懐中時計
懐中時計を買いました。
腕時計はどうもわずらわしく、ほとんどポケットにしまい込んだまま、いつの間にやら無くすことが多く、それが愛着が随分と湧いたときに無くすものだから始末に悪い。
懐中時計とはいえ、ポケットにしまい込むのは同じこと。という訳で安物のやつをひとつ。とは言え、あまりにも安物を買って始終狂って使いものにならぬのも困るので、そこそこのやつをひとつ買いました。
懐中時計というのは昔からの憧れ。懐の中に刻々と時を刻む時計を忍ばせるのは、何となく後ろめたいというか、まるで探偵が犯人を前にして懐に証拠を忍ばせているような犯罪めいたものを感じて愉快ではありますまいか。
という訳で、私もひとつ懐中時計とやらを買いました。
懐中時計を買いました。
腕時計はどうもわずらわしく、ほとんどポケットにしまい込んだまま、いつの間にやら無くすことが多く、それが愛着が随分と湧いたときに無くすものだから始末に悪い。
懐中時計とはいえ、ポケットにしまい込むのは同じこと。という訳で安物のやつをひとつ。とは言え、あまりにも安物を買って始終狂って使いものにならぬのも困るので、そこそこのやつをひとつ買いました。
懐中時計というのは昔からの憧れ。懐の中に刻々と時を刻む時計を忍ばせるのは、何となく後ろめたいというか、まるで探偵が犯人を前にして懐に証拠を忍ばせているような犯罪めいたものを感じて愉快ではありますまいか。
という訳で、私もひとつ懐中時計とやらを買いました。
夏目漱石展
神奈川近代文学館で「100年目に出会う 夏目漱石」展を姉夫婦と観に行きました。今年は夏目漱石の没後100年。そして「夢十夜」に準えた一節。「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。屹度逢ひに来ますからー」を添えて、開かれたこの展覧会は盛況だった。夏目漱石と言えば、高校時代、電車に揺られながら、読み散らかした懐かしい思い出がある。以前、ブログで夏目漱石ー映画編ーとして紹介させていただいたが、今回はガチで小説をお勧めしたい。お勧めしたい一冊は「行人」。夏目漱石の文学の中でもっとも精神的な鬱積が色濃く表現されたこの小説は、生きることと死ぬこととの境目で苦悩した漱石自身の生々しい姿を投影していると言えるからだ。この鬱積を色濃く継承した不幸な小説家が芥川龍之介であることは、いわずがもがなである。この小説を読むと夏目漱石という人物の印象が大きく変わると思う。是非、読んでもらいたい一冊である。
神奈川近代文学館で「100年目に出会う 夏目漱石」展を姉夫婦と観に行きました。今年は夏目漱石の没後100年。そして「夢十夜」に準えた一節。「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。屹度逢ひに来ますからー」を添えて、開かれたこの展覧会は盛況だった。夏目漱石と言えば、高校時代、電車に揺られながら、読み散らかした懐かしい思い出がある。以前、ブログで夏目漱石ー映画編ーとして紹介させていただいたが、今回はガチで小説をお勧めしたい。お勧めしたい一冊は「行人」。夏目漱石の文学の中でもっとも精神的な鬱積が色濃く表現されたこの小説は、生きることと死ぬこととの境目で苦悩した漱石自身の生々しい姿を投影していると言えるからだ。この鬱積を色濃く継承した不幸な小説家が芥川龍之介であることは、いわずがもがなである。この小説を読むと夏目漱石という人物の印象が大きく変わると思う。是非、読んでもらいたい一冊である。