長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』

2023-09-01 | 映画レビュー(く)

 御年80歳、デヴィッド・クローネンバーグ監督の新作もまた“最後の映画”になることに自覚的な1本だ。前作『マップ・トゥ・ザ・スターズ』からは8年ぶり。御大には珍しく製作費3500万ドルのビッグバジェット。自身のテーマを反復し、ほとんど集大成のような趣がある。冒頭、映画は1人の少年を映し出す。物語の舞台は今ではないが、そう遠くない未来。少年は堪え切れなくなったかのようにプラスチックのゴミ箱をバリバリと貪り食う。その様子を悲しげな目で見る母親。やがて彼女は眠る我が子を手に掛ける。

 近未来では人類が痛覚を失い、主人公ソール・テンサーは自身の体内に新たな臓器が生まれる“加速進化症候群”を患っている。地球環境の変化により人類は進化したのか?クローネンバーグ自ら手掛けた脚本の突拍子もなさに面食らいそうになるが、重要なのはプロットではなく概念だ。痛みを見失った世界では誰もが肉体を傷つけ、肉体改造とも言うべきボディペインティングの手法を獲得している。しかしソーシャルメディアの隆盛により私たちもまた自らの肉体と思考を“切り売り”し、時にそれがあたかも価値を持っているかのように振る舞うが、果たしてそれをアートと呼べるのか?ソールはパートナーであるカプリースの外科手術によって、衆目の前で新臓器を摘出するパフォーマンスアーティスト。奇妙なことに摘出された臓器には体内でタトゥーが刻印されている。クローネンバーグは自らの肉体と精神を切り開いた先にこそ真なるものがあると、シグネチャーなきソーシャルメディアの匿名性を突き放す。

 いつになくクローネンバーグは自身の老いに自覚的だ。『ヒストリー・オブ・バイオレンス』『イースタン・プロミス』『危険なメソッド』に続き4度目のタッグとなる分身ヴィゴ・モーテンセンもまた65歳を迎え、白髪と痩身はますますクローネンバーグに酷似してきた。モーテンセン演じるソールは常に痰が絡んだような咳払いを繰り返し、食事は奇怪な“ブレックファスター・チェア”の介助を受けなければままならない。だが、老人が地球環境の変化に適応したとてそれが何だと言うのか。精神が及ぼす肉体の変容を描いてきた巨匠は0年代以後、人間の精神が時代を形作る様、または時代が人間個人の精神に及ぼす変化を描いてきた。地球環境が破壊され、温暖化が進み、先のない大人が破滅的局面から逃げ切れても、子供が適応するためにプラスチックを喰らうのが進化と言えるはずもない。クローネンバーグの“君たちはどう生きるか”という悲痛を背負ったレア・セドゥは007ウェス・アンダーソンに続きこのカナダの鬼才を籠絡。クローネンバーグ印とも言うべき肉体と機械によるエロチズムを体現する肉体言語は圧倒的である。同じくキャスティングが発表された時点から絶対に“映える”と期待されたクリステン・スチュワートはその神経症的演技に磨きをかけ、アブノーマルなクローネンバーグ映画の水先案内人となった。

 音楽ハワード・ショア、美術キャロル・スピアーらクローネンバーグ組が総結集。映画館の闇で繰り広げられるグロテスクな解剖ショウは観る者を魅了してやまない。時代、肉体、精神を分析する映画作家クローネンバーグは今なお明晰だ。


『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』22・加、ギリシャ
監督 デヴィッド・クローネンバーグ
出演 ヴィゴ・モーテンセン、レア・セドゥ、クリステン・スチュワート、スコット・スピードマン

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『クロティルダの子孫たち 最後の奴隷船をさがして』

2023-01-23 | 映画レビュー(く)

 奴隷制廃止がさけばれて久しい1860年の頃、クロティルダ号はアフリカから多くの黒人を連れてアラバマ州の河口モービルで人身売買を続けていた。その5年後、ついに奴隷制が廃止。多くの黒人は帰ることもままならず定住し、やがてそこには“アフリカタウン”が興る。奴隷主のミーアーは違法行為の証拠であるクロティルダ号を湿地帯のどこかに焼き払って沈め、今なおこの地域一帯は一族が支配する重工業地帯だ。アフリカタウンにはこの工場から排出された化学物質によるものと見られる癌患者も少なくない。そして2018年、ついにクロティルダ号の残骸が発見される。

 2022年にリリースされた多くの作品と同様、『クロティルダの子孫たち』(=原題Descendant)も歴史を参照し、現在(いま)を語るドキュメンタリーである。マーガレット・ブラウン監督は劇中、人々が“歴史”と“物語”という言葉を発する瞬間を何度も撮らえていく。先祖伝来のこの粗末な土地に暮らす自分たちはいったい何処から来たのか?謝罪や賠償よりも、先ず彼らが求めているのは歴史を解き明かし、自らのアイデンティティを獲得することだ。“歴史”と“物語”が並列されれば、そこに“映画”は興り得る。アカデミー長編ドキュメンタリー賞では地質学的スケールのラブストーリー『ファイアー・オブ・ラブ』と最後まで争う事になりそうだが、より“2022年的”なのは本作だろう。

 TVシリーズ『アトランタ』のシーズン3では、DNA鑑定技術が発達により自身の先祖が奴隷主であった事が発覚、奴隷の先祖を持つ黒人をはじめ社会から制裁を受けるというエピソードが描かれていた。だが子孫たちに求められているのは断罪や憎しみではない。アフリカタウンの人々がクロティルダ号船長の子孫と出会うシーンは本作のハイライトだ。彼らは穏やかに相対し、共に歴史を見つめ合う。物事の奥底に隠された事実を直視してこそ、人と人は共存できるのではないか。オバマ元大統領率いるハイヤー・グラウンドのプロデュースによる本作は、観る者に静かに問いかける重要な1本だ。


『クロティルダの子孫たち 最後の奴隷船をさがして』22・米
監督 マーガレット・ブラウン
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『グリーン・ナイト』

2023-01-02 | 映画レビュー(く)

 映画史からの引用を紐解き、中世から読み継がれてきた伝承がトキシックマスキュリニティを解体していると指摘するのもいいだろう。だがデヴィッド・ロウリーの新作『グリーン・ナイト』を“頭”で見たって面白くない。いよいよ尋常ならざる美意識が貫かれたカメラと、前作『ア・ゴースト・ストーリー』に続いて登板するダニエル・ハートマンのスコア、そして映画館の闇が醸成する瞑想的空間に五感を研ぎ澄ませてほしい。あるいは半覚醒レベルにチューニングし、これは夢か現かと酩酊するのもいいだろう。この世を去ることができず永遠の時を揺蕩う幽霊の視点から人類史まで垣間見た『ア・ゴースト・ストーリー』を経て、ロウリーは14世紀に詠まれ、後に『ロード・オブ・ザ・リング』の原作者トールキンによって翻訳された『サー・ガウェインと緑の騎士』の伝説を幻視する。『グリーン・ナイト』は映画館に現出した幻だ。

 緑の騎士の呪いを解くべく出立したガウェインの冒険はすなわち死出の旅である。野盗に身ぐるみを剥がれて打ち捨てられればカメラが360度回る頃には骸骨へと朽ち果て、一夜をしのごうと廃屋に入ってみればそこには乙女の亡霊が自らの首を求めて彷徨っている。人生とは死の恐怖に打ち勝つことなのか?いいや、『グリーン・ナイト』はそんな古今東西の英雄譚が描いてきたマチズモを否定する。いざ緑の騎士に首を差し出したガウェインは後に訪れる自らの破滅を幻視する。人は死に抗うのではなく、受け容れることによって成長できるのではないか。そんな現代的解釈がまるで伝承本来のアイロニーにも見えるところがロウリーの語りの巧みさだ。

 ロウリーの美意識は当然キャスティングにも貫かれており、無垢と淫靡の二面を演じ分けるアリシア・ヴィカンダーに目を奪われ、アーサー王役のショーン・ハリス、緑の騎士役ラルフ・アイネソンら通俗では測れない個性ある声の持ち主である彼らの起用にもロウリーの非凡を垣間見た。そんな彼の新作は再びディズニーへ戻っての『ピーター・パン&ウェンディ』だ。現代アメリカ映画界屈指の幻想作家としての資質も手に入れたロウリーがメインストリームを如何に歩むのか。かつてロバート・レッドフォードは『さらば愛しきアウトロー』に主演し、ロウリーの手腕にアメリカ映画の未来を感じて引退を決意したという。新たな夜明けはもうすぐそこに来ている。


『グリーン・ナイト』21・米、加、アイルランド
監督 デヴィッド・ロウリー
出演 デヴ・パテル、アリシア・ヴィカンダー、ジョエル・エドガートン、サリタ・チョウドリー、ショーン・ハリス、ケイト・ディッキー、バリー・コーガン、ラルフ・アイネソン、エリン・ケリーマン
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『グッド・ナース』

2022-11-24 | 映画レビュー(く)

 点滴薬に大量のインスリンを混入し、推定400人以上もの患者を殺害したとして現在も収監されている看護師チャーリー・カレン逮捕までを描いた実録サスペンス。シリアルキラーという存在はいつの世も私たちが覗き込みたくなる暗い奈落のような存在であり、やはり実在する殺人鬼とFBI行動心理学課の創設を描いた『マインドハンター』にも参加した監督トビアス・リンドホルムが背筋の寒くなるような冷気を持ち込む事に成功している。チャーリー・カレン役にエディ・レッドメイン、逮捕のきっかけを作る同僚看護師にジェシカ・チャステインが扮し、性格俳優2人が本領発揮した共演は互いにオスカー受賞作を凌ぐ緊迫だ。特にレッドメインはカレンの中にある幼稚な自己顕示欲を的確に捉えており、それが露わになる終盤に戦慄させられる。

 この映画の難点は立証できない殺人まで自供することで死刑を回避したカレンが、未だなお犯行の動機を語っていないことだ。『グッド・ナース』は私たちの危険な願望をわずかばかりに満たしてくれるが、果たしてカレンとは何者なのか、この事件が何を映し、なぜ2022年に語られるべきなのかを再定義していない(ライアン・マーフィーならもっと大胆に作ったかもしれない)。病院側がカレンの犯行に気づきながらも責任を逃れるために放置し続け、その結果、犠牲者が増えたという事実は公文書の改ざんが常態化し、お上から市井の末端まで隠蔽体質が身についた本邦にはゾッとする話ではないか。私たちは奈落を覗き込むばかりで、その周りの景色に気付けていないのだ。


『グッド・ナース』22・米
監督 トビアス・リンドホルム
出演 エディ・レッドメイン、ジェシカ・チャステイン、ノア・エメリッヒ
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『グレイマン』

2022-08-24 | 映画レビュー(く)

 『アベンジャーズ エンドゲーム』のルッソ兄弟が手掛ける200億円クラスのアクション大作は、Netflixが株価暴落を経てハリウッドサマーシーズンに挑む起死回生の1本だ。マーク・グリーニーの小説を原作とする本作は単純明快。CIAの凄腕スパイ、コードネーム“シエラ・シックス”が機密情報と少女の命を巡って世界をまたにかけるアクション活劇で、『エンドゲーム』に3時間をかけたルッソ兄弟はこれを何と2時間9分に収めるタイトな手並みを発揮している。カメラは時にほとんど常軌を逸したかのように駆け抜け、アクションに次ぐアクションの猛連打。マイケル・マン信奉者でもある兄弟ならではの市街地銃撃戦と、緩急巧みなクロスコンバットに“あぁ、『ウィンター・ソルジャー』の頃のMCUは良かったよなぁ”とMCU全盛はかくも遠くなりけりという想いが頭を過ぎった(そもそもアクションにこだわりのない人がアメコミ映画をやったらいかんと思うのですよ)。

 一部では本作を“2020年代版『コマンドー』”と喜ぶ向きもあるが、80年代シュワルツネッガーアクションの愛嬌をライアン・ゴズリングに求めるのはさすがに無理があるだろう。ハリウッド映画の本歌取りをしながら、それらを全てハズした『ドライヴ』以来の本格アクションにして直球ストレートの娯楽大作に主演してみれば、途端にそのオルタナティヴな個性は稀釈されしまっている(彼のキャリアにおいて10年遅かった作品と言えなくもない)。

 対するクリス・エヴァンスはMCU卒業後、『ナイブズ・アウト』や本作で“元キャプテン・アメリカ俳優”というイメージを逆手に取る役選びを続けて好感が持てる。意図的に『コマンドー』のヴァーノン・ウェルズを模しているものの、アクが出るまではもう少し時間がかかりそうだ(ルッソ兄弟のカメラのせいか、やけに“アメリカのケツ”が気になる)。
 007を“定時退社”していたアナ・デ・アルマスは今回フルタイムで銃火器をぶっ放すも、『ノー・タイム・トゥ・ダイ』でフィービー・ウォーラー・ブリッジに手引された鮮烈さと比べると、まだまだアクション映画の添え物感は拭えない。アクション女優としての真価は主演を務める『ジョン・ウィック』スピンオフ作品となるだろう。

 シエラ・シックスはコードネームの由来を聞かれて答える「7が他の奴に取られたんだ」。果たして彼は世界の危機はもとより、Netflixの株価を救い、ストリーミング時代の一大アクションフランチャイズを築けるのか?まだまだ発展途上なだけに、次回作は口ずさみたくなるテーマ曲を携えての登場に期待したい。

『グレイマン』22・米
監督 ジョー&アンソニー・ルッソ
出演 ライアン・ゴズリング、クリス・エヴァンス、アナ・デ・アルマス、ジェシカ・ヘンウィック、ヴァグネル・モウラ、ダヌーシュ、ジュリア・バターズ、レゲ・ジーン・ペイジ、ビリー・ボブ・ソーントン、アルフレ・ウッダード
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