塵くずの ごとく珠玉を つかみ捨つる 君の闇夜を 月見捨つるな
*これも、かのじょの初期の作品です。字余りの語句がありますが、それが返ってよいと感じるのは、この歌があまりにかわいいからでしょう。真実はもっと厳しいのだが、それを何とかしてでも、おまえによいことをしてやりたいのだと、そういう心が見える。「つかみすつる」と「つきみすつるな」で音が重なっているのも面白い。こういうものがするするとできるのは、なかなかに修行が進んでいる証拠です。
塵くずのようなものだと思って、大切な珠玉をつかみ捨ててしまった。そういうあなたの闇をさまよう心を、どうか月よ、見捨てないで照らしておくれ。
これを読んでいた時、まさに時代は真っ暗闇だった。世界は平穏であるようでいて、かのじょにとっては逆風の嵐だった。人々は、なんでもない顔をして、大切な愛を捨てていく。それがどんなに痛いことになるか、わかっていないのだ。だがそれでも、何とかしてやりたい。真っ暗闇を、かすかにでも照らしてあげられる、月にもなってあげよう。
それで様々なことをしていたのだが。人々には、かのじょのこういう心はわからなかった。だから、闇夜を必死に照らそうとしてくれていた月を、ただ美しいのがいやだという理由だけで、集団で引きずり落して粉々に砕こうとしたのです。
月はその前に消えてしまった。神が、隠してしまったのです。おまえたちが永遠にこんなものはいらないというのなら、もう二度と渡しはしないと。
無理をしてでも、何とかしてやりたい。可能性がなきに等しくても、なんとかなる方法がありはしないか。そういうものを探して、必死に生きていた。そういうあの人の無理が、真ん中の六文字に出ているような気がする。
神が定めた運命をはみ出してでも、何とかできはしないものか。疲れ果てて倒れてしまうまで、あの人はそれを探していたのです。
だが人間は、珠玉を捨てるように、その月を捨ててしまった。なんでもないことを理由にして、すべて月が悪いのだということにして、自分を守ろうとした。そしてすべては馬鹿になる。
法則や決まりをそれはきちきちとまじめに守る方なのだが、愛の前には時に、その決まりに反抗してでも、愛する者のためにやってやりたいと思う。それが愛です。無きに等しい可能性を生み出そうとするとき、愛は決まりをはみ出す。だがそれが時に、本当に何かを産むことがある。
美しい歌ですね。これを読んで、あなたがたの心に何が生まれるでしょうか。はっきりとそれがわかるのは、たぶん、二百年くらい後のことでしょう。