夫婦 天野忠
口喧嘩して負けて
無造作に箸を投げ出したら
尖っている方が
まっ直ぐ
妻の方に向いた。
万事旧弊な妻が眉をしかめて
物静かにたしなめる。
ー人の胸に釘さすような形・・・・
夫はふくれて
テレビを見ている。
知らんぷりして
手だけ動かせて
方向をかえる。
口喧嘩して負けて
無造作に箸を投げ出したら
尖っている方が
まっ直ぐ
妻の方に向いた。
万事旧弊な妻が眉をしかめて
物静かにたしなめる。
ー人の胸に釘さすような形・・・・
夫はふくれて
テレビを見ている。
知らんぷりして
手だけ動かせて
方向をかえる。
伴侶 天野忠
いい気分で
いつもより一寸長湯をしていたら
ばあさんが覗きに来た。
ー何んや?
ーいいえ、何んにも
まさかわしの裸を見に来たわけでもあるまい・・・・・。
フッと思い出した。
二三日前に新聞に独り暮らしの老人が
風呂場で死んでいるのが
五日後に発見されたという記事。
ふん
あれか。
いい気分で
いつもより一寸長湯をしていたら
ばあさんが覗きに来た。
ー何んや?
ーいいえ、何んにも
まさかわしの裸を見に来たわけでもあるまい・・・・・。
フッと思い出した。
二三日前に新聞に独り暮らしの老人が
風呂場で死んでいるのが
五日後に発見されたという記事。
ふん
あれか。
疑問 天野 忠
わたしは老人が好きだ。
老人は早く死ぬから。
私は老人が嫌いだ。
老人は物判りがおそいから。
小銭を数えながら
老人たちは陽なたぼっこをしている。
老人たちの傍に寄り添うのは
いつもあの無口な「死」ばかり・・・。
徳富蘆花の「不如帰」のヒロインが
なぜ人間は死ぬのでしょう と悲しげに
恋人にたずねた。
ほんとうだ、大正時代の新派の観客でなくても
それはそれでわかる。
しかしいまは
小さな声で、しわがれた声で
(微笑と含羞を忘れず)
われわれ老人だって
それを呟く権利がある。
なぜ人間は
死なねばならぬか と。
わたしはまだ
どこからもおその答えをもらっていない。
もらう術を知らない。
だからこうして
老人という人間として
ぼんやり、疑い深く
まだ
生きている。
わたしは老人が好きだ。
老人は早く死ぬから。
私は老人が嫌いだ。
老人は物判りがおそいから。
小銭を数えながら
老人たちは陽なたぼっこをしている。
老人たちの傍に寄り添うのは
いつもあの無口な「死」ばかり・・・。
徳富蘆花の「不如帰」のヒロインが
なぜ人間は死ぬのでしょう と悲しげに
恋人にたずねた。
ほんとうだ、大正時代の新派の観客でなくても
それはそれでわかる。
しかしいまは
小さな声で、しわがれた声で
(微笑と含羞を忘れず)
われわれ老人だって
それを呟く権利がある。
なぜ人間は
死なねばならぬか と。
わたしはまだ
どこからもおその答えをもらっていない。
もらう術を知らない。
だからこうして
老人という人間として
ぼんやり、疑い深く
まだ
生きている。