長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『クライ・マッチョ』

2022-01-31 | 映画レビュー(く)

 さすがに足腰は衰えた。声にも張りがない。つまびくような劇伴が信条だったハズだが、本作を見る限りでは演出家としての耳も怪しい。シーンの繋ぎも明らかにおかしいのだが、「そんなのちゃんと見てりゃわかるだろ」と言わんばかりだ。

 いいや、91歳の現役スターにして映画監督が、世界配給で新作をリリースした試しがかつてあっただろうか?ゆらりゆらりと荒野を歩く姿は美しく、この大スターは今も自分の見せ方を心得ている事がよくわかる。無批判の信奉という誹りを受けても構わない。しきりに「もう寝るぞ」と床につく彼につられて何度かウトウトしてみれば、僕はこの心地にすっかり平伏してしまったのである。

 クリント・イーストウッド、91歳。監督50周年40作目。ほとんど遺作のような『グラン・トリノ』から十余年が経ち、ようやく老いが見えた。「ちゃんとした脚本でもう1本見たい」なんて厚かましい事を言うもんじゃない。これが遺作でもかまわない。崇高な死なんて背負わなくていい。オレ達に老いと“マッチョ”を伝えたら、彼は荒野の何処かでハットを被り、好きな女と踊っているのだ。そんな涅槃があってもいいじゃないか。


『クライ・マッチョ』21・米
監督 クリント・イーストウッド
出演 クリント・イーストウッド、エドゥアルド・ミネット、ナタリア・トラベン、ドワイト・ヨーカム
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『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』

2021-07-04 | 映画レビュー(く)

 ハリウッド新作がストリーミングで世界同時配信される昨今の現象はギークにとってエキサイティングである一方、頭を悩ませるのが我が家の貧弱な音響環境だ。TVは既に購入から10年を過ぎているロートル。車通りに面した窓からは始終、騒音が入り込んでくる。優れた映画は往々にして作り手の耳も良く、我が家の視聴環境ではその本質を堪能しきれない。故にハリウッドがHBOMaxはじめストリーミング事業に移行しても、いずれ観客は劇場に戻ってくるという楽観論が存在し続けた事は大いに理解できた。

 『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』は劇場の上質な音響、ノイズを遮断できる建物構造はもとより、観客がポップコーンを食べるのも忘れて息を潜める一体感という、劇場体験の醍醐味を味わわせてくれる1本だ。コロナ禍からの復活を遂げるハリウッド映画の先鋒として完璧な“打順”ではないか!

 監督ジョン・クラシンスキーはホラー映画続編方程式に乗ることなく、今回も胆力ある演出手腕を発揮。全ての始まりである“Day1”を描いた巻頭からその緊迫に圧倒されてしまった。怖くもなければ特段新しくもないクリーチャーの正体が割れている分、本作が如何に彼の演出力に依っているのかよくわかる。またプロダクションデザインには終末世界を描いたサバイバルホラーゲーム『The Last Of Us』の影響も色濃く、来るHBOドラマ版はぜひともクラシンスキーをゲスト監督として招聘してもらいたい所だ。

 そんなクラシンスキー演出の下、前作から続投するエミリー・ブラントからノア・ジュプ、ミリセント・シモンズら子役に至るまでキャスト全員が素晴らしい演技を見せており、とりわけ初登場となるキリアン・マーフィはもう1人の主人公とも言える存在だ。彼演じるエメットは怪物がもたらした混乱によって妻子を失い、絶望の淵で生きている。『クワイエット・プレイス』シリーズにおける"沈黙”とは困難な現在(いま)を象徴するディスコミュニケーションであり、今再び父性を試された彼が断絶を乗り越える“ある動作”を見逃してはならない。
 近年、低迷気味だったキリアンはここに来てようやく上質の役柄を手にし、彼のミステリアスな個性と演技力を活かしたクラシンスキーのキャスティングセンスは重用する割に冴えないクリストファー・ノーランよりも勝っていると言ってもいいだろう。

 本作における恐怖シーンのほとんどが昼間であることからも、本シリーズの志向がホラーではなく人物描写であることは明らかだ。続くスピンオフには『テイク・シェルター』『MUD』『ミッドナイト・スペシャル』の俊英ジェフ・ニコルズ監督の登板が発表されている。これは思わぬ作家主義のハリウッド映画が誕生するかもしれない。


『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』20・米
監督 ジョン・クラシンスキー
出演 エミリー・ブラント、ノア・ジュプ、ミリセント・シモンズ、キリアン・マーフィ、ジャイモン・フンスー、ジョン・クラシンスキー
 
コメント (2)
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『クルエラ』

2021-06-26 | 映画レビュー(く)

 いい加減、ヴィランまで新約するディズニーのセルフ実写リメイクには食傷していたが、これには驚いた。『101匹わんちゃん』の悪役クルエラを主人公にした本作はさながらダルメシアンの皮をかぶったジョーカーだ。DCコミックの側だけ借りて70〜80年代映画へのオマージュである『ジョーカー』が作られたように、ここではディズニー映画のガワだけ借りて70年代ロンドンを舞台にしたパンクと連帯の物語になっている。134分間、僕には”ディズニー映画を見ている”という実感がまるでなかった。

 親を殺されたみなしごクルエラがやはり孤児のジャスパー、ホーレスと出会い、ロンドンの最下層で盗みを働きながら生きていく。クルエラは髪の毛が真ん中から黒と白に分かれた奇形、ジャスパーは黒人で、ホーレスは太っちょだ。世間の決めた美醜から弾かれた3人だが、それでも愛犬は等しく人間の味方である。クルエラはお洒落と裁縫に長じ、将来の夢はファッションデザイナーだ。

 クルエラが70年代パンク全盛のロンドンで、ファッションデザイナーを目指していく前半の立身出世物語だけでも十分に楽しい。サクセスを目指して奮闘するヒロインはエマ・ストーンの十八番。そんな彼女を取り立てる大物デザイナーのバロネスに扮したエマ・トンプソンは近年、気前のいい好投が続き、ここでは『プラダを着た悪魔』のメリル・ストリープを上回るお局ヴィランぶりを見せている。この追い越すべきアイコン、バロネスは母の敵であることが明らかとなり、クルエラは善良な人格エステラから破壊者クルエラを分裂させていく…。

 予告編段階から指摘されていたように『ジョーカー』の影響が色濃く、クレイグ・ガレスピー監督もおそらく意識的に取り込んでいるだろう。倒すべき相手が親であること、世間からのカリスマ的信奉、おまけに白塗りにツートンカラーの髪の毛はまるでジョーカーの恋人ハーレークインだ。そしてここではサイコパスという言葉も出てくる。悪漢バロネスの血を引いていることにクルエラは自身のメンタルヘルスを疑い、あらゆる感情が入り乱れるエマ・ストーンのモノローグはディズニー映画のグレードを1つも2つも上げている。

 そしてこれはエマ・ストーンの逆襲でもある。『ラ・ラ・ランド』で早くもオスカーを獲得。底抜けに明るい個性を封印した『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』でオスカーホルダーの名に恥じない名演を見せたが、それでも10年ぶりの続編『ゾンビランド/ダブルタップ』では10年前と何ら変わりない添え物扱いだった。本人は快く引き受けたのかも知れないが、これ程の実力をもってしてもハリウッドの男女格差は覆せないのかと、ファンとしては忸怩たる思いだった。

 クルエラがジョーカーと異なるのは彼女が自ら望んだ革命者であることだ。彼女は女性の立場だけではなく、ジャスパーもホーレスも、洋服屋のグラムロック店員も全てのマイノリティを包摂し、旧体制に立ち向かっていく。おいおい、その先に『101匹わんちゃん』は存在し得るのか?エンドクレジットにはゾッとするおまけが付いてくるが、そんな事はどうでもいい。僕は70年代にパンクの申し子となったクルエラが2020年代の現在、どんなおばあちゃんになっているのかと想いを馳せた。世代もピッタリ、そして常にパンクな役を選び続け、オスカーなんて権威を冠らないグレン・クローズに、まさかのエマ・ストーン版を引き継いだリブートを託すなんてのも面白いんじゃない?と妄想した。


『クルエラ』21・米
監督 クレイグ・ガレスピー
出演 エマ・ストーン、エマ・トンプソン、ジョエル・フライ、ポール・ウォルター・ハウザー、マーク・ストロング、ジョン・マクリー
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『グレイハウンド』

2020-12-31 | 映画レビュー(く)

 コロナショックによってハリウッドが配信事業へと一気に加速した2020年。新興勢力AppleTV+がソニーから買い付けたのがトム・ハンクス主演の本作『グレイハウンド』だ。第二次大戦時、北大西洋を横断する米英商船団の護衛に当たった米駆逐艦グレイハウンドと、ドイツUボート“グレイウルフ”の死闘を描く海洋アクションだ。

 となればオールドファンには嬉しい海戦映画の傑作『眼下の敵』を彷彿とさせるが、こちらはドイツ側の描写を一切オミットしてさらに短い91分のランニングタイム。荒れ狂う北大西洋を駆逐艦が突っ伏さんばかりに航行し、爆雷が勢いよく射出され(こんな描写見た事ない)、水しぶきが上がる。だが本作の異質さはそんなスペクタクルや人物描写もほとんど排し、命令と復唱を繰り返す艦内の戦闘行動プロトコルをひたすら描いていることだろう。娯楽映画としての派手さよりもディテールが優先される本作は、ミリタリーマニア垂涎ではないだろうか。
 そんなC・S・フォレスターの原作を脚色したのは何と主演のトム・ハンクス。実は彼、既に作家デビューを果たしており、250台以上も所有するタイプライターについての小説を上梓しているという。そんな一風変わった文学的趣向が本作の脚色に繋がったのかも知れない。

 艦船がひしめく海戦シーンを大スクリーンで堪能したかったのはもちろん、ソナー音から艦砲の発射音、繰り返される復唱と劇場品質の音響で楽しみたかった。配信戦国時代は視聴者が製作者の意図する音響デザイン、音響演出を味わえる設備を確保することも課題となってくるだろう。


『グレイハウンド』20・米
監督 アーロン・シュナイダー
出演 トム・ハンクス、スティーヴン・グレアム

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『クライム・ヒート』

2020-11-29 | 映画レビュー(く)

 日本劇場未公開だが、拾い物の1本だ。原作は『ミスティック・リバー』で知られるデニス・ルヘインの小説『The Drop』(ルヘインは脚色も担当)。ベルギー映画『闇を生きる男』でアカデミー外国語映画賞にノミネートされたミヒャエル・R・ロスカム監督もストーリーテラーとしての確かな腕を持っており、ここにトム・ハーディ、ジェームズ・ガンドルフィーニ(本作が遺作となった)、ノオミ・ラパスら豪華キャストが結集した。

 冒頭、原題“Drop”の意味が明かされる。マフィアの金が集金される場所であり、いつ回収されるかは誰にもわからない。トム・ハーディ扮するボブはその時を待って、集まり続ける金を金庫にDropし続けるだけだ。しかし、2人組の強盗が集金場所であるバーを襲撃。金を奪われてしまう。

 ハーディがいい。これまでも見せてきた無骨な男くささに、繊細で優しい性根が見え隠れする。その姿は冒頭に拾われる子犬を思わせるものがあり、この1人と1匹のツーショットはかなり親和性が高い。
 だが、注目すべきは終幕で見せるもう1つの顔だろう。ボブは無骨さの反面、汚れ仕事を怖ろしいまでの手際の良さでこなす冷徹さを持っており、暴力にまみれている。彼もまた“Drop”=転落しているのだ。その素顔が明らかになる瞬間、僕は身も凍るような戦慄を覚えた。ハーディのキャリアを語る上でも見逃すには惜しい1本と言える。


『クライム・ヒート』14・米
監督 ミヒャエル・R・ロスカム
出演 トム・ハーディ、ノオミ・ラパス、ジェームズ・ガンドルフィーニ、マティアス・スーナールツ、ジョン・オーティス
 
 
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