長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『レア・セドゥのいつわり』

2022-04-11 | 映画レビュー(れ)

 フランスの名匠アルノー・デプレシャンの新作が前作『ルーベ、嘆きの光』に続いてまたしても日本劇場未公開となった。2018年に亡くなったアメリカ文学界の巨匠フィリップ・ロスの小説『いつわり』の映画化だ。ロスが人生を取り巻く女性たちとの会話を地の文なしに書き綴り、デプレシャンはそれを時間も場所も(時には脳内世界にまで到る)超えて言葉を交わし合う会話劇に昇華した。この奔放さこそデプレシャン、と言いたいところだが、かつてトリュフォーの再来と称された俊英も62歳。さすがに『そして僕は恋をする』や2015年作『あの頃エッフェル塔の下で』の瑞々しさには及ぶわけもなく、愛人に魅せられたロス同様、レア・セドゥに前のめりでカメラを向けているのが現在(いま)である。

 それにしてもレア・セドゥの輝きたるや!『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でジェームズ・ボンドを攻略し、『フレンチ・ディスパッチ』でウェス・アンダーソン映画を乗っ取り、ここでは文豪の心を奪った愛人役で観る者の心を陶酔させる。ここ数年の活躍ぶりからも、彼女はキャリアの1つのピークに達しつつあると言っていいだろう。
 デプレシャンはセドゥの他、ロスの旧友役に初期作からの盟友エマニュエル・ドゥボスを配し、アメリカ編では若手レベッカ・マルデールが小さい役ながらも印象を残すなど、作家としての腰はやや重くなったが、相変わらず女優の趣味はいい。


『レア・セドゥのいつわり』21・仏
監督 アルノー・デプレシャン
出演 レア・セドゥ、ドニ・ボダリデス、レベッカ・マルデール、アヌーク・グランベール、エマニュエル・ドゥボス
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『レッド・ノーティス』

2021-12-14 | 映画レビュー(れ)

 ライアン・レイノルズが心配だ。かつて次世代セクシースターとしてハリウッドの期待を集めたものの、2011年『グリーン・ランタン』の大失敗によりキャリア失墜。素顔を隠してマーベルのアンチヒーローに扮した『デッドプール』でようやく復活したのは2016年の事だった。第4の壁を破り、人を食った“けしからん”ギャグで周りのみならず自分を徹底的に笑ったユーモアセンスはその後、レイノルズの“持ちネタ”として定着していく。トボけたSNS投稿、終了して間もない『ゲーム・オブ・スローンズ』最終回のネタバレをカマシた『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』のカメオ出演…そんな彼の才能がFOX買収後のディズニーで公開された『フリー・ガイ』で大きく実を結ぶ。ひょっとすると独自の路線をゆく喜劇役者になるのでは…近年の彼からはそんなキャリアの成長を感じ取る事ができた。

 だからこそ、レイノルズに加えドウェイン・ジョンソン、ガル・ガドットが結集しながらいつもの“B級Netflix映画”の域を出ない本作で、「お喋りでお調子者」「映画ネタを喋りまくるメタ芸」というレイノルズが作り上げた持ちネタが無惨にもコスリ倒される様は見るに忍びなかった。こんな事ではせっかく浮上したキャリアもあっという間に食い潰してしまうのではないか。そんな余計なお世話が頭を巡り続け、ご都合主義のプロットは全く頭に入って来なかった。

 この『レッド・ノーティス』で損をしているのはレイノルズだけではない。ドウェイン・ジョンソンもガル・ガドットもこれまで自身が演じてきたキャラクターのイメージを充てがわれているに過ぎず、活気に乏しく、ガドットに至っては出演するだけ損をしているような印象すらある。そしてこの3人に対抗できる悪役など配置できるワケもなく、気付けばなんのサビもないまま映画は『インディ・ジョーンズ』の劣化コピーのようなカーチェイスでクライマックスを迎えてしまう。コロナ禍に入って以後、“映画館で見るべき映画”と“配信で見る映画”の2極化が進んでいるが、“配信で良い、手頃な映画”としてこのレベルの娯楽作がうず高く積み上げられ、ライブラリの並列化が推し進められるのには正直うんざりだ。


『レッド・ノーティス』21・米
監督 ローソン・マーシャル・サーバー
出演 ドウェイン・ジョンソン、ガル・ガドット、ライアン・レイノルズ
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『レジェンド 光と闇の伝説』

2021-11-16 | 映画レビュー(れ)

 82年の『ブレードランナー』が興行的に失敗して以後、リドリー・スコットはしばらくの間、低迷期に突入する事になる。85年に公開された本作『レジェンド』もオリジナルフィルムが140分、インターナショナル版が94分、アメリカ国内版は89分、そして僕が見たディレクターズカット版は114分といくつものバージョンが存在する混乱ぶりだ。本編も前半20分はほとんど何も起こらず、決してファミリー向けとは言い難いダークなファンタジー世界はマーケティング面でも苦労した事が伺える。

 しかし、この徹底したリドリー美術による世界観はおそらくピーター・ジャクソンの『ロード・オブ・ザ・リング』3部作にも影響を与えており、ブームを15年も先駆けてしまったのは間違いない。中でも注目したいのは後半、魔王の城に舞台を移してからの邪悪とも言える美術の迫力だ。この“暗さ”は後年、弟トニー・スコットを亡くしてからより死の匂いとなってリドリー映画にまとわりつき、特に『エイリアン:コヴェナント』ではマイケル・ファスベンダーの居城が映画のバランスを破壊するほどの威容だった。

 また全てのショットが“絵画”であるリドリー映画において、キャストの顔は時代の流行が定めた美醜に左右されるものではない。彼ならではの美意識が映画から時代感覚を奪い、特異な普遍性を獲得している事に気付かされた。短パン姿も愛らしいトム・クルーズの美しさはもちろん、魔王に魅入られてから豹変するミア・サラの妖艶さ、そしてハリボテメイクでもプリンセスを拐かすには十分な色気を放つ魔王役ティム・カリーに目を見張った。

 おそらくリドリーがこのジャンルに戻ってくることはないだろうが、彼のファンなら見逃す手はない1本だ。僕は十分に楽しめた。


『レジェンド 光と闇の伝説』85・米
監督 リドリー・スコット
出演 トム・クルーズ、ミア・サラ、ティム・カリー
 
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『レリック 遺物』

2021-09-08 | 映画レビュー(れ)

 ジェニファー・ケント監督による『ババドック』から6年、またしてもオーストラリアから女性監督によるユニークなホラー映画が登場した。『ババドック』がシングルマザーの子育てに対する恐怖を描いた“ワンオペ育児×ネグレクトホラー”なら、ナタリー・エリカ・ジェームズ監督による『レリック』は“認知症介護ホラー”だ。聞けばエリカ・ジェームズの最愛の祖母がアルツハイマーに冒され、かつてとまるで人柄が変わってしまった事にショックを受けたのが創作動機だと言う。

 長らく疎遠だった老母エドナの失踪を聞き、娘ケイと孫サムがやって来る。家の様子からエドナは夫に先立たれて以後、認知症に苦しんでいたようだ。程なくしてエドナは帰宅。しかし、どこへ行っていたのか頑なに語ろうとせず、何か様子がおかしい。そして彼女の身体には不気味な黒斑が…。

  ゴミ屋敷が出口のない迷宮と化す終盤の怖さは孤老生活を送るエドナの心象であり、匂わされる過去の出来事や女性のみで構成された登場人物から古今東西、家庭において女性たちが介護者として搾取されてきた因習が“呪い”として浮かび上がる。
 そしてもう1つ注目したいのがラストシーンだ。サムは母ケイの背中にもエドナと同じ死の黒斑を見つける。未だ若い子供にとって、いつか来るであろう親の死を悟ることほど恐ろしいものはないのだ。


『レリック 遺物』20・米、豪
監督 ナタリー・エリカ・ジェームズ
出演 エミリー・モーティマー、ロビン・ネビン、ベラ・ヒースコート
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『レベッカ』(2020)

2020-11-03 | 映画レビュー(れ)

 アルフレッド・ヒッチコック監督による1940年版のリメイクではなく、ダフネ・デュモーリアによる原作の再映画化という触れ込みだが、ベン・ウィートリー監督はもちろんヒッチの影響から脱していないし、原作を読み込んでいるとも言い難い。主演はリリー・ジェームズ、アーミー・ハマー。この古典心理ホラーにはいささか健康的過ぎるキャスティングで、舞台となるマンダレイ屋敷にも仄暗さが足りない。

 何より現代的テーマを読み切れていないのが致命的だろう。貴族階級の男と庶民の女という格差、自己肯定の低い女とガスライティングする男、という非常に今日的モチーフをリリー・ジェームズの健全さ1つに集約してしまっている。登場シーン毎に衣装が変わるジェームズの可憐さは目にも楽しいが、この眩さでは亡き前妻レベッカに負い目など持ちようがない。1940年版ではメイド頭のダンヴァース夫人に成す術なくハラスメントを受け続けていたヒロインも、今作では何と2度も解雇通知を叩きつけている。2020年ならではの強い女性像だがこれでは作劇上、機能しないだろう。ダンヴァース夫人役クリスティン・スコット・トーマスの恐婦人役は十八番演技だが、彼女ならもっと複雑に造形できた。

 後半、事件を通じて男女の関係が逆転する所に原作の面白さがあり、ptaの『ファントム・スレッド』多大な影響を受けている。“屋敷ホラー”としてマイク・フラナガンのアンソロジー『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』も本作と同じ系譜にあるだろう。しかし、このベン・ウィートリー版にはそれらとの映画史的コネクトもなく、むしろ1940年版に現代との結節を感じる。近年のデュモーリア原作映画では『レイチェル』という成功例があった事も記しておきたい。


『レベッカ』20・米
監督 ベン・ウィートリー
出演 リリー・ジェームズ、アーミー・ハマー、クリスティン・スコット・トーマス、キーリー・ホーズ、サム・ライリー、アン・ダウド
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