いたのだ。
その本のタイトルは、『迷宮としての世界』。
蔵書家として名高かったアンブローズ卿が、1620年代のプラハで、帝国図書館のために買い付けた書籍の中の一冊だった。
ここで、ヘルメス文書についての長い説明が始まる。
200年ばかり前に、コジモ・デ・メディチの命で、聖マルコ修道院の修道士たちがフィレンツェに持ち帰った数多の写本。それらの中でもっともの重要なのが、マケドニアから持ち帰られた14巻のヘルメス文書だ。その14巻に後から発見された3巻を加えた17巻のヘルメス文書の価値は、メディチ図書館のすべての蔵書を合わせたものに相当するという。どうやら、アンブローズ卿はヘルメス文書全巻を所持していたらしい。問題の『迷宮としての世界』は、そのヘルメス文書の幻の18巻目にあたるという。
インチボルドはポンティフェクス館を調査中、実験室の作業台の上に二冊の書物を見つける。
一冊目は、アブラハム・オリテリウスの『世界の舞薹』という地図帳。“書かれた文字は残る。”という銘句のある蔵書票が貼り付けられている。オルテリウスは、スペイン国王フェリペ二世のお抱えの地理学者だった。
二冊目は、ガリレオの『世界の二体系対話』。イエズス会の司祭がルターとカルビンを合わせた以上に有害であると指弾する、当節もっとも重要かつ論争的な哲学書だ。
二冊ともおよそ実験室には似つかわしくない書物である。どうして、そんな書物が作業台の上に載せられているのか。そして、オルテリウスとガリレオ、地図製作者と天文学者の間には、いかなる繋がりがあるのか。
インチボルドは『世界の舞薹』の中に、意味不明な文字の羅列が記されている頁が綴じ込まれているのを発見する。この謎めいた文字は、もしかしたら何らかの暗号かもしれない。としたら、そこにアンブローズ卿の失われた絵画や工芸品の隠し場所を知る手掛かりが隠されている可能性もある。インチボルドはその頁を丁寧に切り取り、密かに持ち帰った。
インチボルドは《無頼堂》の蔵書を参考にしながら暗号の解読を試みる。
しかし、《無頼堂》は、二度に亘ってスペイン人らしきの三人組の襲撃を受けてしまう。彼らは誰の手の者なのか?
インチボルドが一冊の稀覯本の捜索から歴史の暗部に触れてしまったことで、《無頼堂》での生活はもはや安全なものではなくなってしまったのだった。
1660年のロンドンと1620年のプラハ。
アンブローズ・プレシントン卿と『迷宮としての世界』をめぐる謎は、40年の歳月と650マイルの距離を跨いでいる。その両方の世界に、それぞれ書籍のスペシャリストの男性と読書家の女性のコンビが存在する。
前者は、《無頼堂》店主のアイザック・インチボルドとポンティフェクス館の貴婦人アレシア・グレイトレクス。
後者は、ルドルフ二世の財宝と書籍を保管するスペイン館の司書長ビレイム・イラーチェクとフリードリヒ五世の妃エリザベスの侍女エミリア・モリニュークスだ。
インチボルドは調査を進めていくうちに、書籍商サミュエル・ヒクバンスが主催する〈黄金の角〉亭での競売会を知り、そこから更に、危険な香りのする書籍仲買人ヘンリー・モンボドウの存在に行きつく。アンブローズ卿の謎と『迷宮としての世界』の在処を解き明かすのには、このモンドボウを追跡する必要があるようだ。
40数年の人生を、ロンドンの城門より20リーグ以上先へ足を延ばしたことが一度も無かったインチボルドが、書籍への偏愛と知識欲、それから無意識のうちに彼の心に根を下ろしていたアレシアへの慕情に突き動かされて、壮大な冒険へと突き進んでいく。
二組の男女の周囲に見え隠れする大小様々な謎と、多岐の分野に渡る膨大な書籍の知識。それから、歴史上の大きな事件の爪痕が、この物語の筋を複雑なものにしている。
錬金術、暗号、地下室、迷路、薔薇十字団、ルドルフ二世、自動人形、ヘルメス文書、木星の月の蝕、ガリレオ、オルテリウス、メルカトルの図法、航海術、巨大帆船サクラ・ファミリア号、コペルニクス…これらのワードが、百科全書的なペダントリーを紡ぎだして読者を幻惑する。ミステリーとしてのオチはそう難解なものではなかったが、書籍と歴史に関する情報量が多過ぎて、どこに視点を定めればよいのか分からなかった。
時代の大きなうねりの中で、数多くの人物が登場しては消えていく。彼らの足跡を辿ってインチボルドは命がけの冒険を繰り広げる。だが、不思議と躍動感が感じられない。それは、インチボルドの目が未来を見ていないからだろうか。40年前の謎の発端に関わった人々は殆どが故人で、アレシアの存在でさえ、物語の冒頭から失われることが仄めかされている。
アレシアは、彼女の住むポンティフェクス館そのものの人物だ。
クロムウェルの軍隊に占拠され、目ぼしい家財を略奪された館。中でも図書室の惨状については、詳細に描写されている。室内には湿っぽい悪臭が立ち込め、床には所狭しと、航海術、農事、建築、医薬、園芸、神学、教育論、自然哲学、天文学、占星術、数学、幾何学、秘記法、詩、演劇、小説など、雑多なジャンルの書冊が、貴重な本も無価値な本も雑然と積み上げられている。それらの書籍は、水に浸かったらしく紙が波打ったり、虫に喰われ紙の繊維が糸くずと粉状になったりしている。王政が復古しようが、一度失われたものは元の姿を取り戻すことはない。混沌と荒廃と謎に満ちたこの図書室は、アレシアの心象風景のようだ。
内向的な主人公が勇気を出して外の世界に踏み出したところで、何かが開けることはなかった。寧ろ、壊され、失われていくばかりだった。インチボルドの冒険はかなりの広範囲にわたったというのに、終わってみれば、図書室と地下室の暗く閉塞的な印象ばかりが残っていた。
幻の稀覯本も二組の男女の間にあったはずの情も、全ては太平洋の失われた島同様、遠く虚ろなものになってしまった。やがては儚い名残さえ消え、夢の中ですら思い出せなくなってしまうのだろう。