ハイカーズ・ブログ(徘徊者備録)

「あなたの趣味はなんですか?」
「はい、散歩です」

「こうなる前からですか?」
「いいえ」

出るくいを打つ

2010-12-23 14:36:38 | 雑談
見方、方向 立場が変わると意見も主張もこんなに変わって面白い。




毎日新聞 検察の岐路 私はこう見る。

元ライブドア社長 堀江貴文(38)

ベンチャー企業は規制のないところに突っ込んでいろいろなことをやっちゃうんで、基本的にいかがわしい。

でも、だんだん社会に役立つことをやる。

ユーチューブだって最初はテレビ局の映像を無断で流しまくっていたら、世界最大の動画共有サービスになった。

そういうものをある程度認める寛容な社会のほうがいいのに、特捜部は「出るくいを打つ」のが仕事だということでしょう。

「あいつ、きにいらない」というレベルでターゲットを決めて、どの法律の条文で摘発するかを考える。
そこに問題があるんじゃないかと思った。

僕の最初の強制捜査令状には株式の100分割のことが書かれてあったのに、起訴事実からは抜けていた。

僕のケースはともかく、新しいことをする人や、成り上がり者を摘発したがる。

リクルートの江副さん、村上ファンドの村上さんもそうでしょう。

彼ら(特捜部)の正義は保守中の保守で、坂本龍馬ら幕末の志士らを取り締まった「新撰組」のそれに似ている。
当時は幕府を守ることが正義だったのに「龍馬伝」では悪者として描かれている。

オセロみたいに何かのきっかけで白が黒になっちゃうような正義。

だから冤罪を生みやすい。

政財界のでっかい事件を摘発しないと「特捜なんかいらない」といわれる恐怖とすごい戦っているのかなという感じもする。

「リクルートやロッキードのような事件を手がけて出世しなきゃいけない」と日々プレッシャーと戦っているんじゃないですか。
そういう構造だとやっぱり、無理がきますよね。

当時の東京地検特捜部長は就任会見で「額に汗して働く人たちが憤慨するような事案を摘発したい」と述べ、僕を逮捕した。

僕は最初の3,4年、土日もなく会社に寝泊りして働き、稼げるようになった。

それなのに「額に汗していない」というのは非常に独善的に感じますよね


慎むべきは遍路修行

2010-12-13 09:58:27 | 太極拳
お遍路さんが四国八十八箇所を巡るのに喩えて、私の師匠が使っていた言葉に『遍路修行』があり、厳に慎むべきものと日頃から伺っていた。

たしかに上達したいという意欲は理解できなくもないが、様々な面で私自身も『遍路修行』には疑問を持っている。

つまり『遍路修行』は自らが師事する師匠に対して失礼であり、自分自身に対しても不真面目であるということである。

永平寺の開祖、道元が「正師につく」と言われた。
我見を捨てて自らを空っぽにして師の教えをひたすら真似ると理解してよいと思う。
自分が空っぽになって初めて師の教えが自分に入ってくることができる。

そういう意味では『遍路修行』が我見を生み出し修行の妨げになることがわかるはずである。
そして、弟子に伝えようとする師の意を無にしかねないことも。

あるいは誰の場合も、師匠からの指摘は山ほどあるはずであり、日々の稽古で指摘を受けない日はあるまい。

ならば何よりも先に行うべきは、師匠の指摘を稽古で直そうとする努力ではなかろうか。
それが本来の修行のはずである。

それを放っておいて行う『遍路修行』は自らに不誠実ではなかろうか。

いくら稽古しても思ったようにできない、
何度受審しても昇段できない、
ということで悩むのは誰しもあることではなかろうか。

そんな時に外に何かを求めるのではなく、あくまで自分が着いた師を信じて、指摘を受けた事柄を愚直なまでの誠実さで直していこうとする稽古に答えを求めるべきではなかろうか。

居合の修行に近道抜け道もましてや裏道などはなく、あるのは稽古というただ一つの道だけである。

会報誌 N先生ご投稿文を無断掲載お許しください。

小説のような人生相談

2010-12-13 09:23:27 | 晩年学
相談者:群馬県 60代男性

60代で独身ですが、機会があれば結婚したいと思っています。
少し前、そうしてもよいと思える30代ほどの女性が現れました。
出会いは、私が参加したあるハイキングでのことです。
歩き始めてすぐに私は風景写真を撮り始め、遅れてしまったところ声をかけてきました。

彼女は主催したハイキングクラブの会員で、案内人の一人。
にもかかわらず、全行程の3分の1ほど私一人に付き合ってくれました。

その後、来シーズンにハイキングに行ったときに会いたいとの旨の手紙を出したところ、「楽しみにしている」と返事が来ました。

私はこれまで、女性から声をかけられたことはなく、声をかけても逃げられた経験しかありません。
それなのに男にもてないとは思えない女性が、60男に声をかけてくれる来るとはどういうことかと、喜び半分疑い半分考えてしまいます。

女性の意図について、善意悪意両面から教えてください。


回答者:月読寺 小池龍之介 31歳
いやはや、その恋心にとって最大の障害は、豊か過ぎる想像力にあります。

異性から優しくされることに免疫がなさ過ぎるため、この程度の優しさを受けただけでも浮き足立って、そこに過剰な意味を見出す妄想が広がってしまうのだと思われます。

「これは自分に気があるのでは?!結婚できるかも」
「いや待てよ、なにかの悪意かもしれない」と。

相手の内面もまだよく知らない段階でいきなり「結婚」を妄想するのも、ごく普通の優しさに「悪意があるかも」と恐れるのも、思考が走りすぎています。

彼女は案内人なのですから、寂しそうにしている人に優しく接するのも、「次を楽しみにしている」と返事をくれるのも、仕事の範囲でしょう。

「次のハイキングで会いたい」程度のお誘いでしたら、社交辞令的に「楽しみ」と返しやすい分、貴方の都合のよいように解釈できますから傷つかずにすむことでしょう。

しかし、そのせいで悶々と妄想の堂々巡りをするくらいなら、いっそのこと自分が傷つくかもしれない誘い方をしてみてはいかがでしょうか。

例えば、次回お会いされる際に、「もっと貴方のことを知りたいので、今度二人きりで会ってもらえませんか」などと誘ってみる。

すると、早々に妄想ではなく「現実」が見えてスッキリするでしょう。

断られたら断られたで傷つくでしょうけれども、それで諦めがついて早く次へと気持ちを切り替えられますから、良し。

もしも「喜んで、わたくしも貴方のこと、もっと知りたいですわ」とかえってきたならさらに良し。

どちらの「現実」見えても「良し」なのですから、つべこべ妄想せずに当たって砕けることをお勧め申し上げます。

時の過ぎ行くままに

2010-12-12 14:57:59 | 晩年学
今年も残り少なくなってきた。
毎年、春から夏まではゆっくりと期が過ぎるのに、夏を過ぎると月日が次第に早足になり、秋の記憶がないまま冬に突入して、あっという間に暮れがやってくるような印象がある。みなさんはいかがでしょうか。
ジャズのスタンダードナンバーに「セプテンバー・ソング」という曲があり、たしかそんな内容の歌詞だったと思う。
この現象、何かに近いなあと考えてみたら、人生とよく似ていることに気付いた。
子供のころは、早く大人になりたいと思うのになかなか時が経たず、30歳を過ぎると人生は早足になり、40歳のころの記憶はさだかではなく、気がつくとすでに老年にさしかかる、という感じだろうか。
楽しいことが多いと時はあっという間に過ぎるもの。
では、子供のころが楽しくて、壮年期が楽しいかというと、そうばかりは言えない。
別の見方によれば、初体験のイベントが多いと、時がゆっくり過ぎるような印象を持つのだそうである。
30歳を過ぎると、初めてのことが少なくなる。
いわゆる「慣れ」の感覚のおかげで、時がさっと過ぎる感じになるらしい。
仕事でも私生活でも、すべての分野で年をとると、「はじめて味わうドキドキ感」がなくなってくるものだ。
年齢による落ち着きは、こんなところから生じるのかもしれないが、ちょっとさびしい気もする。
一年に一つずつ「新しくはじめるなにか」を加えれば、年月をゆっくり味わう楽しみになるのでは、と思ったりもする。
ゆっくりじっくり、ドキドキ感を味わいながら過ごしたいものである。


毎日新聞 日曜版
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