長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

2023-06-25 | 映画レビュー(う)

 2022年はジーナ・プリンス・バイスウッド監督の『The Woman King』、シノニエ・チュウク監督の『Till』、マリア・シュラーダー監督の『SHE SAID』といった女性監督による女性主人公を描いた映画が高い評価を獲得しながら、いずれもアカデミー賞では無視された。黒人映画である前者2本には人種問題としての議論が必要である一方、『SHE SAID』についてはハリウッドが長年黙殺してきたハーヴェイ・ワインスタインによる性的暴行事件の贖罪を込めてノミネートして然るべきだった、という論調も見受けられた。映画をポリティカルコレクトネスで論評する手合にはそれで良いかも知れないが、批評が時代の変遷と進化を見据えるものなら、2022年に最も遠くへ視線を投げかけていたのは作品賞にノミネートされ、監督兼任サラ・ポーリーが脚色賞に輝いた本作『ウーマン・トーキング』である。

 時代がかった衣装に身を包み、電気も水道もない生活を送る人々が描かれるが、これは19世紀の物語ではない。自給自足の伝統的生活を信条とするメノナイトと呼ばれる宗教コミュニティで、映画は2010年を舞台にしている。原作者ミリアム・トウズはボリビアで起こった実際の事件に材を取った。コミュニティ内で女性が馬用の麻酔薬で昏睡、レイプされるという事件が頻発。同じ村に暮らす男性たちによって組織的に繰り返されてきたことが明らかとなる。現場を押さえられた犯人を保釈するため、村の男たちが町を出ている中、残された女たちは投票を行う。男たちを赦して村に留まるか、はたまた戦うか、それともこの村を去るか。猶予は男たちが戻るまでの48時間。代表となった女たち8人が納屋で議論を繰り広げる。

 これまで人間の言語化できない孤独や虚無感を描いてきたサラ・ポーリーは、実力派キャストを束ねてシドニー・ルメットもかくやの演劇的ディスカッションドラマを作り上げた。コロナ禍の製作体制ゆえか、バストショットを連発するカメラワークは動的魅力に乏しいものの、クレア・フォイ、ジェシー・バックリー、ルーニー・マーラら最前線の演技派女優3人の個性を活かしたアンサンブルはさすが自身も優れた俳優であったポーリーならではの手練ぶりだ。ニヒルに口角を上げるバックリー、烈火のようなフォイもさることながら、低温の演技で映画全てを内包するマーラのオルタナティブに目を見張る。プロデュースも兼任したフランシス・マクドーマンドは若手に見せ場を譲り、『SHE SAID』に引き続き製作を務めるプランBブラッド・ピットの存在は“黒一点”ベン・ウィショーの理知にその姿を見た。

 読み書きもできない彼女らが交わす無数の言葉の中で、“赦しの誤用”というセリフが耳に残る。2010年代後半からのアイデンティティポリティクスによって多くの議論が成され、問題が明るみとなって是正される一方、キャンセルされた者たちへ向ける私たちの“赦し”という言葉は、彼らの存在を“許可”する新たな権力の姿ではないか?男女の二項対立は早々に脇に置かれ、立ち去る事によって距離を置きながらそれでも愛することができないのかと問い続ける本作の聡明さは、メノナイトという時代を特定できないモチーフによって寓話的普遍性を得るのである。2022年のアメリカ映画で真に注目すべきはキャンセルカルチャーとその後を捉えた『TAR』、創造の暗いオブセッションを描いた『フェイブルマンズ』、そして未来に目を向けた『ウーマン・トーキング』だったのだ。


『ウーマン・トーキング 私たちの選択』22・米
監督 サラ・ポーリー
出演 ルーニー・マーラ、クレア・フォイ、ジェシー・バックリー、ジュディス・アイヴィ、シーラ・マッカーシー、ミシェル・マクラウド、ケイト・ハレット、リヴ・マクニール、オーガスト・ウィンター、ベン・ウィショー、フランシス・マクドーマンド
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ウエスト・エンド殺人事件』

2022-12-10 | 映画レビュー(う)

 1950年代、ロンドンはウエスト・エンドでアガサ・クリスティによる戯曲『ねずみとり』の上演を巡って殺人事件が起こる。第1の被害者エイドリアン・ブロディのモノローグから始まるトム・ジョージ監督の『ウエスト・エンド殺人事件』(原題“See How They Run”)はフーダニットミステリに実在の人物、映画タイトル等を絡めた虚実入り混じるコメディだ。一級のプロダクションデザインや明らかにアレクサンドル・デスプラ風のユーモラスなスコアを流すダニエル・ペンバートンといい、ウェス・アンダーソンの影響下にあるのは間違いなく、全くやる気のない刑事サム・ロックウェルと新米巡査シアーシャ・ローナンのコンビはチャーミングで微笑ましい。もっともジャンルのお約束を遊んでアガサ・クリスティまで登場させるミステリの筋立て自体はパロディの域を出ておらず、ローナンがいなければ98分というランニングタイムは保たなかったかも知れない。ジャンルの更新はライアン・ジョンソン監督の『ナイブズ・アウト グラスオニオン』に期待しよう。


『ウエスト・エンド殺人事件』22・米
監督 トム・ジョージ
出演 サム・ロックウェル、シアーシャ・ローナン、ハリス・ディキンソン、エイドリアン・ブロディ、ルース・ウィルソン、チャーリー・クーパー、シアン・クリフォード、デヴィッド・オイェロウォ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ウェンデルとワイルド』

2022-11-18 | 映画レビュー(う)

 製作に非常に長い時間がかかるストップモーションアニメとはいえ、さすがに僕たちは長いことヘンリー・セリックの新作を待たされ過ぎた。2009年の『コララインとボタンの魔女』以来となる最新作『ウェンデルとワイルド』は『ゲット・アウト』『アス』『NOPE』の奇才ジョーダン・ピールがプロデュース、脚本を務め、Netflixからのリリースだ。セリックといえば不気味でグロテスク、キッチュでダークな作風でこれまでティム・バートン(『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』)やロアルド・ダール(『ジャイアント・ピーチ』)、ニール・ゲイマン(『コララインとボタンの魔女』)など錚々たる“狂気”と組んできただけに、現役最高峰のピールがどんな化学反応を起こすのかと期待が高まった。

 幼少期に自動車事故で両親を亡くした主人公カットはその後、養護施設を転々とし、生まれ故郷の町に帰ってくる。かつて両親が経営し、町の基幹産業だったブルワリーは失火事故で焼失しており、これをきっかけに人口は激減。ゴーストタウンと化した跡には企業による刑務所誘致が進んでいた。カットはウェンデルとワイルドという2匹の悪魔と契約し、両親を甦らせようとするのだが…。

 地獄の大王の頭皮の上で植毛を続ける使い魔、というセリックらしい突拍子もない設定のウェンデルとワイルドをピールと相棒キーガン・マイケル・キーが演じ、キャラクターデザインも彼らそっくりだ。現代社会を恐怖で風刺するピールだが思いの外、狂気が足りず、随所に散りばめられたイシューがセリックの奔放で時に禍々しいインスピレーションを妨げてしまっている。養護学校の子供たちが刑務所へ送られるシステムはエヴァ・デュヴァネイ監督の『13th』でも描かれた“刑務所ビジネス”という産業構造的人種差別を彷彿とさせるも、セリックの狂気はこの問題にあまり熱量を持っておらず、ランニングタイム106分は長い。これは逆説的にピールの(現時点での)限界にも思え、理詰めの物語には無意識から来る創造性がないのだ。『コララインとボタンの魔女』以後、様々な企画が頓挫したセリックを担ぎ出したピールの功績は大いに評価されるべきだが、ピールの知性と理性に巨匠がいささか居心地悪そうに見えてならなかった。


『ウェンデルとワイルド』22・米
監督 ヘンリー・セリック
出演 キーガン・マイケル・キー、ジョーダン・ピール、アンジェラ・バセット、ビング・レイムス、リリック・ロス
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ウィンター・オン・ファイヤー:ウクライナ、自由への闘い』

2022-04-08 | 映画レビュー(う)

 2013年11月21日から2014年2月23日まで繰り広げられた“マイダン革命”の様子を克明に描き、2015年度のアカデミー長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた本作が今再び注目を集めている理由は言うまでもないだろう。ロシアによるウクライナ侵攻である。配給するNetflixは本作をYoutube上で無料公開しており、多くの人々がこの戦争の背景、ウクライナの人々の不屈の闘争心を知るハズだ。

 EUへの加盟を公約に当選したヤヌコヴィッチ前大統領が方針を転換、ロシアへすり寄る政策を打ち出す。後にロシアへ亡命した事からも明らかなように、彼はプーチン大統領の息がかかった新ロシア派の傀儡だったのだ。これに反発したウクライナ国民は首都キエフでデモを決行。瞬く間に数万人規模へと膨れ上がったそれを、ヤヌコヴィッチはベルクトと呼ばれる武装警察を投入して弾圧を図る。

 『ウィンター・オン・ファイヤー』はキエフ市民が攻防の真っ只中で撮影したスマートフォンの映像に圧倒される。近代都市が戦場と化す恐怖と混乱。民衆の怒り、そして自由と民主主義を勝ち取ろうとする崇高な決意と高揚…異様な熱気に満ちたそれを時系列、位置関係を明らかに整理し直した編集技術は2015年の最高峰の1つだ(ちなみにこの年のオスカーで編集賞を獲得したのは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』だった)。その迫真性はポール・グリーングラスらによるドキュドラマタッチでは及ばない戦争映画としての躍動、求心力まで備えており、不謹慎ながらアクション映画としての動的魅力すら感じてしまった。広場を占拠した市民に対し、ベルクトが強行突破を試みる場面は本作の翌年にリリースされた『ゲーム・オブ・スローンズ』シーズン6第9話『落とし子の戦い』を彷彿とさせる。今般のウクライナ戦争でも多くの衝撃的な映像が拡散されているが、映像テクノロジーの進歩は今後、戦争映画のリアリズムを変えることになるだろう。

 本作を見れば2022年の現在、数的優位を誇るロシア軍を相手に奮戦するウクライナの人々の勇気の源泉が伺い知れるハズだ。遠い島国で家畜のように安穏と暮らす者たちがさもリアリストを気取って降伏論を説くが、とんでもない。侵略に対する降伏は虐殺と弾圧を呼び、永久に主権を失うことを指す。彼らは今もなお戦い続けている。


『ウィンター・オン・ファイヤー:ウクライナ、自由への戦い』15・米、英、ウクライナ
監督 エフゲニー・アフィネフスキー
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ウエスト・サイド・ストーリー』(寄稿しました)

2022-03-27 | 映画レビュー(う)

 リアルサウンドに『ウエスト・サイド・ストーリー』のレビューを寄稿しました。61年ロバート・ワイズ版のリメイクではなく、57年に上演されたブロードウェイ版の再映画化という触れ込みですが、ワイズ版に出演し、プエルトリコ系として初めてオスカーに輝いた御歳90歳のリタ・モレノを招聘したことで密接な繋がりが生まれています。その他、スピルバーグにとって“勝負作”を任せられる関係となった脚本家トニー・クシュナーによる脚色ポイントや、ほぼ同時期に背中合わせで撮影されていたという、リン・マニュエル・ミランダ原作『イン・ザ・ハイツ』のことも触れています。ぜひ御一読ください。



『ウエスト・サイド・ストーリー』21・米
監督 スティーヴン・スピルバーグ
出演 アンセル・エルゴート、レイチェル・ゼグラー、アリアナ・デボーズ、デヴィッド・アルバレス、マイク・フィスト、ジョシュ・アンドレス、コリー・ストール、リタ・モレノ、ブライアン・ダーシー・ジェームズ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする