スポーツを考える 毎日新聞6・2夕刊
下り坂では後ろ向きに
丘沢静也 ドイツ文学者
いままで運動らしい運動をしたことがなかったが、こっそり走ってみたら気持ちが良かった。
体の喜びに目覚めて、人生ががらりと変わった。
毎日のように、ダラダラ走り、のんびり泳ぐようになった。
朝走るのがその日のウォーミングアップで、夜泳ぐのがクールダウン。
私にとって運動は食事や排泄と同様なくてはならないものだ。
運動習慣病だ。
ニーチェは「人間は病気の動物だ」と言った。
どうせ病気なら、生活習慣病より運動習慣病の方がいい。
運動ができるのに運動をしない人は、ぜひ体を動かす喜びに目覚めて欲しい。
スポーツで「結果を出す」とか「仕事をする」ということは考えない。
無理をしない。
一人でやるから競争はしない。
距離や回数ではなく、たとえば30分と時間だけ決めて、ダラダラ走ったり、のんびり泳いだりする。
これが運動習慣病を維持するための秘訣だ。
頑張らないのが教養なのだ。
下り坂では後ろ向きに走る。膝への負担が軽減し、なかなか快適。
体が軽くなると心も軽くなる。
記録も、記憶も、感動も欲しくなる。
目標を持たず、結果を求めず、プロセスをゆっくり楽しめばいい。
「静かなスポーツ」はお金もかからないし、生活習慣病にもそれなりに効き目があるだろう。
スポーツの語源は気晴らしであり、競争の意味はない。
静かなスポーツをスポーツの王道と考えるのなら、競技スポーツはスポーツの特殊な一部にすぎない。
下り坂では後ろ向きに
丘沢静也 ドイツ文学者
いままで運動らしい運動をしたことがなかったが、こっそり走ってみたら気持ちが良かった。
体の喜びに目覚めて、人生ががらりと変わった。
毎日のように、ダラダラ走り、のんびり泳ぐようになった。
朝走るのがその日のウォーミングアップで、夜泳ぐのがクールダウン。
私にとって運動は食事や排泄と同様なくてはならないものだ。
運動習慣病だ。
ニーチェは「人間は病気の動物だ」と言った。
どうせ病気なら、生活習慣病より運動習慣病の方がいい。
運動ができるのに運動をしない人は、ぜひ体を動かす喜びに目覚めて欲しい。
スポーツで「結果を出す」とか「仕事をする」ということは考えない。
無理をしない。
一人でやるから競争はしない。
距離や回数ではなく、たとえば30分と時間だけ決めて、ダラダラ走ったり、のんびり泳いだりする。
これが運動習慣病を維持するための秘訣だ。
頑張らないのが教養なのだ。
下り坂では後ろ向きに走る。膝への負担が軽減し、なかなか快適。
体が軽くなると心も軽くなる。
記録も、記憶も、感動も欲しくなる。
目標を持たず、結果を求めず、プロセスをゆっくり楽しめばいい。
「静かなスポーツ」はお金もかからないし、生活習慣病にもそれなりに効き目があるだろう。
スポーツの語源は気晴らしであり、競争の意味はない。
静かなスポーツをスポーツの王道と考えるのなら、競技スポーツはスポーツの特殊な一部にすぎない。
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