長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『レジェンド 光と闇の伝説』

2021-11-16 | 映画レビュー(れ)

 82年の『ブレードランナー』が興行的に失敗して以後、リドリー・スコットはしばらくの間、低迷期に突入する事になる。85年に公開された本作『レジェンド』もオリジナルフィルムが140分、インターナショナル版が94分、アメリカ国内版は89分、そして僕が見たディレクターズカット版は114分といくつものバージョンが存在する混乱ぶりだ。本編も前半20分はほとんど何も起こらず、決してファミリー向けとは言い難いダークなファンタジー世界はマーケティング面でも苦労した事が伺える。

 しかし、この徹底したリドリー美術による世界観はおそらくピーター・ジャクソンの『ロード・オブ・ザ・リング』3部作にも影響を与えており、ブームを15年も先駆けてしまったのは間違いない。中でも注目したいのは後半、魔王の城に舞台を移してからの邪悪とも言える美術の迫力だ。この“暗さ”は後年、弟トニー・スコットを亡くしてからより死の匂いとなってリドリー映画にまとわりつき、特に『エイリアン:コヴェナント』ではマイケル・ファスベンダーの居城が映画のバランスを破壊するほどの威容だった。

 また全てのショットが“絵画”であるリドリー映画において、キャストの顔は時代の流行が定めた美醜に左右されるものではない。彼ならではの美意識が映画から時代感覚を奪い、特異な普遍性を獲得している事に気付かされた。短パン姿も愛らしいトム・クルーズの美しさはもちろん、魔王に魅入られてから豹変するミア・サラの妖艶さ、そしてハリボテメイクでもプリンセスを拐かすには十分な色気を放つ魔王役ティム・カリーに目を見張った。

 おそらくリドリーがこのジャンルに戻ってくることはないだろうが、彼のファンなら見逃す手はない1本だ。僕は十分に楽しめた。


『レジェンド 光と闇の伝説』85・米
監督 リドリー・スコット
出演 トム・クルーズ、ミア・サラ、ティム・カリー
 
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『レリック 遺物』

2021-09-08 | 映画レビュー(れ)

 ジェニファー・ケント監督による『ババドック』から6年、またしてもオーストラリアから女性監督によるユニークなホラー映画が登場した。『ババドック』がシングルマザーの子育てに対する恐怖を描いた“ワンオペ育児×ネグレクトホラー”なら、ナタリー・エリカ・ジェームズ監督による『レリック』は“認知症介護ホラー”だ。聞けばエリカ・ジェームズの最愛の祖母がアルツハイマーに冒され、かつてとまるで人柄が変わってしまった事にショックを受けたのが創作動機だと言う。

 長らく疎遠だった老母エドナの失踪を聞き、娘ケイと孫サムがやって来る。家の様子からエドナは夫に先立たれて以後、認知症に苦しんでいたようだ。程なくしてエドナは帰宅。しかし、どこへ行っていたのか頑なに語ろうとせず、何か様子がおかしい。そして彼女の身体には不気味な黒斑が…。

  ゴミ屋敷が出口のない迷宮と化す終盤の怖さは孤老生活を送るエドナの心象であり、匂わされる過去の出来事や女性のみで構成された登場人物から古今東西、家庭において女性たちが介護者として搾取されてきた因習が“呪い”として浮かび上がる。
 そしてもう1つ注目したいのがラストシーンだ。サムは母ケイの背中にもエドナと同じ死の黒斑を見つける。未だ若い子供にとって、いつか来るであろう親の死を悟ることほど恐ろしいものはないのだ。


『レリック 遺物』20・米、豪
監督 ナタリー・エリカ・ジェームズ
出演 エミリー・モーティマー、ロビン・ネビン、ベラ・ヒースコート
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『レベッカ』(2020)

2020-11-03 | 映画レビュー(れ)

 アルフレッド・ヒッチコック監督による1940年版のリメイクではなく、ダフネ・デュモーリアによる原作の再映画化という触れ込みだが、ベン・ウィートリー監督はもちろんヒッチの影響から脱していないし、原作を読み込んでいるとも言い難い。主演はリリー・ジェームズ、アーミー・ハマー。この古典心理ホラーにはいささか健康的過ぎるキャスティングで、舞台となるマンダレイ屋敷にも仄暗さが足りない。

 何より現代的テーマを読み切れていないのが致命的だろう。貴族階級の男と庶民の女という格差、自己肯定の低い女とガスライティングする男、という非常に今日的モチーフをリリー・ジェームズの健全さ1つに集約してしまっている。登場シーン毎に衣装が変わるジェームズの可憐さは目にも楽しいが、この眩さでは亡き前妻レベッカに負い目など持ちようがない。1940年版ではメイド頭のダンヴァース夫人に成す術なくハラスメントを受け続けていたヒロインも、今作では何と2度も解雇通知を叩きつけている。2020年ならではの強い女性像だがこれでは作劇上、機能しないだろう。ダンヴァース夫人役クリスティン・スコット・トーマスの恐婦人役は十八番演技だが、彼女ならもっと複雑に造形できた。

 後半、事件を通じて男女の関係が逆転する所に原作の面白さがあり、ptaの『ファントム・スレッド』多大な影響を受けている。“屋敷ホラー”としてマイク・フラナガンのアンソロジー『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』も本作と同じ系譜にあるだろう。しかし、このベン・ウィートリー版にはそれらとの映画史的コネクトもなく、むしろ1940年版に現代との結節を感じる。近年のデュモーリア原作映画では『レイチェル』という成功例があった事も記しておきたい。


『レベッカ』20・米
監督 ベン・ウィートリー
出演 リリー・ジェームズ、アーミー・ハマー、クリスティン・スコット・トーマス、キーリー・ホーズ、サム・ライリー、アン・ダウド
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『レベッカ』(1940)

2020-11-01 | 映画レビュー(れ)

 風光明媚なモンテカルロの地で貴族ド・ウィンター卿に見初められたヒロイン(劇中、名前は明かされない)はイギリスにある大邸宅マンダレーへと招かれる。屋敷のあちこちには事故死した前妻レベッカの遺品が置かれており、使用人や客人は皆一様にレベッカを褒め称える。やがてド・ウィンターの愛を得たいヒロインの精神は追い詰められ…。

 アルフレッド・ヒッチコック監督のハリウッド進出作にして、彼のキャリア史上唯一のアカデミー作品賞受賞作。後半、突如として法廷劇に変わる構造欠陥があり、決して高い評価をされてきたワケではないが、近年ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ファントム・スレッド』、マイク・フラナガン監督のTVシリーズ『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』シリーズなど影響を受けた作品が相次いでおり、再評価の兆しがある。事実、ヒッチならではの巧みな心理サスペンスと、シルエットや空間の高低を活かしたオスカー受賞の撮影は今見ても傑出しており、格差社会に生きる男女の関係が事件によって反転していくデュモーリアの原作も非常に現代的だ。

 またメソッド演技がハリウッドを席巻する前の時代ながら、主人公に扮したジョーン・フォンティンのきめ細やかな演技は映画の成功を決定づけており、亡き前妻レベッカの影に怯える神経衰弱にはヒッチならではの加虐性も垣間見える。ジュディス・アンダーソンが怪演するメイド頭ダンヴァース夫人は映画史に残る不気味さであり、毛皮に頬ずりする瞬間、多くの人が凍り付くハズだ(ダンヴァース夫人のレベッカに対する執着は2020年版で肉親である可能性がより示唆されている)。謎めいた夫役ローレンス・オリヴィエは言うまでもなく、絶対的な存在の彼だからこそ映画前半には『青髭』のような怖さもある。

 何より本作の魅力はタイトルロールであり、画面には一度も登場しないレベッカだ。聡明な貴婦人にして淫靡な毒婦。誰もが彼女のことを語り、誰もが本質に到達し得ない。異常な執着も完全な忌避も意味を持たず、その姿は影となって豪奢な屋敷の中に揺蕩う。そして突如として物語の幕を焼き落とすのである。構造欠陥も何のその。幽霊譚としてもラブストーリーとしても逸品だ。


『レベッカ』40・米
監督 アルフレッド・ヒッチコック
出演 ジョーン・フォンティン、ローレンス・オリヴィエ、ジュディス・アンダーソン
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『レディ・マクベス』

2020-10-31 | 映画レビュー(れ)

 本当なら2020年はフローレンス・ピューがスターダムに立つ決定的な1年になるハズだった。主演ホラー『ミッドサマー』は日本でも異例の大ヒットを記録。グレタ・ガーウィグ監督作『ストーリー・オブ・マイライフ』ではアカデミー助演女優賞にノミネートされ、アメリカでの評価を確立した。そしてマーベル・シネマティック・ユニバースのフェーズ4『ブラック・ウィドウ』が無事公開され、噂通りスカーレット・ヨハンソンの後を継いで2代目ブラック・ウィドウを襲名していればいよいよその人気は決定的なものとなっていただろう。

 まぁ、そんなことを考えても仕方がない。ここ日本ではフローレンス・ピューの実質的デビュー作となる『レディ・マクベス』がついに劇場公開された。僕たちは既にアリ・アスターの呪詛もガーウィグの才気も引き受けた彼女を知っているが、それでも2016年時点で演技力、カリスマ性が完成している事に驚かされるハズだ。

 ロシアの作家ニコライ・レスコフの『ムツェンスク郡のマクベス夫人』を原作とする本作は19世紀後半のイギリスに舞台を移し、2010年代に語られるべき物語を獲得している。主人公キャサリンは商家に嫁ぐが、年かさの夫は彼女の肉体に興味を示さず、舅は「孫の顔が早く見たい」とプレッシャーをかけ続ける。ある日、夫の留守中に使用人のセバスチャンからレイプされるような形でセックスをしたキャサリンはやがて快楽に目覚めていく。

 当時、弱冠20歳のピューは冒頭からフルヌードも辞さぬ腰の据わりようで、彼女の骨太な肉体は父権社会へのはちきれんばかりの反発心に満ちている。それは物語が進むにつれ時にユーモラスに、時に邪悪にすら見え、実に豊富なニュアンスなのだ。シェイクスピアのマクベス夫人よろしく連続殺人に手を染めるが、キャサリンが眠りを妨げられるような事はない。彼女に託されたのは旧来から続く女性差別への断固たる抵抗なのだから。

 今でこそフローレンス・ピューのキャリアを語る上で欠かせない本作だが、2016年公開当時の衝撃は相当なものだったろう。彼女に対し受けの芝居に徹するメイド役ナオミ・アッキーの神経衰弱も素晴らしく、本作が後のNetflixドラマ『このサイテーな世界の終り』シーズン2のボニー役に繋がったのではと伺える。

 それにしてもこのレベルの映画でも日本に入って来なくなってしまったのか。各映画祭での受賞歴があり、スコットランドの荒野を撮らえたカメラ、衣装、美術も一級。終始、緊迫感に満ちた上質なサイコスリラーである。一昔前は野の物とも山の物とも知れぬ新人監督の作品が毎年のように公開されていた気がするのだが。本作もわずか1週間の限定上映だった。


『レディ・マクベス』16・英
監督 ウィリアム・オルドロイ
出演 フローレンス・ピュー、コズモ・ジャービス、ポール・ヒルトン、ナオミ・アッキー、クリストファー・フェアバンク
 
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