戦いを終えて、一日動かない身体と向き合って、
久々にゆっくり休んだ、というより動きを止めた一日でした。
予想よりは不自由さは抑えられていて
頭は思った以上に冷静で
まるで俯瞰で見るように、自分の身体のどこが痛み、どこが痺れ、
どういう状態なのかすら、とても落ち着いて分析出来るくらいに。
昨日、最後になるであろう舞台の中で、戦いの中で、
何て形容すればいいのだろう…
魂って本当にあるのかも知れない、と生まれて初めて感じた。
勝つとか負けるとかは一切考えず
玉砕覚悟というか、最後だから全部出し切ってしまおうという思いだけ、
それだけを以て臨んだのは今回が初めてだった。
270ヤードという計測の最低ボーダーライン。
尋常ではないアゲンストの風によって多くの選手の打球は遮られ、弾き返され、
普段なら軽く330ヤードを超えてくる選手でさえ
計測なしという異常事態を見せるコンディションだった。
僕がエントリーされたのは、おあつらえ向きにも最大のライバルと同じブロック。
そして、同じグリッドだった。
巡り合わせに心から感謝した。
これで思い残す事なく、全力で戦って果てる事が出来ると。
同じブロックには、他にも同格以上、
或いは完全に別格である選手もいた。
だけどやる事が決まっているから
緊張も、不安も恐怖もなくて
いつもみたいに武者震いする事もなかった。
妙に落ち着いてて、肩は軽く、自分でもこんなノンビリしてて
大丈夫なのかと思うくらいに静かな心境だった。
まるでバリアのように250ヤード付近に立ちふさがる強風。
多くの実力者たちが首をかしげながら
或いは悔しそうに眉を顰めながら出番を終えていく。
今の身体の状態でこの強風を突き破るのは
残念ながら普段通りのスイングと今回誂えたエースドライバーでは100%不可能だった。
不思議と冷静だった頭は、迷いなくADAMS Speed Lineを選んだ。
万全の状態でも、これを振り切るのは調子がいい時だけ。
況してや今の身体では、負荷が大き過ぎる。
しかし、悔いは残さない、残せない。
だったらやる事は決まった。
コイツで、原点に戻って本来のぶっ叩くスイングで行こう、と。
全弾、今出来得る最高のスイングが出来たと思った。
フェアウエイに入ったのは3球ほど。
だけどその全てに、今までの言葉にならない想いを込めた。
魂をありったけぶち込んだ。
鍛えた日々、得たもの、出会った人たち、支えてくれた人、壊れてしまった身体、
失ってしまった掛け替えのない人。
その全てに一切のウソも曇りもない事を
自分の今持てる全てを以て伝えたかった、報いたかった。
いつもは考える、スイングプレーンや踏み込み、
グリップレシオ、方向性、切り替えしの力み、タイミング、
カウンター、頭の位置…
不思議でした、何も気にならない。
ただ勝手に身体が動く、動く、軋むこともない、動く。
ターゲットはただ一つ、この試合球。
一点に力を集めて、思い切り振り千切った。
自然と声が出る。
雄叫びを挙げる、というより
想いが抑えきれずに言葉にならない叫びが漏れる。
身体の負荷を逃すためでもあったかも知れない。
痛くて、硬く固まってしまったこの身体を
骨が軋んですり鉢みたいな音を立てる背骨を
あの強敵と凶悪な風にぶつけるには、叫びをあげて
むりやり動かすしか方法がなかった。
最後と決めて臨んだ試合は、皮肉な話だけど全て満足いくスイングだった。
打ち切ったあとは、険が取れて澄み切ったような思いがした。
きっと、風の壁はぶち破っただろう。
だけど、それが一体どこまで通用したのかは分からない。
何より、自分よりもキャリアも勝利経験も実績もある鬼のような選手たちが
大勢倒れていったこのコンディションで、生き残ったとしてももう余力が残っていない。
クラブを手から離すと、膝から下の感覚が消えて
自分の座席に戻ったらへたり込んでしまった。
もう身体はとっくに動けなくなってたんだなぁ…と。
これで通用しないのなら、なんて素敵な世界なんだろうと思った。
いいや、通用しなくとも僕は魂魄の続く限り戦った、満足だとも思った。
そして、長くも短いこの3年間のドラコンも
ここで一度幕を下ろしてしまうのかと。
つらかったトレーニングが、妙に恋しくなって。
敗北して歯軋りした日々が、愛しくなって。
タコとマメと傷でボロボロになった両手を見て、
自分はこの手で何が出来たのか、自問自答した。
ほどなくアナウンスが聞こえる、
自分の飛距離、ライバルの飛距離。
一位で予選を通過した。
風の壁を貫いた。
自分の最高の仕事をやったと思った。
ああやっぱり、技術・スピード・パワーの数値だけじゃなく
思いは伝わる、魂はある。
でなきゃ、格上の強敵にこうして勝てる訳がないじゃないか。
支えてくれた人へ報告をしようと携帯を手に取るも
涙が壊れた蛇口みたいになって溢れて止まらなくなって
咳込むふりして草むらへ隠れて、激しい嗚咽を誤魔化した。
決勝に残れた。
まだ試合は続く、なのになんで泣く?
まるで優勝した気分か、おめでたいな俺は。
まだ最高の舞台が残ってる、恐ろしい猛者が揃ってる、
なのに何やってんの俺。脚がもうダメになってる。
立てない、痺れてもう動いてくれない。
あああ…そういうことか…。
僕の中では、予選も決勝もなく
この試合、たった1試合しか
身体が持たない事を無意識に自覚してて
後先考えない自分らしさをフルに発揮して
出し切っちゃったんだなぁと。
当然というか、決勝は記録を残すも敗退。
グリッドが愛しくて、
この凶悪な風すら恋しくて、
帽子を脱いで暫く立ち尽くしてしまった。
これで終わりかあ…って
もう視界が液状化してしまって茶と緑と青のグラデーションしか映らない。
最後だから、深々といつも以上に頭を下げて、
グリッドに全てを置いて行くという自分の本懐を遂げた事を
今は慶ぼうと素直に思った、素直に泣いた。
心底愛したドラコンを通して、心底愛した人へ
何が伝えられただろうか。
悔いはない。一部の悔いもない。
僕は戦った。戦わせて頂いた。
ありがとうございます。
これからは違った戦いが待っていて、
一生もののケガとどう向き合っていくのか、
或いは…どう復活していくのか。
今までよりも厳しい戦いになりそうだけど怯むつもりもない。
なぜならドラコンは、ドラコンを愛する猛者たちは、
こんな僕を一回り強くしてくれたのだから。
思いは必ず何かに伝わる。
諦めなければきっと限界はない。
ブチ破れない壁もない。
だから、前向いて挑めば良い。
ドラコンという世界で戦う中で、僕が与えて貰った最大の財産はこれだ。
ありがとう。
ありがとう、支えてくれた全ての方へ。
僕はしばらく眠ります。