時事解説「ディストピア」

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これからの反原発運動に必要なこと

2014-03-11 21:29:52 | 浅学なる道(コラム)
私は仙台藩の士族の末裔です。
そして、幼少のころ、3年ほど福島で暮らしていました。

ですから、2011年の宮城県沖の津波は
私にとっていろいろとショッキングな出来事だったのです。


津波の被害は言うまでもありませんが、それを天罰と称した石原慎太郎や、
そういう輩を称賛していた連中に対しても。

被災地の人たちが物資に困っているにも関わらず、買いだめをした人間にも。
いまだに福島産のフルーツと知ると、毒物を見るような眼をしてそっと売り場に戻す人にも。



つい先月、雪が降りました。

喧嘩別れしたはずの自民党から推薦されて当選した某都知事は
大したことはないと仰いましたが、大したことはあったのです。


一時的な交通機関のマヒもそうですが、この期間、
関東圏で食料品の大量の買い占めが起きました


パンや肉、魚は言うに及ばず、冷凍食品や豆腐、納豆、卵などなど……


実のところ、食糧そのものは特に不足してはいませんでした。
買い占めさえしなければ十分に行き渡るほどの食料品が毎日運搬されていたのです。


それが「次に買えるかどうかわからない」といった不安があったのでしょうか、
みんながドシドシ、スーパーやコンビニに押し掛けて必要以上に物が買われて行きました。


結果として品不足が生じました。
午前に仕入れた食品が昼にはほとんど売れてしまったのです。


私はこの有様を見たとき、
震災の教訓が全く生かされていないなと思いました。


あの時も、買いだめをする人間が本当に多くて、一時的な品不足に陥りました。
懐中電灯やラジオに用いる電池や燃料が不要な自転車も買われた記憶があります。


関東圏に住む多くの人が、被災地の人間よりもまず、自分の
食い物の確保を優先したという事実を忘れるべきではありません。



ここ最近、被災地を特集した記事や番組が作られており、
それ自体は作るに越したことはないのですが、
どうもキレイな話にしようとしているような気がして……

本当に反省するならば、私たちがあの時、どう行動したのか、
してしまったのかといったことについて真剣に語らなければならないでしょう。

そこから目を伏せた結果が、先日の買いだめだったのではないかと私は思うのです。


その後も、「絆」という言葉が流行するほど、
東北の復興を支援する動きが活発に行われました。

このブログを読んでいる方の中にも、
義捐金を送った方がいらっしゃるのではないでしょうか?

それ自体は素晴らしいことなのです。そういう行為は称えられるべきです。

しかし、同時に震災直後から福島県産の青果が敬遠されている
という事実もまた直視しなければなりません。


瓦礫(がれき)の受け入れに反対する人間に
反原発派がいることもそう。


週刊金曜日は本誌で反対する記事を書いていましたし、
核廃絶を掲げる原水禁や原水協もそう。

ただ、共産党は広域処理に賛成していたようですが……


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災害がれきをできるだけすみやかに処理することは、
被災地の復興にとって最重要の課題であることは言うまでもありません。


ぼう大ながれき処理を被災地だけで行うことは困難です。

政府が被災地での処理能力を強化することはもちろん、
被災県以外の協力を得て、「広域処理」をすすめることが必要です。

政府は、その方策を責任をもってすすめていくべきです。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2012-03-18/2012031801_05_1.html
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この件について、

[放射線に対する過度の恐怖から被災地がれきの受け入れに反対するのは、
沖縄に基地負担を押し付けるのと構造的に類似していると考えております。

更に言えば、汚染されたがれきを受け入れるなと言うのは、
被災地の方々は放射線に汚染されてもかまわないと言ってるのと同じだと考えます]

というコメントがありますが、問題の本質を突いた意見だと言えましょう。
(http://d.hatena.ne.jp/vanacoral/20120227)


結局、ありとあらゆる問題を解決していくにあたって、
最後の障害となるのは、人間のエゴイズムなのだと思います。



「自分さえ」「自分達さえ」という考え方が必ず出てくる。
どうしても邪魔してくる。しきりに分断しようとしてくる。

自分たちだけでなく「ほかの人たちのためを思って」行動する。
これこそがこれからの反原発運動に必要なことではないかと思います。

そして、そのためにも、公共の場で犠牲者を偲ぶのも大事ですが、
その一方で、震災直後に起き、その後も継続している
私たちのエゴイズムから目をそむけないこともまた大事なのだとも。