ハリウッド新作がストリーミングで世界同時配信される昨今の現象はギークにとってエキサイティングである一方、頭を悩ませるのが我が家の貧弱な音響環境だ。TVは既に購入から10年を過ぎているロートル。車通りに面した窓からは始終、騒音が入り込んでくる。優れた映画は往々にして作り手の耳も良く、我が家の視聴環境ではその本質を堪能しきれない。故にハリウッドがHBOMaxはじめストリーミング事業に移行しても、いずれ観客は劇場に戻ってくるという楽観論が存在し続けた事は大いに理解できた。
『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』は劇場の上質な音響、ノイズを遮断できる建物構造はもとより、観客がポップコーンを食べるのも忘れて息を潜める一体感という、劇場体験の醍醐味を味わわせてくれる1本だ。コロナ禍からの復活を遂げるハリウッド映画の先鋒として完璧な“打順”ではないか!
監督ジョン・クラシンスキーはホラー映画続編方程式に乗ることなく、今回も胆力ある演出手腕を発揮。全ての始まりである“Day1”を描いた巻頭からその緊迫に圧倒されてしまった。怖くもなければ特段新しくもないクリーチャーの正体が割れている分、本作が如何に彼の演出力に依っているのかよくわかる。またプロダクションデザインには終末世界を描いたサバイバルホラーゲーム『The Last Of Us』の影響も色濃く、来るHBOドラマ版はぜひともクラシンスキーをゲスト監督として招聘してもらいたい所だ。
そんなクラシンスキー演出の下、前作から続投するエミリー・ブラントからノア・ジュプ、ミリセント・シモンズら子役に至るまでキャスト全員が素晴らしい演技を見せており、とりわけ初登場となるキリアン・マーフィはもう1人の主人公とも言える存在だ。彼演じるエメットは怪物がもたらした混乱によって妻子を失い、絶望の淵で生きている。『クワイエット・プレイス』シリーズにおける"沈黙”とは困難な現在(いま)を象徴するディスコミュニケーションであり、今再び父性を試された彼が断絶を乗り越える“ある動作”を見逃してはならない。
近年、低迷気味だったキリアンはここに来てようやく上質の役柄を手にし、彼のミステリアスな個性と演技力を活かしたクラシンスキーのキャスティングセンスは重用する割に冴えないクリストファー・ノーランよりも勝っていると言ってもいいだろう。
近年、低迷気味だったキリアンはここに来てようやく上質の役柄を手にし、彼のミステリアスな個性と演技力を活かしたクラシンスキーのキャスティングセンスは重用する割に冴えないクリストファー・ノーランよりも勝っていると言ってもいいだろう。
本作における恐怖シーンのほとんどが昼間であることからも、本シリーズの志向がホラーではなく人物描写であることは明らかだ。続くスピンオフには『テイク・シェルター』『MUD』『ミッドナイト・スペシャル』の俊英ジェフ・ニコルズ監督の登板が発表されている。これは思わぬ作家主義のハリウッド映画が誕生するかもしれない。
『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』20・米
監督 ジョン・クラシンスキー
出演 エミリー・ブラント、ノア・ジュプ、ミリセント・シモンズ、キリアン・マーフィ、ジャイモン・フンスー、ジョン・クラシンスキー