気づきの日々

毎日、何気ない言葉や思いつきに、ふと気づかされる時があります。
そんな日々のことを書いてみることにしました。

自分で浮上する

2023-10-09 13:07:59 | 日記
前に見た夢の内容が気になった。
「招待状」という言葉を考えていて、別の解釈があったのかも?という気がした。
2度も言われたので、この夢のキーワードのように思えた。
背を向けた相手=自分からは見えない相手(潜在意識)
誰かと比べて自分が明るくない=「誰か」は以前の輝いていた自分
つまり誰かと比べて気が重くなり、下がって暗くなったのは自分自身。
背を向けた相手は鏡でもある。
招待状を貰ってない=正規(正気)の手順を踏んでいない
=招かざる客=陽が当たってない気。
つまり招待状を受け取るには、正しい自分の気に戻り陽が当たる場所へ移動する。

「手順」と「潜る意識」で前に見た2つの夢を思い出した。

2013. 3.28. (木) 夢 水中から浮上
水中から上に上がって泳いでいた。
周りに何人か人が居て、その人たちが泳ぎの指導をしていたのか解らないが
最初は手が下にあって、横に広げて泳いでいたら何かにぶつかりそうで
「そうじゃない」というような声がしたのか、感じがしたのか解らないが
手を上に上げて泳いでいた。
息継ぎが出来なくて途中苦しくなり、水の中で呼吸をしていたが平気だった。
「三浦」と「イチゴ」という言葉が出てきたような気がするが覚えていない。

2012. 6.17.(日)   夢 海底から浮上

海底近くを移動していた。
暗いと言う感じはなく、普通に丘を歩いて移動している感じ。
というか、空気が海みたいな感じが近い。

横に歩いて移動していたが、急に「浮上した方が早い?」と考えて、よく解らないけど海上まで昇ろうと思った。
結構長い距離があったので、その間の空気(呼吸)が大丈夫?と不安が一瞬よぎったが、既に浮上を始めていた。
途中、やはり息苦しくなって呼吸をしていたが、普通に出来ていた。
海の中なのに地上にいるような感覚?
二~三度、息継ぎの呼吸を試みていたがどれも何の問題もなかった。
浮上する感覚は、手を頭上で真っ直ぐ合わせて昇って行く感じ。

海面に届いたら陽が燦々と射していて「顔が日焼けするかな?」と思ったが、
まぁ、いいかと思って太陽の光を心地よく浴びていた。
(このシーンは、「落ちた私」が自覚して自分の汚れに気付いて掃除している夢の続きのような気がする。夜中に「ストックしているあのお米は、沖縄の神話の空から降ってきた餅」だったんだと気付いたからかな?
餅はもち米からできているからね。お米は保存するものではないということだと気付いたから。だから「浮上」できたんじゃないのかな?自分で落ちて、自分で気付いて、自分で浮上した。)←当時の感想です

どちらも海の中に居て、横移動から上に手を上げて上昇していた。
「三浦」は三角形△の山の裏側(下の潜在意識)で、海底なのかな?
そこ(底)にある「気付いてない場所」から「気付いて」上昇する
=自分の内側の中心へ戻って昇る=陽が当たる場所
この感覚が少し理解出来るようになりました。
上昇して「空から自分と全体を上から見る視線になる」。
周りに巻き込まれずに俯瞰する感覚で、自分の中心点の上昇。
夢の中の自分を起きてから回想するような、映画みたいな目線の感覚かな。
夢の中の自分はその中で感情にモロ動かされているけど、視点を変えると別の見え方になる。
見えてなかった自分の中に眠る落ちた感情を光に当てて、原因は外ではなくて自分の内側にあったと気付く。
それでその感情は「とんだ見当違い」だったなと手放す事が出来る。
さらにその感情を与えてしまった相手を愛情と感謝で見る事が出来たら、それは昇華するのだと思う。
光だけ、闇だけの世界では、自分の「暗い気」は見えない。
そこに光が当たって「自分で落ちた暗い気」に気付く。
その事に気付かせてくれたのだから、闇は光の裏側でもあるよね。
闇があったから成長も出来たみたいな。
闇は悪いものではなくて、その存在によって気づきを得る裏側の光みたいなものかな。。。
そうか、光と闇に分離することが二極化で、どっちも大切な存在だと認識するのが融合なのかな。

コメント
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