旅行が終わり家に帰ってみると、入口に一台のデシロックルが止まっているのに気付いた。
赤色をベースに白いラインが入っていて。形式的にこの集落の男が使っている型だった。このデシロックルは?
入口から中を覗くと、奥の暖炉のところに赤い髪の長身の男性が座っているのが見えた。
「ただいま」
といって僕が扉を開けると、その男性は僕の方を振り向いて、
「おお、アレッシュラット久しぶりだな。」
と言って手を広げて近づいてきた。
「父さん、久しぶり。」
僕も手を広げて、ふたりでハグをする。
「どうだ、学校はちゃんと楽しんでいるか?」
「うん、まあ、ね。」
そう言って、僕は旅行中のことを思い出して曖昧に答えてしまった。
父さんが僕の顔をじっとみていたので急いで僕は自分の部屋へと荷物を置きに上がっていく。
僕はそのままベッドへと倒れ込んだ。
まったく、僕は何をやっているんだろう。
そして、これからどうすればいいのだろうか。
端末の画面を開いてメールを確認する。
でも、そこにはセティファムからの返信は無い。
シェラ、サラッティ、アララ、そういう名前は並んでいるけどそのメール内容を見る気にもならない。
無性にイライラして、端末を部屋の隅に投げた。勢いよく投げたせいで、ぶつかった土壁がすこし剥がれ落ちる。
どうしようか。
明日から、どうしようか。
考えてもいいアイデアは浮かばない。
すると、部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。
「おい、アレット。ちょっといいか?」
父親の声だ。
無視して寝たふりをしようか、とも思ったがさっき端末をぶつけた音を聞いてきたに違いない。
僕が迷っていると父親が扉を開けてそこに立っていた。
「少し男の遊びをしようじゃないか。」
そう言って、にやっと笑う。手には長い棒とまるい桶を持っていて。
僕はそのまま、父親に言われるまま動きやすい服に着替えてついて行くことにした。
何かしていたほうが気が紛れるし。
相談したら答えが出るかもしれないし。
父は僕をデシロックルに乗せて走り始めた。
「どこにいくの?」
「大人の遊びといえばこれだろう。」
と言って答えてくれない。いったいどこまでいくつもりだろうか。
暗くなった窓の外を見ると、またセティファムのことが思い出されてしまう。
「なぁ、アレット。」
僕が振り返ると父は少し口元を緩めて
「何かあったんだろう?」
と言う。僕の態度がおかしかったから気になっていたのだそうで。
久しぶりにあう父親にバレるくらい、それくらい僕は落ち込んでいたのかもしれない。
僕は旅行中のことを話始めた。
歌をつくるところから。
それを黙って聞いてくれて。父は最後に
「そういうこともある。それは必要なことだ」
と言ってまた笑ってくれた。
「俺も、まだアレット位の頃だな。同じように何人かの女の子に言い寄られてて。それで歌を作るから、みんなで聞いて一番いい歌をもらった人がとりあえず付き合う。ということを決めて歌を作ったことがあったんだ。」
それはそれで、何かすごい展開に思えるが
「それでな。結局俺は4曲作ってそれぞれに手渡して。
そして、全員でその曲を聞いて判断してもらった。
その結果、どうなったと思う?」
僕が「わからない」と答えると、
「4人とも、俺とお付き合いはできないって言ってきた。」
「何それ。」
「理由は、俺がみんなのことをちゃんと考えていないから、だそうだ。」
「なんでそうなったの?」
「俺はみんなに同じ曲を送ったんだ。全員が喧嘩しないで。仲良くしていくのには優劣をつけてはいけないだろう。と思ったんだよ。」
それは僕でも、一番まずい解決法に思えるけど。
「俺は頭を働かせて、一番いい方法を思いついたと思ったのに。それが女の子には通じなかったんだ。なんでだと思う?」
「手抜きしていると思われたんだろうに。」
「そうじゃない。彼女達は、納得のいく結果が欲しかっただけなんだ。」
「納得のいく結果?」
「自分たちのなかで、誰がいい歌をもらえるのか。というのは口実で。俺が誰を選んでいくのか、それを見て自分の位置をしっかりと把握しようと思っていたんだよな。
もしも一番でないなら、これからそこを努力すれば一番になる可能性がある。4番目でもまだ上に上がるチャンスはあるんだから。
ところが、俺は全員に同じ扱いをしてしまった。そうなると希望というか、見えて来る目的のようなものが無くなってしまう。
そうなると、彼女達は俺、という存在が「特に重要でない」と思えるようになってしまったんだ。なにも自分たちの与えてくれる存在ではない、ということで。」
「そんなものなの?」
「人は、自分の存在している位置を常にしりたいんだよ。そのサラッティという子は父親が死んでしまったのだろう?
そうなると、父親の代わりをしてくれる男性から、自分の位置を教えて欲しいと思う。
だから歌を作って欲しいと思ったのかもしれない。
これは俺の予想だけどな。」
「じゃあ、セティファムは?」
「それは、お前が好きだから、に決まっているだろう?それくらいのわからないのか。」
そういって笑っている。
「お前のことが一番好きなんだよ。誰よりも。
だから歌を作って欲しいと思ったんだろうし。そのサラッティとのやり取りでもそうだろう。それくらい、ショックだったんだよ。お前がサラッティを好きなんだと思って。」
「そ、それは・・。」
「結局お前がどっちを選ぶか、が一番重要なんだ。先のこと、大人になった時のことなんかは関係ない。今、どうなのか。が大切なんだよ。」
今、か。確かに僕は今自分がどうなのかというのは考えていなかった。
先にある自分の予想にそってだけ、決めたことだけに向かっていた気がする。
二人の気持ち、か。
そういう会話をしていると、目的地に着いたらしい。
そこは池だった。農業用水用の溜池。夜なので真っ暗な水面に星の明かりが写りこんで美しく見える。
「さて、ここでナマル釣りをするぞ。」
「なんで、ナマル釣りなのさ」
「男はな、一人前になるまえに、必ずナマルを捕まえられるくらいになっとかないといかんのだ」
「そんな話聞いたことないな」
「俺たちの集落に伝わる伝統だ」
そして、ぼくらは棒を水にかざして、ナマルが来るのを待つ。
ナマル、というのは池に住む魚の名前で。色は銀色で。大きさは僕の手の平くらいから、腕の長さくらいあるものまでいる。
この棒は「重力フック」で、棒の先端からある程度の距離に重力を使った力場を作り上げることが可能で。そこにものを吊り下げたり釣り上げたりすることができる。
通常は落ちたものを拾ったり、水の中や液体の中にあるものをすくいだしたりするのにも使う。
手元のダイアルでどれくらい先に重力フックを形成するのかを調整できるので、大きさと深さを自分で設定していく。
今回はナマル釣りにこれを使う。
最初に重力フックを形成していく。肉眼ではどういうふうに形成されているのかがわからないので、そこに薄く砂を載せていく。
星あかりしかないので、手元を小さなライトで照らしながらの作業だ。
この重力の場は、直径30センチくらいで厚さも30センチ位ある。
この中にナマルを捉えて引き上げないといけないのだ。
なので、重力の場に餌となる小エビを入れて、そして手元で重力の発生する場所を徐々に調整していって。
岸から5m、深さは1mに設定し、砂の乗った重力の力場を投げるように池に投入する。
そして、あとは重力の場に変化があると棒の重さも変化するので。それを感じながらナマルを待つ。
となりでは既に父が一匹釣り上げていた。それは中くらいの大きさ。すぐにまるい桶に入れていく。
暗い中で、静かに棒を持ってその反応を見ていると、またサラッティとセティファムのことが思い浮かんでくる。明日から、いったいどうすればいいものやら。
まずはセティファムに謝る必要もあるけど。サラッティにはどういうふうに接したらいいのだろうか?
「おい、引いているぞ」
急に声をかけられて、ハッとして引き上げたが餌を取られていただけだった。
しょうがなく、餌を設置してまた投入。
その隙に父は3びき引き上げていた。
「ナマルはこの池にはたくさんいる。焦らず待ってみろ。」
横でほいほい釣り上げられると流石に僕も一匹くらい釣り上げないといけない気になる。
父が6匹引き上げるあいだに、僕はゼロ。
それも、気づいたら逃げられているという感じだ。
重力の変化を感じて、力場を引き寄せる。
そのタイミングが悪いらしく、たいてい途中で逃げられてしまうのだ。
僕がまた餌を乗せて放ると、父が
「お前は、釣りをする時に何を目的にしている?」
?
「ナマルを釣ること、だけど。」
「そうじゃないな、お前は、ナマルを釣ることで「安心した自分」を得ようとしているんじゃないか?」
安心した自分?
「アレットは、目の前のナマルに向き合ってないから、先にある自分が安心する未来を描いて、それだけを見ているからナマルが釣り上げられない。どうだろう?」
確かに、僕は今父親に負けまいと、それで釣りをしているところがあった。
男の遊び、といわれながら僕は一匹も釣れないし。一匹くらい釣れないと確かに安心できないところはあるけど。
「そんな先のことを考えないで、目の前のことに集中するといい。目の前に来たナマルに集中するだけでいいさ。そしたら未来がついてくる。
お前はまだ未熟で当然だ。たくさんの事を考える必要はない。目の前のことをやっていれば、ほかのことは俺たち大人がやってやるさ。」
と言いながら父は一匹釣り上げる。
「お前が釣れなくても、俺がお母さん達にナマルをたくさん持って帰ってやる。アレットは自分の獲物だけを釣ってみろ。」
これは、セティファムたちのことを言っているようにも聞こえる。
目の前に集中する、か。棒の動き、重力の変化。
そこに意識を向けると、自分がだんだんと池の中にいるかのような錯覚を覚えてしまった。
暗い空と水面の境界が曖昧になって。
意識と肉体の境界も曖昧になっていく。
その時、重力の変化を感じた。
なぜか、ナマルの動きも感じられる。餌を食べる様子も感じられるくらいだ。
重力の力場に入り込むのを待つ。重心がうまく入ってないと落ちてしまうからだ。
微妙に感じる重力の変化。
さっと棒を引き上げると。そこには銀色に輝くナマルが居た。
力場にしっかりと捉えられ、僕の手の長さくらいある大きなものだった。
「コツがわかったな?」
よこで父が微笑んでいる。
「自分が、を外してみると、案外うまくいくんだよ。」
「自分 が?」
「そう、自分がやらないと、自分が釣らないと、自分が、という「が」だよ。それを持っていると、ナマルは逃げる。自分が、ではなくて、ナマルガ。と考えるとすんなりいけるもんだろう?」
なるほど、自分が、かぁ。
自分が餌をつけて、自分が引き上げないといけない。自分がナマルを釣る。
ナマルを釣る時も、自分が考えたやり方だけでやっているときは釣れなかったのに。
何も考えないで集中したら釣り上げることができた。
これは、もしかして男女関係でも同じってことか?
自分が、ではなくて。セティファムが、ということ。サラッティが、ということか
だから、父親は僕をここに連れてきたのか?
静かな水面には星の光しか写りこんでなくて。手元に感じる棒の感触だけがここに自分がいることをかんじさせてくれる。
その後、僕は4匹、父は10匹釣り上げて家に帰ることに。
小さいのと、大きいのはまた池に戻して。持ち帰ったのは4匹。家族で食べる分だけもらっていく、という考え方。欲しくなったら、また釣りにくればいいのだから。
帰りのデシロックルの中でふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「ねぇ、父さん」
「なんだ?」
「結局、その4人の女の子とはどうなったの?」
すると父は
「それが今のお母さんたちじゃないか。」
と言ってにやっと笑った。
「じゃあ、そのあとうまくいったのか?」
「ナマル釣りと同じさ。自分で考えるんじゃなくて。相手のことを考える。
それをやっていったら、今みたいになった、ということだ。
一度失敗しても、やり直しはいくらでもきく。
だから、セティファムのことも、お前が考えて行動すれば、ちゃんといい方向に動き出すさ。」
自分の気持ち、か。
家に戻ると母親が笑顔で迎えてくれた。
そうか、父とはそういうことがあって、今になっているのかぁ。
その日の夜は、久々に良く眠れた気がする。
釣りで疲れたのもあったかもしれないけど。何かが自分の中で、カチッと動きはじめてきた気がしたから。
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と、前回別ブログで連載していたものに書き足しながらやってきましたが。文章がだんだんと追いつかなくなってきてますので。
しばしあいだを開けることになります。そのあいだに書き足して、たまったらまた連載、という感じで。
もうじき第一章終わるんですけどね~。
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