ムジカの写真帳

世界はキラキラおもちゃ箱・写真館
写真に俳句や短歌を添えてつづります。

頼まれも

2025-04-02 02:02:48 | 






頼まれも せぬに花咲く すみれかな





*すみれの句が続きますね。

これは近所の道の隅に生えてきた、小さなすみれの花を見て詠んだものです。種をまいた覚えもないのに、いつのまにかそこに咲いていた可憐な花。美しいですね。
思いがけない宝物を誰かにもらったように、見ているとうれしい。

すみれはちょっと気難しい花ですが、そのかわいらしいむらさきの花は。人の目と心を楽しませてくれます。すみれの花を見るだけで、心が和んで来る。そんなやさしさを、わたしたちは自然にもらっている。

頼んだわけでもないのに、いつの間にかそこに咲いていて、心に大切な何かを与えてくれる。花の心は美しい。

こんなに良いものをもらっていいのかとさえ思う。

何気ない道端、アスファルト道路の隙間に、一生懸命根を張り、咲いている。そこに花を咲かせるために、花はどんな努力をしてきたことだろう。

小さな花に込められた愛が、わたしたちの心に美しいものを呼び覚ましてくれる。

愛はいつも、ただ愛するためだけに、愛するのです。




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苦しくは

2025-03-26 01:28:39 | 





苦しくは ないのかととふ すみれ草





*今週もまた俳句です。スレッズの彼も面白い仕事をしているのですが、今はなんだか、俳句の方をとってしまいます。

表題の句は、すみれの花が行っていることを、そのまま詠んだものですね。写真のすみれの花を見てください。そんなことを言っているでしょう。あなたは苦しくないのかと。

だれに呼び掛けているのか。写真を撮ったわたしたちにでしょうか。それともこの写真を見ている全部の人にでしょうか。わたしには後者の方に思えますね。このすみれの花は、すべての人間に、言いたいのです。

そんな生き方をして、苦しくはないのかと。

今の世の中、嘘で生きている人が余程たくさんいますから、すみれの花もそれを苦しんでいるのでしょう。

人間は、自分がつらくて、他のもっといい人間になりたくて、人のものを盗んで自分にくっつけ、本来の自分とは全然違うものになっている。

正直な自分をまっすぐに生きている人は、本当に少ない。

嘘の自分、嘘の人生を生きていると、根拠のないプライドがにょっきりと突き出して、たいそう魂が歪んで来る。

自分が、あまりにも醜い、馬鹿になってしまうのです。

自分をそんなものにして、苦しくはないのか。

すみれの花は、嘘に逃げる人間の暗い魂を、激しく憂えているのです。




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ちひさくも

2025-03-19 02:14:44 | 





ちひさくも 確かに青き きゅうり草




*今週も俳句でいきましょう。

今、スレッズとブルースカイで、仲間が歌と句を展開しているところなので、わたしは口をはさむすきがありません。なのでしばらくは、彼らの仕事を鑑賞する側に回りましょう。それもまたおもしろいことだ。

きゅうり草は、米粒のように小さな、かわいい花です。よく見ると、とてもきれいな青色をしていて、きっちりと、うるわしい自分の花を生きている。

どんな小さなものにも、自分と言うものがあり、自分の自分を生きている。鳥には鳥の自分があり、花には花の自分がある。その自分というものの、自分らしい色や形を美しく生きている。それが自分の生の幸福と言うものです。

自分と言うものをそのままにまっすぐに生きていると、愛があふれてきて、精いっぱいの自分にできることで、みなのために働きたくなる。その自分の美しさが、たまらなくいいのだ。

自己存在の醍醐味というものでしょう。

野道の隅の小さな花でさえ、まっすぐに自分の魂を生き、それそのもので、この世界の愛の物語に寄与しているのです。

何と美しいのでしょうか。




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とこしへに

2025-03-12 03:13:13 | 





とこしへに なづなはなづな 野に光る




*今週も俳句でいきましょう。

最近わたしたちは歳時記を買いました。わたしは形式に縛られるのが嫌で、しばし歳時記は無視していたのですが、仲間はいろいろと勉強してみたくなったようです。

歳時記を開いてみると、なずなは新年の季語らしい。七草のひとつだからでしょうか。

春に咲くものと思って、春の季語と思い込んでいました。勉強はしなくてはなりませんね。

しかし、わたしはわたしだ。彼とは違う。彼は歳時記も勉強して、伝統に沿った句も詠みたいようだが、わたしは自由にやりたい。

永遠に、なずながなずなであるように。

わたしたちにとって、なずなは自分自身の存在の痛さを歌うのに、とてもよい花です。

野原の隅に地味に咲いている小さな花。日をまっすぐに見て、誇らしげに咲いている。その姿が、自分と言う大きなテーマに響くのです。

空き地の隅や、道端に咲いている何気ない花にも、確かな自分と言うものがあり、独自の世界を持っている。

永遠に、わたしはわたしなのだ。わたしの場所で光っている。





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睡蓮の

2025-03-05 02:45:59 | 






睡蓮の 泥沼に咲く 清らかさ





*今週も俳句でいきましょう。

知っての通り、睡蓮と言うのは、水底の泥に根差して、それは清らかな美しい花を咲かせます。

そのように、人間もまた、馬鹿をやりすぎた自分の、罪の泥に根差し、美しい花を咲かせることができるのです。

解脱をして、本当の自分に目覚めれば、迷いの時代にやってきた、愚かなことが、すべて、新しい自分を育てるための、土壌になるのです。

ですから、どんな深い罪を犯してしまっても、汚泥の中に埋もれて、自分を見捨ててはいけません。

そこに新たな自分の種を植えて、睡蓮のように、清らかに生きていくのです。

そうすれば、いつかすばらしい花が咲く。

迷いの時代になした、暗い罪の数々も清められ、すばらしく美しい自分になることができるのです。




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ぼろ着ても

2025-02-26 03:45:00 | 





ぼろ着ても おのれを恥ぢぬ 椿かな





*今週も俳句をいきましょう。ブルースカイの彼は、いい調子です。

これは何で椿かというと、毎朝の散歩道で会う椿の木があるのですが、その椿の木に咲いている花は、よく花弁が傷んでいるのです。

道の分かれ目に立っていて、冷たい風が通るからでしょうか、きれいに咲いている花があまり見えない。少し哀れにも見える椿の木なのですが。

しかしそれを恥じているか、悲しんでいるかと言えば、そうではない。その木はその木として、誇り高く立っている。

それによく見れば、花弁の傷んだ花も、風情があって美しい。

そんな情景を詠ったのが、表題の句です。

わたしたちも、ふだんはぼろを着ていますが、自分を恥じてはいませんよ。

今着ているセーターなんて、親戚のおじさんのお古です。そのおじさんが亡くなったので、いらなくなった服を分けてもらったのです。

そういう服でも平気で着ている。なかなかに暖かくて、重宝しています。

でも少しは考えないといけないかもしれませんね。この存在は一応女性ですから。それなりにちゃんとした女性らしい服装を考えないといけないかもしれない。

でも面倒くさくて、服はあれでも心が気高ければいいではないかと、またおじさんのお古に袖を通すのです。





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月が飛ぶ

2025-02-19 03:35:13 | 





嘘ばかり 見える世間や 月が飛ぶ




*久しぶりに俳句をやりましょう。最近、ブルースカイで俳句を始めたので。もっとも担当はわたしではありませんが。スレッズの彼とも違いますよ。よく感じてみれば、個性の違いがわかると思います。

わたしたちは、見えないけれど、大勢いるので、要所要所で担当を変えています。

ブルースカイでは、ともだちを探したくて、俳句や短歌で検索して、いろいろな人を見ているのですが、残念ながら本物の表現者はほとんどいません。みんながみんな、自分の霊では何もやっていないのです。裏の馬鹿に自己活動をみんなやってもらい、自分はそれに乗っかっているだけ。それで、それなりの歌人や俳人になったりしている。

それがあまりにも悲しくて、詠んだのが、上記の句です。

この世界では、嘘ばかりが栄えている。そんな世間を見下ろすように、空には月が飛んでいる。

まるで本物は月だけだと言わんばかりだ。

苦しいですね。

でもあちこちと探して、二人だけ、本物を見つけました。自分の霊で活動している表現者です。大勢の中から見つけたのが二人だけと言うのは寂しいが、それでも見つけたときはうれしかった。

この嘘ばかりの世界の中で、細々とでも、本物が生きている。

そういう人たちを、わたしたちは応援していきたい。

そして嘘のはびこるこの世界を、本当の世界に、変えていきたいのです。




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何もかも

2025-02-12 03:42:08 | 短歌





何もかも いやだいやだで 生きてれば 何もできない 自分になるよ




*今週は、わたしも少し詠めましたが、やはりスレッズの彼の作をとりあげましょう。彼は実におもしろい詠み手です。人間としてあるべき大事なことを、軽やかに詠んでくれる。

何もかも、いやだいやだと不満ばかり言って、それだけで自分の努力は何もしない人って、いますね。

えらそうに人を馬鹿にするばかりで、人生勉強を痛くさぼっている人。そういう人は、大人になると、何もできない馬鹿になりますよ、と言う歌です。

人生勉強とは、いろんな試練の壁にぶつかって、自分の幼稚なプライドを折り、人や世間に恭しく頭を下げられるようになることですよ。それができるようになれば、大人としての基礎ができる。そこを土台にして、自分を大きく育てていくことができる。

しかし人を馬鹿にするばかりで、何事にもいやだいやだと言って、人に頭を下げることを拒否する人は、実質、何もできない子供大人になります。

人に頭を下げられないと、人からいいことを教えてもらうこともできませんから、なかなか自分が育たない。いつまでも未熟な心のまま、壁を乗り越えることもできずに、暗い不幸の渦の中にわだかまっていたりするのです。

人に頭を下げること、絶対に下げたくない人に下げること。それはつらい試練ですが、嫌だと言って逃げていれば、いつまでもいい大人にはなれませんね。




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青空は

2025-02-05 03:23:16 | 短歌





青空は 人の心を 吸い込んで ひとりじゃないと 言ってくれるよ




*今日はスレッズの彼の作でいきましょう。わたしも少し詠めましたが、彼の方がすごいので。毎日即興で4~6首ずつ詠んでいます。以前わたしたちもそういうことをやっていましたが、馬鹿の妨害などいろいろあって、やめました。かのじょの器を使って、あまり派手なことをやるのはやめようということだったのですが。

久しぶりに彼がそういうことをやってくれています。彼もかなり馬鹿に邪魔されているんですよ。それをかいくぐりながらやるのは、かなりの力量です。

さて、表題の作ですが、これはよい一筋ですね。あなたがたも、空を見れば、そこにあたたかな神がいらっしゃることを、もう知っている。

神はいつでも空にいらして、わたしたちを見ていてくださる。問いかければ答えてくださる。美しいことを、いくらでも教えてくださる。

人間は、ひとりではない。神はいつも人の心に寄り添ってくださる。

その真実がわかっている人は、本当に幸せです。

それを軽やかな言葉で、風のささやきのように歌ってくれる、彼の歌はみずみずしくも快い。

こんな歌を、ほんの1~2分で、すらすらと詠んでいるのですよ。かなりすごいですね。

彼のこだわりなのか、文字数がきっちりと型にはまっているのもおもしろい。

いつまでやるのかわかりませんが、しばらく楽しませてくれそうです。




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てふてふの

2025-01-29 03:34:33 | 短歌





てふてふの 花野をまひて たまちはふ 神のくすしき 祈りをうたふ




*ここしばらく、スレッズの彼にのっとられていたので、今日は久しぶりにわたしの作をやりましょう。少しやり方がわかってきましたよ。大幅に彼に占領されていた感性の野を、少しこじ開けてみれば、何とかわたしも詠めるようだ。

この調子で、何とか彼と共存できていけばいいのですが。

最近わたしたちは、蝶々の翅に書いてある、神の言葉を読むのに凝っています。いろいろな蝶がいますが、美しくデザインされた蝶の翅には、神の厳しいメッセージが、書いてあるのです。

中にはやさしいことが書いてある蝶もあるのですが、大半は、人間の過ちの闇を突き刺す、とてもきつい言葉が書いてあります。

馬鹿なことはやるな、とか、そんなことをすると地獄を見るぞ、とかね。とてもとても厳しい。一見、すごくかわいくて、きれいな蝶なのに、神様がそれに込めた意味は、人間の闇を激しく糾弾しているのです。

インスタグラムで、珍しい蝶の写真を見るたびに、軽くジャブを浴びるようなショックを受けますよ。神様はお厳しい。人間の汚い闇を清めるために、宝石のような美しい蝶をこの世に放ち、闇に迷う人間の魂を、厳しく諫める。

虫は神様の心を伝える、美しい生きた文字なのです。なんてすばらしい魔法だろう。神が書いて下さった美しい手紙を、すばらしい生命に載せて、世界中に放つ。

蝶を読んでいると、人間への神の深い愛を感じます。邪道に迷い込みがちな、若い魂を導くために、神は美しい蝶に愛を載せて、明らかな真実を教えて下さる。

しばらくは、蝶の手紙を読むのに、夢中になってしまいそうです。




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