檀崎範士の言葉
居合とは何だろうか、ということを常に意識してほしい。
それぞれの流派の始祖、そして継承した先達たちが、白刃の実戦の攻防から、さまざまな状況を設定、命のやり取りを業として編み出し、仮想の敵に対決する武道が居合道、ということをわきまえ、業の修練をすれば自ずと稽古のしかた、内容が変わってくるはずです。剣の理合と体の理合の合致した稽古をすること。
それにしても、正直いうと居合道の将来に不安を持っています。
もとっと古流をきちんとやって身につけてほしい。
刀で切るということがおかしくなっては居合道でなくなってしまう。
各流派の業を正しく伝える人が少なくなる一方で、居合を学びたいという人は増えている。
その人たちの目標は段位、称号だ。
みな近道が好きなんだ。
武道だけではないが、修行とか修練の必要な者にとって、近道はワナ、落とし穴で、ここに飛びついたら一人前にはなれない。
本物を知ることはできない、というのは今も昔も変わらない鉄則だ。
十年たったら・・・・まあ、年寄りの繰言か。
それでも今の居合道人に古流を大事にしてほしい、といっておきたい。
居合道名人伝 下巻より拝借
居合とは何だろうか、ということを常に意識してほしい。
それぞれの流派の始祖、そして継承した先達たちが、白刃の実戦の攻防から、さまざまな状況を設定、命のやり取りを業として編み出し、仮想の敵に対決する武道が居合道、ということをわきまえ、業の修練をすれば自ずと稽古のしかた、内容が変わってくるはずです。剣の理合と体の理合の合致した稽古をすること。
それにしても、正直いうと居合道の将来に不安を持っています。
もとっと古流をきちんとやって身につけてほしい。
刀で切るということがおかしくなっては居合道でなくなってしまう。
各流派の業を正しく伝える人が少なくなる一方で、居合を学びたいという人は増えている。
その人たちの目標は段位、称号だ。
みな近道が好きなんだ。
武道だけではないが、修行とか修練の必要な者にとって、近道はワナ、落とし穴で、ここに飛びついたら一人前にはなれない。
本物を知ることはできない、というのは今も昔も変わらない鉄則だ。
十年たったら・・・・まあ、年寄りの繰言か。
それでも今の居合道人に古流を大事にしてほしい、といっておきたい。
居合道名人伝 下巻より拝借