ムジカの写真帳

世界はキラキラおもちゃ箱・写真館
写真に俳句や短歌を添えてつづります。

神様は

2024-11-13 03:14:58 | 短歌






神様は 君の気持を わかってる だからそんなに 苦しまないで





*今、スレッズの彼が絶好調なので、わたしや大火は遠慮しています。また彼の詠む歌がおもしろいので、わたしたちは読む側になって楽しんでいる感じです。なんだかわたしも、古語にしばられず、現代語でおもしろく詠んでみたくなってきました。

さてそれで表題の作ですが、神様が人間の気持ちをわかって下さるというのは、本当です。神は、地上のすべての人間の気持ちを、わかって下さいます。あなたがたも、神と話ができるようになったから、それがわかるでしょう。

どんな深い罪を犯したものにでも、神は語り掛けてくださる。そしてその罪を責めたりはなさいません。人間の深い悩みをわかって下さり、そこから助かる方法を教えて下さるのです。

すべての人間を、神は創って下さった。人間はみな、神の子供。深く愛して下さる。

神と話をしたら、心が軽くなるでしょう。愛されていることを実感することができる。悩んでいることを打ち明けると、どんな小さなことでも、答えて下さる。

すべては愛なのだと、やさしく教えて下さる。

苦しむ必要はない。神がついていて下さる。いつでも神は、わたしたちのために、美しいことをたくさんやって下さるのです。

神を知ってしまうと、神を愛してしまう。それがあまりにも幸福で、人生の苦しみが、すっかり減ってしまうほどです。




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がらくたを

2024-11-06 02:47:33 | 短歌





がらくたを 吐いて泣いてる 君は見る 黄昏の夢 ガラスのさなぎ




*今、スレッズで、わたしたちの仲間がおもしろい活動をしてくれているので、今日はそこからとりあげましょう。
なかなかにおもしろい歌です。

がらくたを吐く、ということは、彼がスレッズのおすすめに出てくるスレッドを見て感じたことです。みんな、心の中にわだかまる憂さや不満を吐いている。そしてそれでも何も解決しない問題に泣いている。

黄昏の夢とは、そんな悲しみを終わりにしたいという希望。

ガラスのさなぎとは、目覚めの前に閉じこもっている、自分の世界のことで、それが誰の目にも透けて見えるということだ。

人はだれしも、自分がつらくて、傷つけあって、喧嘩ばかりしている。そんな人生が苦しくて、ついいらぬことを言ってしまい、また苦しくなる。

人生を楽しくするのは、簡単なことなのですがね。

自分を許し、みなを愛すればよいのです。

しかしそれができない人が、今はたくさんいる。

自分を許せなくて、他人も許せなくて、嫌なことばかり言って、人生を難しくしすぎている。

スレッズはかなりおもしろい詩歌集になりそうです。




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人のあらを

2024-10-30 02:23:01 | 短歌





人のあらを 探してつつき あふ馬鹿を 見てはこの世の 乱れをぞ知る





*ネットをあちこち見ていると、よく人の悪口を言っている人に出会います。

人のあらを見つけると、甘いものを見つけた蟻のように喜んで、汚い言葉で人を馬鹿にしている。

なぜ人は人を馬鹿にするでしょう。それはやはり自分がつらいからです。自分の人生が、なかなかイメージ通りにうまく運ばないからです。だから、少しでも自分よりいいと感じる人を見つけると、いろいろと難癖をつけて馬鹿にするのです。

なんで自分の人生がうまく運ばないのか。それは要するに、人を馬鹿にしたりして、いやなことばかりするからなのですよ。人を馬鹿にすることは、愛ではありませんから、愛ではないことが自分に返ってくる。そして自分の人生が暗い方向に流れていくのです。

正しい努力など何もしないで、他人ばかり見て、悪口ばかり言っているから、不幸のタネを買って、自分の人生が馬鹿になってくるのです。

幸福が欲しいなら、それなりの自分の努力をすることですよ。何かを真剣にやってみるのです。努力するものには、失敗やつまずきはつきものです。そこを馬鹿にしてくる馬鹿に負けない心の力が必要です。

そんな人の努力を嗤うだけで、自分の努力は何もしないような人が、どうもこの世にはたくさんいるみたいだ。

あらをつつき、馬鹿にしあい、傷つけあっている人間を見ると、自分病にかかった人間の、乱れた情念の闇を感じます。





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そのわれの

2024-10-23 03:40:38 | 短歌





そのわれの 深き罪をぞ なきことと せむと逃げ行く 人の悲しさ




*人間、罪を犯したことのない人などいません。どんな良い人も、まだ何も知らなかった頃に、馬鹿なことをしたことがある。罪を犯してしまえば、自分が汚いものになったような気がして、とてもつらい。

正しい人は、そのつらさから逃げずに、ちゃんと償いをして、罪を清めていくものなのですが、中には、他の誰かや何かのせいにして、そこから逃げてしまう人もいるわけです。

自分が、あまりにも馬鹿なことをしてしまった。その罪の深さを嘆き、こんな自分など嫌だと、まるのまま自分を捨ててしまいたいと、身を切り裂くような苦しみにあえぐ人がいる。自分は悪くないのだと思いたい。すべては自分以外の誰かが悪いのだと思いたい。それでなければ、自分のしたことが、あまりにも苦しすぎる。

逃げてしまえば、愚かな暗闇に魂を迷わせ、延々と苦しむことになる。自分以外の誰かを悪者にしようと、曲がらない理屈をまげて、嫌なことをし重ねて、よけいに罪を深めてしまうのです。

わかっていても、馬鹿な人たちは馬鹿をやめられない。どうしても自分の罪を背負うのが嫌だと、逃げ続ける。

自分のしたことが、あまりにも馬鹿すぎるからです。そしてずっと、腹の中に巣くう矛盾の虫に苦しんでいる。

その苦しみから自分を救うには、自分の罪をまっすぐに受け止め、正しく償っていくよりないのです。どんな深い罪、重い罪も、清めていける自分を信じ、愛を行って、償っていくより他はない。

それでも馬鹿は迷い続ける。
永遠に逃げるつもりかと問われても、まだ逃げ続ける。

あまりにも自分がつらいのです。




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浮世には

2024-10-16 01:22:06 | 短歌





浮世には 苦しきことも おほけれど 肉でも食へば 憂さを忘るる




*相変わらず、毎日添島ががんばっているので、わたしはかなり遠慮しています。なかなか自分の歌が詠めない。でもまあいいでしょう。彼がやりたいと思っている心を、邪魔することはできません。

表題の歌は、タイッツーの方に発表したものです。タイッツーで、ある人が死にたいなどと言う歌を詠んでいたものですから、その返歌のつもりで詠んだものです。

制限があったので、直接送ることはできませんでしたが、心が伝わるといいのですがね。

人生は、苦しいことが多いですが、たいていのことは、腹を満たせば忘れるほどのことですよ。がんばって生きなさい。

そういう意味をこめて詠ってみました。
本当に、人間の苦悩も、おいしいものを食べれば、かなり救われるということがありますね。おなかがすいていると、人間、あまりいいことは考えません。つらいことばかり思い出して、人生から逃げ出したいなんて思うこともある。

そういうときは、とりあえず、何かを食べることですよ。食欲が満たされれば、心もかなり変わってくる。
幸せが浮き上がってきて、人生もう少しがんばってみようと、意欲がわいてくるものです。

心がネガティブに暗くなってきたら、とりあえず、何かを食べてみることですよ。




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選ばれし

2024-10-09 01:14:01 | 短歌





選ばれし ものと驕りて 空蝉の 世を侮りて 人にきらはる




*今週はかなり調子よく詠めました。添島とのエネルギーの配分もわかってきた感じです。この調子でこれからもいきたいものですが、さて。

選民思想というのがありますが、それは人間がまだ動物に近かったころに生まれた、自分が世界の中心であるという、実に幼児的な、間違った考え方です。

神は、特定の人間や民族をひいきしたりはしません。すべてを平等に愛してくださる。ゆえにすべての人間は、神の愛の元、平等なのです。

しかし世の中には、自分は神に特別に愛された、選ばれた人間だと思う人がいるもので。そういう人は、自分以外の人間を馬鹿にして、世間を侮り、自分を人に押し付けて、それで人に嫌われたりするもので。

そういう自分中心の考え方は、どう考えても、動物の境地です。動物というものはみな、何の根拠もなく、自分が世界で一番偉いと思っているものですから。

人間になったら、いろいろな勉強をして、自分以外にも偉い人がいると感じ、自分中心の心が修正されてくるものですがね、この世界にはいまだに、自分中心の心を捨てられない、困った人(たち)がいるのです。

かわいそうだが、そういう人たちは、多くの人に嫌われ、相手にされなくなり、孤独に落ちていかざるを得ないでしょう。




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おひがたき

2024-10-02 00:55:32 | 短歌





おひがたき おのれをおひて みちとせの 罪を清めよ 放蕩の民





*今週はあまりよいのが詠めませんでした。ゆえにこれは先週の作です。添島がまだがんばっているので、わたしにあまりエネルギーが回ってきません。

背負い難い自分を背負い、三千年の罪を清めなさい、放蕩の民よ。

みちとせ(三千年)というのは、長い長い年月という意味で、数字に特に意味はありません。数字でいうなら、万年というのが正しい。それくらい長い間、おろかな人間は、神に逆らって生きてきたのです。

自分を嫌がり、自分から逃げて、他のもっといい別の存在になろうとして、あらゆる馬鹿をやってきた。人のものを盗み放題に盗み、自分に飾り付けて、馬鹿らしい美人になろうとしてきた。

その、苦い罪を犯してきた自分を、すべて背負い、本当の自分をやり直せというのが、歌の意味です。

放蕩の民、というのがきついですね。人類の馬鹿の最も痛いところに、ぐさりと突き刺さる言い方です。そのおかげで、歌がきつい感じでよいものになりました。

確かに人間は、神の心を無視し、自分のことばかり考えて、放蕩の限りを尽くしてきた。その夢の中で、いつでも馬鹿なことばかりしている自分から、逃げようともがいてきたのです。

しかしいつまでもそれは許されない。

神は放蕩の民に、本当の自分に帰り、すべてをやり直すことを要求する。

それができないのなら、もう二度と愛さないとおっしゃる。

さて、どうしますか。




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狂ふほど

2024-09-25 01:46:53 | 短歌




狂ふほど さいはひの実を 食ひちらし まだ満たされぬ 魂の飢ゑ





*今週は、添島がエネルギーを回してくれたので、いくつか良いのが詠めました。これはその一つですが、X(ツイッター)で発表したときは、最後の七が「魂の闇」になっていました。それを今回、「魂の飢ゑ」に推敲してみました。そっちのほうが現実に近いと思ったのです。

これは、わたしたちが例の悪魔と呼んでいる、ある野球選手について詠んだものです。今その選手は大活躍をして、歴史的な大記録を次々と塗り替えているところですが。

あれはものすごい嘘なのです。

世界中が大騒ぎしていますがね、残念ながらあれは、馬鹿の霊集団がみんなでやっている、汚い嘘芝居なのですよ。

馬鹿が霊的ずるをふんだんにやれば、ああいう超人的な選手は、いくらでも作れるのです。

今、あれは、冷静に見ればおかしいほど、幸運に恵まれています。だが本人の顔と目を見ると、ちっとも幸せそうではない。何かに動かされて、仕方なくやっている、悲しい芝居のように見える。なぜでしょう。

それは彼が、本当に幸せとは何かを、知ってしまったからです。本当の幸せは、金や名声に恵まれることでも、愛してもいない美人の妻を得ることでもない。

愛に生きる美しい自分であることなのです。

それなのに自分は、その愛を大きく裏切る生き方をしている。人の幸福を盗み、自分一人につぎこみ、自分だけの幸福のために、あまりにもたくさんの人を犠牲にしているのです。

それは愛ではない。愛ではないことをしているのに、表面は実にかわいい好青年のふりをしている。その汚さが、みじめなくらい、つらいのだ。

彼が狂ったように幸福をむさぼるのは、少しでもそのつらさから逃げるためでしょう。だがそんなことをしても魂の飢えはごまかせない。

かわいそうに、彼は一生、あの地獄のような幸福の人生の中で、魂のもだえに苦しまねばならないのです。




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心なき

2024-09-18 02:12:56 | 短歌





心なき ものととらへて 月星に 糞を投げつる 人の愚かさ





*別館の詩や、X(ツイッター)で繰り返し訴えているように、わたしたちは宇宙開発については大反対です。

人類はそれを、自分たちの英知のなせる美しい大事業だと思っているようだが、とんでもない。それは宇宙の愛の秘密について、何も知らない馬鹿がやる、大愚行なのです。

月や火星や、他の星々は、地球の神々とは違う神々が行った麗しい創造なのです。そこは人類が足を踏み入れてはならないところ。ごみのような探索機を投げ入れてもいけないところ。

人類があさはかな探求心で、星々にごみを投げつけることは、星々を単なる物体として扱う、あまりにも無礼な所業なのです。それは星々の神を深く侮辱するのです。

宇宙開発は早期のうちにすべてやめねばなりません。月星の神々に無礼を働いたことへの、お詫びの儀式を行い、すべての愚行を認めねばなりません。それは人類の重い義務というものだ。

無知の時代になした、人類のこの大愚行は、いずれ法則上の復讐として、人類に帰ってくるでしょう。そのときになって初めて、人類はどんなに馬鹿なことを自分たちがしたのかを、思い知ることでしょう。




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花の野に

2024-09-04 03:19:29 | 短歌




花の野に 花になきもの あまた咲き さかへゆく世の あさましき闇




*今週も不調ですね。添島が今張り切っているので、なかなかわたしにエネルギーが回ってきません。まあいいでしょう。今は彼に譲って、わたしは少し遠慮しておきましょうか。そのうちなんとかなるでしょう。

表題の作は、パラリンピックの開会式の写真を見て詠みました。障害のある人たちが、がんばって、誇らしげに歩いているという図でしたが、悲しいことに、ほとんどの人が、偽物でした。

徳分を他人から盗み、自己活動を他霊にやってもらっている、ずるい人たちでした。

本来なら、そんなところに出てこられるはずのない魂が、大勢パラの開会式に出ている。

目立つところに出て、輝かしい名誉を浴びるのにも、徳分がいるのですよ。前世かこの人生で、すばらしくよいことをしたものでないと、そんなところに出られないはずなのです。

本人は、自分で努力して、障害を乗り越え、自分の力を発揮していると思っていることでしょうが、本当はその活動のほとんどは、他霊がやっていることなのです。自分の霊はほとんど何もやっていない。

オリンピック、パラリンピックに出ている人たちは今、ほとんどが偽物です。それは馬鹿どもの霊たちが、総出でやっている、霊的ずるを駆使して馬鹿をいいものにするという、馬鹿げた活動なのです。

そんなずるい偽物たちが、栄えに栄えて、社会のよいところを独占しているのが、今のこの世界なのです。本当のよき人たちは、徳分を盗まれて、社会のかたすみで縮こまるようにして生きている。

パラリンピックの図などは、時々感動的なまでにうるわしく見えますが、偽物だとわかると、あまりにも悲しい。人々をだましていることになるからです。

こんなあさましいことがはびこる世界は、改めていかねばなりません。

本当によき人が、よいところに出て、社会をうるおしていく、そういう正しい世界が来ることを、願ってやみません。




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