ハイカーズ・ブログ(徘徊者備録)

「あなたの趣味はなんですか?」
「はい、散歩です」

「こうなる前からですか?」
「いいえ」

成熟した大人の楽しみ

2009-04-26 07:23:31 | 晩年学
毎日新聞日曜版
心のサプリ
心療内科医 海原純子さん

子供の頃何をして遊びましたか?
私の場合、まだおもちゃなどが豊富ではなかったからよく外で走り回っていたものだが、経済成長につれてゲームなどの外から与えられるおもちゃが遊びの主流になってきた。

与えられた楽しみは簡単に楽しめる。

自分達でどう遊ぶかの方法を作り出す必要はなく、与えられた道具を使えばすぐに遊ぶことができる。

最近、ふとこうした「簡単に楽しめる与えられた道具」に対し疑問を感じるようになった。
手っ取り早く楽しめるものばかりでいいのだろうか、と思うのだ。

というのは、子供ばかりでなく大人までが、「手っ取り早い娯楽」で日々を過ごし、その結果、大人になっても自分で楽しさを見つけられない人が増えているように思うのだ。

次々誕生するショッピングセンターに行けば見ているだけで時間をつぶせる。
テレビをつけていれば退屈を紛らわせることができる。

楽しむために努力する必要はないけれど、成熟した大人の楽しみにはならない。

次々と与えられたもので遊ぶのは子供と同じである。

先日、私の大先輩のジャズボーカリストのライブを聴いた。
ピアノトリオとのアドリブスキャットが本当に楽しそうで、聴く者も共に楽しんだのだが、自分が楽しみ、しかも周囲にも楽しみを与えるまでになるのは努力と時間が必要なのだと痛感した。

手っ取り早い楽しみで過ごしていても、そうした成熟した楽しみには到達しない。

与えられたおもちゃで遊ぶことは経済成長を促進する。
日本の成長はそのようなことで支えられてきた。
しかし、自分なりの楽しみを創造する力を弱くした。
心の成長を促進するには逆効果だったように思う。

努力が苦痛ではなく、自分の進歩が楽しみになるようなことがあれば、空しくなることは少ない。

楽しみを作り出す力を持ちたいものだ。


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さあ、そういうことで、今日は私の楽しみ、詩吟の大会に参加してきます。
いい報告ができますように。