ハイカーズ・ブログ(徘徊者備録)

「あなたの趣味はなんですか?」
「はい、散歩です」

「こうなる前からですか?」
「いいえ」

婆子焼庵

2009-09-11 13:04:56 | 茶道
一服どうぞ

裏千家前家元
千 玄室


「婆子焼庵(バスショウアン)」の教え

婆子焼庵とは禅の公案(問題)である。
あるところに信心深い老婦人がおり、何とか自分の信心を伝えてもらうべき僧をつくろうとした。
そして小さな庵を建て、そこにしかるべき若い修行僧を住まわせて世話をした。
毎日毎日、座禅と読経と作務をし、しっかりと修業する真面目な青年であった。

年月が流れ、老婦人は自分の生命の終わりも迫ってくるように思われたので、このあたりでどれくらい修業が出来ているかを試そうとした。

そこで隣家の若い娘に「今日の昼餉を貴女が持っていって、世話をしてほしい。
そして給仕が終わり、膳を引いてから、黙って僧に抱きついてみてほしい」と頼んだ。

娘は最初は断ったが、とうとう引き受けた。
そしていわれたような行動をとったところ、僧はその娘をを突き放して「枯木寒巌に倚る三冬暖気無し」と言った。

三冬とは禅の方では最も寒いことを指す。

従って「寒い冬の暖かみもなにも無く、しかも寒々とした厳しい岩の上に立っている枯れ木の如き」(私は修行中、何もかも枯れている。抱きつくとはとんでもない)という意味である。

それを聞いた老婦人は、「折角庵を建てて修業させたのに、中途半端な融通の利かない人間を育ててしまった」と怒り、僧を追い出して庵を焼いたのである。

この公案を師の瑞巌老師から戴いたが、2,3ヶ月は何のことかさっぱり見等がつかなかった。
ある日、畑仕事を手伝っていたら、台所を手伝う岡本女史が「人間は堅うても軟らこうてもあかん。その場を上手く切り返せる器量を持たねばなあ。作物でもそうしてやらないと。自然の味を大切にしないとね」と呟くように言われた瞬間「はっ」とした。
私の目の前が晴れたように思った。
「融通」それは逃げるでもなく、また当たるのでもなく、切り抜ける余裕を持つことかと思った。


一服どうぞ

2009-07-05 13:29:54 | 茶道
現代に通じる利休の教え

裏千家前家元 千 玄室

茶の湯は、千利休(1522~1591)によって大成され、日本を代表する総合的文化体系となった。
一盌のお茶を点て客をもてなす。
それだけのことだが、そのために必要とする点前手続きや諸道具の扱い、そして茶室の中での心を通わせる精神性など、奥行きは深い。
深いからこそ、修道が必要なのである。

四規七則(しきななそく)と言う教えがある。

四規は
「和敬清寂」
和・平和の和
敬・どんな人も敬う心
清・己の自浄作用
寂・寂然不動 明日に対する心構え

七則は、
一、炭は湯の沸くように 
  湯加減の大切さ、何事もいい加減にしないで手間隙かけることの大切さ
二、花は野にあるように
  テクニックよりも自然の心になって花とともにある、そうした環境を大切に。
三、降らずとも雨の用意
  何も雨具のことではなく、平常何時でも何事にも適応できる態度。
四、刻限は早めに
  他に対して迷惑をかけないよう、時刻は正確に少しでも早めにし、余裕を持つ
五、相客に心せよ
  隣人愛と簡単にいうが、親子や親族すべての人と仲良く接するには、その人の
  器量が必要である。
  隣同士でも知らぬ顔、ましてや他人などと、こうした思いやりのないことが今
  日の社会問題の原因にもなっている。
六、夏は涼しく冬は暖かに
  冷暖房完備の世の中では、夏が暑く冬が寒いということはゆるされないように
  なってきている。ありのままの中で、昔から先人が創意工夫をし、過ごしてき
  たあり方を考えよう。
七、茶は服のよきように
  相手に対しての思いやり、優しく接することの必要性を教える。


侘び茶人になりたい

2008-04-21 16:28:38 | 茶道
色んなお稽古に貪欲に挑んでいるが、あとやりたい事、二つある。
一つは少林寺拳法。これは若いとき会社のクラブにはいっていたのだが、師範が都合で田舎に引き上げてしまい、クラブ解散。三級でとまってしまった。これは私の怠惰が原因ではないとは言え、子供の習い事でも、何でもさせてやった変わりに、一定のレベルに達するまで、途中でケツを割ることは許さなかった。そういう性格なのでせめて初段はとって完結させたい。

そしてあとは茶道。
今私は57歳だが、あと三年でこれまでのお稽古を整理して、ほんとうに自分に向いているものに絞ろうと思っている。
そして、60歳になったら、お茶を習いたいと思っている。
三年かけて、よき師を捜そうと思う。
できたら若くてきれいな女性がいいな。
お茶を習えば、歴史、書、道具、花、料理とあらゆる分野につながっていく。
私は師匠運には恵まれているので、きっとすばらしい師匠にであえて、すばらしい老後をすごせるものと、甘い夢をみている。