六根清浄、お山は晴天。 登って下って、どっこいしょ。

たまに書く、時々入力、気が向いたら、したためる。駄文満載、阪神裕平ことおやじぃ雅のアウトドア雑記帳。

12月ではあるが“走”らず“歩”きますか

2015-12-28 00:10:51 | Quiet~いぶし銀、渋めの山
~アラウンド・世界文化遺産の山~ 


いつもは貧乏で暇な身分でも
さすがに師走ともなると、
仕事もバタツキ気味で、何とも気ぜわしい。

とはいえ、ひとりでこなせる仕事の量は、
たかだか知れており、それでもと
踏んばってみると、すぐに身体はフリーズ、
ひと息プリーズの状態となる。

そんな時は山である。気分転換にと、
どこかへ出かけてみたくなる。ではどこへ。

予定は日帰りでと考えながら、
スーパーのレジで並んでいたら、
あっけなく見つかった。よし、ここへゆこう。

当日は天候にも恵まれ、その場所には
バス停より、湖畔を歩き、休憩を挟んで、
ちょっと登ってと、1時間少々で到着した。

ここからは絶景が拝めるはずだが、
視界は不良で肩すかし、肝心の日本一の
山の周囲は雲に覆われていた。



しばらく待ってはみたが、結果は同じ。
先に進む予定もあるので、
後ろ髪を引かれる思いで歩き始める。

大きなアップダウンもなく、
落葉に埋もれた道を気分よく進む。

ピークに着いた。
吹く風は強いが、今年は暖冬のせいか
寒いというより、むしろ心地よしだ。

期待した風景は見られずじまいだったが、
そんな日もあるさと、ひと休み。
しばしぼんやり、ひなたぼっこを決め込む。

しかし今は12月。さすがに寒くなってきたので、
腰を上げ、では行動再開とまいりましょうか。

下山はキャンプ場を経て、湖を半周し
朝のスタート地点であるバス停に戻る。

バスのやって来るまでは、まだ時間があるので、
バス停前にあるお土産物店をのぞいてみた。

冷やかしのつもりだったが、入った店内には
お客さんらしき人影はない。店の方の視線も
プレッシャーとなり、何も買わずに店を出るには
かなりの勇気が必要だ。そこで1品、
お値段安めで恐縮ながら、とりあえずお買い物となる。

レジに向かう。そしてお金を払う、その前に
渡すお札をチラリ。今回は周囲というのか
“輪郭”だけだったが、確かにこんな風景だったな。

今日訪ねたのは、富士五湖の最西端、
本栖湖を囲む山のひとつである中ノ倉山(1247m)。

登山の始まりとなる車道から少し登った
中之倉峠から見る富士山は、
千円札に描かれているあの風景だ。

周囲には富士を見る“展望台”として
超人気の山も多いが、こちらは中之倉峠を過ぎれば
ひっそりとしており、誰もいない。

今時分なら、それこそ師走の喧噪を忘れさせてくれる
のんびりムードも満点な冬枯れの低山である。

バスに乗った。窓からは今日初めて
富士山の勇姿を見ることができた。

それにしてもついてない。

いやいやモノは考えようだ。
今年は例年になく暖かなこともあり、
富士山の雪化粧の“のり”も今ひとつ。そのせいで、
きっと見られたくなかったに違いない。

そういうことにしておこう。

Escape from Galapagos 何度目かの「今度こそ」

2015-12-23 23:34:43 | Oyage Cruise~“道”との遭遇
~熊野古道(2)
熊野那智大社、青岸渡寺を出て、
大雲取越(おおぐもとりごえ)で小口まで~

山中でバッタリ、出会った相手は
野生の熊ならぬ人、インバウンドの皆様。
しかし熊との遭遇と同様に、まずいぞ言葉が通じない。

世界遺産を肌で感じようと訪れた和歌山県の熊野古道も
いよいよメイン、第2日目となる本日は大雲取越だ。

       


ただメジャーなルートではあるが今日は平日。
道中で人と出会うことも、あまりなさそうである。

ペースは速からず、遅からず。またルート上にはアップダウンもあるが、
それも行動には適度なアクセントとなり、さほど苦にはならない。

急ぐ旅でもなく、事前に計画したコースタイムも、
かなりゆとりを持たせているので、
のんびりと昔の旅人になった気分で進む。

時間は、間もなくお昼となるが、
朝から出会ったのは、道路などの工事関係の方々で
熊野古道ウォーカーとは全くなし。やはり今回は
それこそ“無言の行“となりそうだ。

 

そんな矢先に、前方から声がする。
少し進むと、外国人の二人連れがやって来る。とっさに出たのが
「こんにちは」である。相手も日本語で挨拶を返してくれ、
お互いニヤリと笑顔で、すれ違う。

ここで気のきいたひと言でも発すれば、さすがは
おもてなしの国と、日本の印象もよくなるはずだが、
ダメである。口から出るのは日本語のみ。
いまや国際語である英語が全く出てこない。

英語は中学、高校、そして大学で学んだ。
だが授業中は「もしも日本が英国だったら、
あの世界的な政治家も、企業のCEOやアーティストだって、
皆日本語を使っていたはず。実に残念である」。

そんなことしか考えていないのだから、上達するはずもない。
学校を出れば、仕事で横文字の単語は使っても、
読み、書き、喋りもオール日本語生活であり、現時点の英語のレベルは
限りなくゼロに近い、いやマイナスだろう。

最近は、山でも海外の方々と出会うことが
本当に多くなった。そしてカタコトの日本語を交えての
英語で話かけられる機会も増えた。

しかし返せない、相手のいいたいことは
何となく理解できるのだが、英語が口から出てこない。

頭は柄にもなく、高速回転で言葉を考えている。
英単語も浮かんでくるが、声に出すことはできずだ。

そうこうしているうちに、かなりの消化不良状態で、
コミュニケーションはそれこそ強制終了となる。

熊野古道でも、出会ってしまった。
そして英語も、案の定出てこなかった。これは、
勉強せねば、真剣に思った。が、そう思ったことは
過去に一体何度あっただろうか。

当然、熊野古道においても
こんな三日坊主らしい発想も浮かんだ。
もし次に会う人が日本人以外なら本気でやるぞ。

そう何度も外国人だけということもなかろう。
これでは、勉強は多分やらないぞと
暗に宣言しているようなものだが。

その後は立て続けに人に会った、
その中に日本人は皆無。オール外国の方だった。

 

         

途中、急降下となる難所もクリアして
小口へ無事到着した。
ここからはバスで新宮へ出る。

ポツンとバス停が立っていた。誰もいない
ベンチにどっかと腰をおろす。

しばらくしてバスがやって来た。
途中で出会った外国の方々も、そろそろ
熊野那智大社、青岸渡寺に着いたかなと
ぼんやり思いつつ、乗客らしき人影はなしの
バスに乗ろうとした。

その瞬間、後ろでバタバタ、ドヤドヤと人の気配だ。
振り向くとバスに向かって、
こちらも外国人の一団が接近中である。

とどめを刺されたようだ。
これは、もう絶対に英語の勉強をやらねば。

世界で、もまれた言語・英語を、島国で
やたらと語彙が豊富となるなど独自の進化を遂げた
ガラパゴス言語・日本語を使う輩は
はたしてマスターすることができるのか。

実はバスの車中では、こうも思った。
う~ん英語の勉強は、切りよく新しい年、
来年2016年からでもいいかな。

すでに前途には、暗雲が立ちこめている。

 


本日は、いき当りばったり

2015-12-01 00:01:18 | Oyage Cruise~“道”との遭遇
~R252/只見線に沿って、大白川から小出へ~


帰りは列車を乗り継いで。
出かける前は、そんなシンプルな計画だった。

それが、なぜだか
ちょっと歩いてみようか、よし決めた、
少しだけ歩こうとなり。

しかし結果は、
ちょっとでも少しでもなく。

きっかけは1枚の駅貼りポスターだった。

ポスターを見たのは11月の連休、
学生の頃に所属していたクラブの持つ山小屋へ、
冬支度の手伝いにと出かけた際、
ところは新潟県は魚沼市、
JR只見線の大白川という駅である。

大白川は、とにかく雪が降る。
冬ともなれば、山小屋も玄関は
1階から建物の2階部分へ移動だ。

そして解けない。ひとたび積もれば、
雪が山小屋の周囲から完全に消えるのは
梅雨入りあたりとなる。

そんな厳しい自然環境にある山小屋の
最寄駅が、いわゆるローカル鉄道のひとつ
小出と会津若松を結ぶJR只見線の大白川だ。

JR只見線は、ローカル鉄道ゆえに、
常に廃線とのウワサが絶えない。ましてや
現在は、かつての集中豪雨で被った被害の
復旧のメドもたたず、途中でバスに乗換える
必要もあるなど、かなり問題も多い。
したがって存続か否かも、
極めて不透明なものとなっている。

ポスターは列車に「手をふろう」と
いうもので、只見線を応援しようなる趣旨だった。

それなら、私も微力ながらと考えた。
しかし駅のホームからでは、ポスターの構図と同じ。
これでは芸がない。
ならば、よし帰りに、沿線から手をふってみるか。

早速、調べてみた。結果、朝一番に只見から小出に
向かう列車に手をふってみることにする。
その後、バスを使って小出へと。そんな算段である。

当日は予定通りに歩く。天気も予報とは異なり
秋晴れだ。列車もやって来たが、タイミングが悪かった。
小腹が空いたので、朝ご飯の残りでつくってもらった
新米コシヒカリのおむすびを、旨いとほおばっている最中。

列車はあっという間に、通り過ぎていった。
食欲にうつつを抜かし、手はふらずじまい。
では仕方ない、帰りますか。

今度はバス停まで歩いているうちに、ふと思った。
せっかくの機会だから、小出までいってみようか。
そうしようと計画を変更。いざウォーキングである。



沿線では、車のタイヤ交換に野菜を干したりと
どこの家庭も冬の準備に大忙しだ。そして目が合うと、
かなり場違いな雰囲気で歩く姿に
皆様ニッコリ笑顔で「こんにちは」他、声をかけてくれた。

そんな笑顔とひと声に励まされたり、
途中の昔の庄屋様がお住まいだった大豪邸に
まあご立派と驚きつつ、晩秋というか初冬の
越後路を歩く。

大白川を出て6時間、15時を少し回って
小出駅に到着。駅舎の看板を見ると
作者は地元出身の大物俳優の謙さんだった。





しげしげと眺めていたら、背後から突然
「彼は小出高校出身で、私の後輩」の声。
振り返ると、いつの間にか
犬の散歩途中の方がおり、看板について
しばし説明を受けることに。

たどり着いた小出の駅からは、歩くのはおしまい。
さすがに、ここからは列車である。

今の時間なら越後湯沢あたりで温泉にでもと考えたが
聞けば小出の駅から徒歩で20分くらいの
場所にもあるという。

だったらそちらへ、いってみますか。
では前言撤回、再び歩いてまいりましょう。

それにしても今日は、いつもの山登りではあり得ない
計画性ゼロで、思いつくままに
突然&突発+予定外の動きばかりだった。

結局、行動距離は大白川から小出まで、
JR只見線の営業キロ数に合わせれば26キロ。
これに大白川から山小屋間の4キロを加え、
都合30キロ。我ながら、よく歩きましただ。

ところで温泉は、いずこに。