六根清浄、お山は晴天。 登って下って、どっこいしょ。

たまに書く、時々入力、気が向いたら、したためる。駄文満載、阪神裕平ことおやじぃ雅のアウトドア雑記帳。

思い出に、思い違いで、嗚呼疲れた

2015-10-19 21:34:36 | Oyage Cruise~“道”との遭遇
~熊野古道(1)下里に寄り道後、熊野那智大社、青岸渡寺へ~



このところ、まさに雨後の竹の子のごとく、
あちこちに誕生する「世界遺産」。
ではひとつ訪ねてみるかと、
先達て「世界遺産・文化遺産における
遺跡および文化的景観」である
熊野古道を歩いてみた。

日程は1泊2日。ルートはやや変則で
スタートは、全長は歩けば15か16歩、
日本一短い二級河川「ぶつぶつ川」の流れる
下里から熊野那智大社、青岸渡寺経由、
大雲取越(おおぐもとりごえ)で小口まで。

初日は後半、予想外のお疲れに
見舞われた1日となった。



よし16歩、日本一の短さを完歩したぞ。
プチ達成感で気分も上々と、
ぶつぶつ川のある下里をあとにR42を歩き出し、
クジラで揺れる太地町を経て那智駅前に到着。

途中、秋の海水浴場でぼんやり、コンビニなどで
休憩を交えつつ、のんびりと進んだせいで、
コースタイムは、予定より遅れ気味だ。

少し先を急ごう。しかし古道とはいっても、
那智駅からも舗装道路である車道の脇の歩道。
沿道には土産物屋他、気になるお店も点在。
よって、ちょっとだけウィンドショッピングと
相変わらず道草ばかりで、ペースは変わらず。

そろそろ車道の歩道歩きにも退屈してきた頃、
大門坂の入口が見えてきた。



大門坂からは、苔むした石段が続く。
ようやく古道らしくなってきたが、
長い石段を見ると、決まって最初に
頭に浮かぶのが「うさぎ跳び」である。
これは子供の時分に流行った
スポ根物の影響だ。

百害あって一利もなしと、いまや喫煙と同様の扱いである
うさぎ跳びも、当時のスポ根物では
主人公のルーティンワーク。
神社の石段などで、よく跳んでいた。

自分自身も中学時代のクラブ活動では
うさぎ跳びはトレーニングの定番メニューであり、
いかにサボるかを考え、よく怒られた
懐かしく苦しい思い出もある。

感傷にひたりながら、さすがに跳びはしないが
石段を1歩、また1歩と前へ、上へ。

毎度ながら胴長短足の悲哀で
段の長さと歩幅が合わず、たちまち息切れだ。

ところが休むかと立ち止まろうとすると、
どういうわけか石段を降りて来る人、
しかも集団に出くわす。

苦しい顔をして立ち止まっている姿を見せれば
せっかくの古道気分もぶちこわしかもしれない。
そこで見栄をはって、笑顔で挨拶を交わし、
カラ元気を出してノンストップ。

かつてのうさぎ跳びの記憶と相まって、
これまでのゆったりお気楽ムードな行動は一転、
ファイトに気合いに根性のハードな様相となる。

ようやく大門坂が終わった。だが石段は途切れない。
今度は熊野那智大社、青岸渡寺へと延びている。

    

ここから先は3歩で1休、大門坂以前の“牛歩”ペースでと
考えていたら、また一難。

すれ違う参拝、観光客の一団から
「強力さんですね、ご苦労様です」と
声がかかる。どうやらこちらの
ザックに地下足袋の出で立ちを見て、
思い違いをされたようだ。

すぐに否定はしたが多勢に無勢。
ご苦労様の声が広がってゆく。
まさか、この雰囲気の中で休むわけにもいかず。
早めに視界から消えねば。足がつりそうだが、
涼しい顔をつくって、上を目指す。

そんなバタバタの末、本日の宿にたどり着き、
初日の予定は、これにておしまいとなる。
ハイお疲れさま。では風呂、飯、寝るだ。

しかし、宿に着く前に下見した
明日のルートである大雲取越の入口も石段だった。
のっけから石段か。やれやれである。


         

誰かの“そば”に縁なし。よって駅の“そば”

2015-10-14 00:58:52 | Hungry?~喰らわねば帰れん
知りませんでした、あの駅の1杯、
日本のトラディショナル・ファストフードである
立ち食いそばの発祥(※)が軽井沢駅だったとは。
(※)
東京に帰って調べてみたら、北海道の森駅、長万部駅という
説もあるとか。ならばこの3駅が、立ち食いそばの「発祥」
に「元祖」に「本家」ということで。

山の帰り道、乗換えとなる
軽井沢駅で立ち寄った店舗の入口に、
「駅そば発祥の地 軽井沢駅」
そんな看板がかかげられていた。

そば屋といえば、昔から一献傾ければ粋といわれ
2階では討ち入りのはかりごとや、
男女のつやっぽい話などが交わされる場。

しかし元来の野暮天であり、仇討ちの予定もなし、
おまけに恋の駆け引きも、とんとご無沙汰な身にとって
そば屋とは
エキナカの立ち食いスタイルの飲食店で長居は無用。
仕事の途中や、山の往復に
利用する腹ごしらえの場である。

閑話休題、では発祥の地の1杯のお味は。
注文ごとに生麺から茹でるとのことなので
時間は少々かかるが、すすってみると、まあ旨い。
麺はもちろんだが、特につゆは美味しいのひと言。

信州、信濃のそばよりも
わたしゃ、あなたの“そば”がよいと
都々逸ではのたまうが、
信州、信濃の駅そばは、なかなかどうして。
また味わってみたくなる一品だった。

よし腹も満たした。
おっと、こうしちゃおれん。
そろそろ新幹線がやって来る時間。
毎度のことながら、食後はせわしく店を出て
改札口へとダッシュである。

たまには、子ども時代に遊んだ場所のような、
もしくは医者にとっては聞き捨てならぬ響きのある
老舗と称される店舗で、
ゆっくりとそばに舌鼓を打ってみたいが…。
当分はなさそうだ。

  

バスしかない、こともないが          ~おっさんは“夜”バスにゆられて~

2015-10-08 23:55:00 | Graffiti~チョイとひと言


「前夜発夜行」の登山で、夜行といえば
夜汽車、鉄道と相場が決まっていた。
ただ、これは大昔の話。
最近は、もっぱらバスを指すようになってきた。

バスは便利である。値段も安く、
時間も大体予定通り。
ザックはバスのトランクに収納され、
人は確保されている席にどっかと腰をおろせる。

しかし、少々味気ない。
かつての夜行、鉄道の場合は
混んでいても座れますようにと、
勝手なことを思いながら、駅へと急ぐ。

案の定、列車は満員。そこでデッキや通路を舞台に
陣取り合戦。何とか場所を確保して、とりあえずやれやれ。

列車が動き出し、しばらくすれば
ザックや登山靴を枕に、時にはかなり
難度の高い姿勢でおやすみなさいであった。

一方のバスは、時間に遅れなければ
何の心配もなく、座って出発を待つばかりだ。

あまりにもスムーズで、どうもいざ出発という
緊張感というのか、気持ちの高ぶりに欠けるような、
どこか肩すかしのようなと、妙な気分になる。
が、そんな思いも時間にすれば、ごくわずか。
すぐに睡魔がやって来る。

いつでもどこでも爆睡できるのが取り柄なために、
バスが動き出せば、たちまち夢の中。気がつくと朝、
そろそろ下車の時間となるのが常だ。

今回も名月に見送られて、またたく間にグッドナイト。
目覚めれば、すでに目的地の和歌山に着いていた。

では、衣服を整えパッキングを直して、
それでは行動開始。おっとその前に、
早朝から開いているパン屋さんを発見。
あれこれ買って、食べて、腹ごしらえ。

本日も食欲は旺盛、体調は良さそうだ。




バスがない~おっさんは、駅から歩き出す~

2015-10-08 23:38:10 | Oyage Cruise~“道”との遭遇


9月のシルバーウィークは、
久々に大学時代のクラブが所有する山小屋へ
出かけることにした。

クラブの山小屋は2ヵ所ある。ひとつは新潟。
こちらは5月のゴールデンウィークに訪ねた。

そして今回は、群馬県にある山小屋。
場所は、群馬県の旧鹿沢というところだ。

新潟もかなり不便な場所にあるが
群馬の方も負けず劣らず、交通の便は悪い。

随分昔は最寄駅の「万座・鹿沢口」駅から、
路線バスもあったが現在はもう廃止されいる。
したがって今回の予定は人力、
駅から歩くことにした。

さすがに連休中であり、天気も晴。
道路は、バスにマイカー&バイクがひっきりなし。
そんな中を、黙々と歩く。

歩いていると、時折声もかかる。
例えばこんな感じ。

走る車からは「どこまで? 乗っていくか」。
これにはニッコリ笑って「大丈夫」と答えつつ
歩みを止めて、去りゆく車に最敬礼。
しばし人の心の温かさに感謝である。



また休憩していると、今度は路肩に駐車中の車から
釣り師らしき人が
「この辺りは、実はいい水が多く、
以前は湧き水を利用しての養魚・養殖が盛んで
今でも沢にはイワナが」と
それは存じませんでしたといった類いの内容を、
それこそ“サカナ”に、しばし談笑。
そうこうしているうちに結構な時間。
それではと、また歩き出す。

ようやく周囲も山深くなってきた。
道は延々登り道。下りの車道の路面には
車が一定の速度で走ると、
この地発祥の歌「雪山讃歌」が
流れるしかけがあり「雪よ、岩よ」と、
いやはやにぎやかである。

歩いてばかりではと、車道を外れて山にも登ってと
回り道も。よって、なかなか目的地の山小屋には着かない。

駅を出てから約5時間、ようやく山小屋の
看板が見えてきた。タクシーなら約30分くらいの行程を
10倍の時間をかけて歩きプラス山登りも少々。

スピードが求められる昨今、
壮大な無駄ともいえそうな時間を過ごし方ではある。

しかしスローな速度だからこそ、
見聞きできることもあり、
値踏み不能な貴重、かつ贅沢なひと時のような気もする。
これもひとつの「時は金なり」なのかもしれない。