長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ヴァスト・オブ・ナイト』

2020-06-16 | 映画レビュー(う)

 コロナショックにより劇場が閉鎖されて以後、各映画会社は配信形態に力を入れ始めており、中には1億ドル超えのヒット作も生まれるようになった。アカデミー賞は2020年度に限って配信リリースのみの作品も選考対象とする事を発表しており、ハリウッドは急速な変化の時を迎えている。「配信映画は映画ではない」という不毛な議論もいずれ消えていく事になるだろう。

 そして多くの若手映画作家にとって配信は一足飛びで世界デビューできる格好の場である。このアンドリュー・パターソンなる人物の処女作(imdbにすら本作以外の情報が一切存在しない)はいくつかの映画祭を経た後、Amazonによる配信でワールドリリースとなった。劇場の暗闇に身を沈め、耳を欹てたい純然たる“映画”である。

 物語は1960年代前半に放映されたSFアンソロジードラマ『トワイライト・ゾーン』を模した架空番組として始まる。1950年代アメリカ、町は今夜行われるバスケットボールの試合で持ち切りだ。ラジオDJのエヴェレットとインターンのフェイはマイク片手に人々の声を集める。やがて電波に紛れた謎のノイズの存在に気付き…。

 パターソンの作家性は特異な撮影メソッドからも明らかだ。映画の冒頭10数分はエヴェレットとフェイを後ろから追いかけるだけで、一向に人物に近寄ろうとしない。かと思えば続くシークエンスでは電話交換台に座るフェイをいつまでも見つめ続ける。「空に何かいる」という言葉をきっかけにカメラが走り出せば、バスケに興じた町はとうに無人で、この異常を察知しているのはわずかばかりの人々だけだ。

 50年代への偏執はデヴィッド・リンチ映画を思わせ、『未知との遭遇』の変奏でもあるが、パターソンの視座は現在にある。謎のノイズの正体を知るのは退役した黒人と、社会から見捨てられた孤独な老婦人のみ。唯一、自由意志を持ったエヴェレットとフェイは社会の歪に耳を澄まし、世界の核心に迫っていくのである。

 静寂が耳をつく星夜を思わせる映画であり、“The Vast of Night=広大な夜”というタイトルが思わず口を衝く、奇妙で美しい映画である。そう、映画館で見たかったのだ!


『ヴァスト・オブ・ナイト』19・米
監督 アンドリュー・パターソン
出演 シエラ・マコーミック、ジェイク・ホロウィッツ
 
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『運命は踊る』

2020-04-10 | 映画レビュー(う)

 原題はダンスの種類である“Foxtrot”。ステップを踏んでも必ず元のポジションに戻るそれのように連環する運命を描いた3幕の物語だ。

 映画は従軍していた息子ヨナタンの死の報せから始まる。身を切るような深い苦しみは遺された両親の間にあった溝を浮き彫りにしていく。サミュエル・マオス監督は徹底して計算された美術と撮影で息詰まるような室内劇を展開、その筆致は冷徹にすら思える。
 一転して第2幕では国境警備にあたるヨナタンが描かれる。見渡す限りの砂漠で道を通るのはラクダくらい。そんな牧歌的な日々に、やがて悲劇が起こる。

 本作は監督の実体験を基に作られているという。ある日、子供がいつも通りスクールバスで登校した後、そのバスが爆破テロにあったという報せが届く。映画の両親同様、筆舌し難い苦しみの時間の後、なんと子供は帰宅した。たまたまそのバスに乗り遅れていたのだ。喜びを噛み締めたマオスはふと気付く。我が子が無事、帰宅できた一方で、どこかには帰ってこれなかった子供達がいるのだ。

 第2幕の悲劇はそんなイスラエルの日常に根差したものであり、再び“最初のステップ”に戻る本作は子の世代にそれを引き継がせてしまったマオスの贖罪と罪悪感が込められているのだ。


『運命は踊る』17・イスラエル、スイス、独、仏
監督 サミュエル・マオス
出演 リオル・アシュケナージ、サラ・アドラー、ヨナタン・シライ、シラ・ハース
 
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『ウーナ 13歳の欲動』

2019-08-12 | 映画レビュー(う)
時代の変化のスピードを感じる。原作戯曲は2005年、その映画化となる本作の公開は2016年。2019年の今見ると、ほとんど化石のような価値観の映画だ。ルーニー・マーラ、ベン・メンデルソーン、リズ・アーメッドら実力派俳優が揃ったが、今となってはその出演意図を察する事も難しい。

ウーナがレイと再会する。親子ほど歳の離れた2人はウーナが13歳の時、性的関係にあった。2人は互いに恋愛関係であると信じていたが、レイは逮捕されて社会的な制裁を受ける事となり、ウーナはその後も同じ家に住んで地域から好奇の目で見続けられる人生を送った。

性的虐待によって心を壊されたウーナをルーニー・マーラはガラスのような繊細さで演じ、実に痛ましい。虐待がもたらす傷は永遠であり、出口のない苦しみである。だが、映画はウーナにもレイにも主観を置いておらず、大人による未成年への性的搾取を何と恋愛として描いている。レイが劇中で断罪される事もない。原作はデヴィッド・ハロワー、監督はベネディクト・アンドリュース。これでは男性目線のポルノと断じられてもやむを得ないだろう。

同テーマを扱った作品としてはジェニファー・フォックス監督の傑作『ジェニーの記憶』がある。これを見てぜひともマインドをリセットして頂きたい。ウーナとレイの関係が決してロマンスではないとわかるハズだ。


『ウーナ 13歳の欲動』16・米、英、加
監督 ベネディクト・アンドリュース
出演 ルーニー・マーラ、ベン・メンデルソーン、リズ・アーメッド、トビアス・メンジーズ
 
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『ヴェノム』

2019-08-04 | 映画レビュー(う)

今やマーベルコミックの実写映画化はディズニー/MCUの寡占状態。そこに一石を投じようとスパイダーマンの実写化権を持つソニーから送り込まれたのが“マーベル史上最凶の敵”と謳われるヴェノムだ。主演は怪優トム・ハーディ。予告編の雰囲気からもこれはクローネンバーグ映画のような異形のヒーロー映画になるのではと期待が高まったが…まさかのコメディだった。宇宙生命体ヴェノムに憑りつかれたトム・ハーディの一人芝居で見せる“ヴェノムコント”ではないか。なんだそりゃ!

「まぁ、そういう映画なんだ」と早い段階で割り切れれば、そこそこ楽しめはする。ハーディ扮する主人公エディ・ブロックはフリーライター。違法な手段で手に入れたソースを基に、ライフ財団へ突撃取材を行った事から仕事も恋人(珍しく肩の力の抜けたミシェル・ウィリアムズ)も失ってしまう。ヴェノムに憑りつかれる前からちょっと奇異なトム・ハーディはハリウッド映画のメインストリームを張るには異能過ぎると再確認。

ヴェノムによって内なる声を解放していくジキルとハイド的な話なのかな、と思えば忙しなくアクションが展開するばかりで、2010年代になっても舞台がサンフランシスコとなれば『ブリット』の変奏をやる所はご愛敬(この年は『アントマン&ワスプ』も同じ事をやった)。ヴェノムは凶悪でも何でもなく、彼もまた母星では落ちこぼれであり、親和性の高い宿主であるエディと同化して共通の敵に立ち向かう…ってド根性カエルかよ!結局、“史上最凶の悪”どころか、『デッドプール』と一、二を争うコミックリリーフが誕生してしまった!


『ヴェノム』18・米
監督 ルーベン・フライシャー
出演 トム・ハーディ、ミシェル・ウィリアムズ、リズ・アーメッド
 

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『浮き草たち』

2018-11-04 | 映画レビュー(う)

 最近はこういう“撮りたい物を撮る”という初期衝動に駆られたインディーズ映画も劇場公開される事が少なくなったが、Netflixの台頭により全世界配信というより大きな公約数を得る事になった。映画ファンとしては劇場のスクリーンで見る事ができなくなったのは寂しいが、新しい才能と出会える機会はうんと増えた。後に『さよなら、僕のマンハッタン』で主演を飾るカラム・ターナーと、『マイヤー・ウィッツ家の人々(改訂版)』に抜擢されるグレース・ヴァン・パタンの登場だ。他愛のない男女の恋愛犯罪モノだが、とりわけ輝かんばかりのヴァン・パタンの魅力によって映画は引力を得ている。次の出演作が気になるスターの誕生だ。

『浮き草たち』16・米
監督 アダム・レオン
出演 カラム・ターナー、グレース・ヴァン・パタン
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