タイ・バンコクの庶民の生活に迫る!

~タイの庶民の生活とは? 一歩でも近づくために~

I井Y先生

2007年07月15日 | 今日の出来事
日曜日にまとめて 記事をアップしようとおもったが、いつもの自分用PCのケースにカードリーダーが見当たらない。カメラと直つなぎを試みようにもケーブルも見当たらないので写真がアップできない。
いったいどこに置いてきてしまったのだろうか、、、。

とりあえず今週のうごきを<<<>>>

9日:東南アジア研究最高権威I.Y先生をホテルにおたずねしてご予定を伺う。アテンドしてくださったのは、K大学東南アジア研究所BKK Representative OfficeのA先生。

10日 INSTITUTE OF TECHNOLOGISTSの先生方がご来訪。パッタナカーンの大学の学生の質の高さを評価してくださった。8/2の式典に語招待。Mr&Mrsですか?と聞かれて何のことかわからず恥ずかしい思いをした。
11日 式典チーム打ち合わせ 14:00 - 16:00 懸案無し(?)
12日 7:30 I先生にご連絡し、14日のお約束の時間を決める。結局8:30にR-O-Sホテルのロビーということに。
13日: 13:00 - 17:00学部生、高校の進学指導の先生とUni-Air社見学。
Uni-Air社はISO9000,14000を既に取得しているが、ライン、材料利用の効率も悪く、従業員健康労働、環境管理の面でもちょっと疑問が残る。こういう工場を日本の専門家と学生と一緒に行ってあげて改善点を指摘すれば喜んでいただけると思う。会員サービスと学習、教員の質向上と3Winの企画を提案しようと思う。

14日: P先生とホテルにI先生をお迎え。S理事長、K先生、P先生、教養学部長などお出迎え。
先生は2550年にT外大を中退なさって、外務省に入職し、留学生として初めて来タイされた。
私はまだ生まれていない。以来大使館員勤務などで、7年タイに過ごす。

帰国後1960年台K大東南アジア研究所センター設立にご尽力。私はてっきり大きな期待を持って設立されたセンターだと思っていたが、当時はまったく逆風だったらしい。
東南アジア研究というのはまったく理解されなかったそうで、侵略だとまで言われたそうである。まったく口沙汰ない人間がいつの時代にも居るものだ。

当事、先生は学部卒業資格の無いまま助教授に抜擢され、新聞にも出たそうである。その後学位論文をご提出になり、法学博士。

訪問時は大変T-N大学の意義を評価され、エールを送ってくださったが、「何事も新しいものを始めて、理解、評価されるまでは10年かかる」というアドバイスだった。
これは重く受け止めたいと思う。結構最初から報道など取り上げられ、評判になっているので過大な期待は時として大きな失望に変わるので、今後は気を引き締めてかかりたい。
幸い学生は絶対良いのだから。
 
コメント
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