長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『レベッカ』(1940)

2020-11-01 | 映画レビュー(れ)

 風光明媚なモンテカルロの地で貴族ド・ウィンター卿に見初められたヒロイン(劇中、名前は明かされない)はイギリスにある大邸宅マンダレーへと招かれる。屋敷のあちこちには事故死した前妻レベッカの遺品が置かれており、使用人や客人は皆一様にレベッカを褒め称える。やがてド・ウィンターの愛を得たいヒロインの精神は追い詰められ…。

 アルフレッド・ヒッチコック監督のハリウッド進出作にして、彼のキャリア史上唯一のアカデミー作品賞受賞作。後半、突如として法廷劇に変わる構造欠陥があり、決して高い評価をされてきたワケではないが、近年ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ファントム・スレッド』、マイク・フラナガン監督のTVシリーズ『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』シリーズなど影響を受けた作品が相次いでおり、再評価の兆しがある。事実、ヒッチならではの巧みな心理サスペンスと、シルエットや空間の高低を活かしたオスカー受賞の撮影は今見ても傑出しており、格差社会に生きる男女の関係が事件によって反転していくデュモーリアの原作も非常に現代的だ。

 またメソッド演技がハリウッドを席巻する前の時代ながら、主人公に扮したジョーン・フォンティンのきめ細やかな演技は映画の成功を決定づけており、亡き前妻レベッカの影に怯える神経衰弱にはヒッチならではの加虐性も垣間見える。ジュディス・アンダーソンが怪演するメイド頭ダンヴァース夫人は映画史に残る不気味さであり、毛皮に頬ずりする瞬間、多くの人が凍り付くハズだ(ダンヴァース夫人のレベッカに対する執着は2020年版で肉親である可能性がより示唆されている)。謎めいた夫役ローレンス・オリヴィエは言うまでもなく、絶対的な存在の彼だからこそ映画前半には『青髭』のような怖さもある。

 何より本作の魅力はタイトルロールであり、画面には一度も登場しないレベッカだ。聡明な貴婦人にして淫靡な毒婦。誰もが彼女のことを語り、誰もが本質に到達し得ない。異常な執着も完全な忌避も意味を持たず、その姿は影となって豪奢な屋敷の中に揺蕩う。そして突如として物語の幕を焼き落とすのである。構造欠陥も何のその。幽霊譚としてもラブストーリーとしても逸品だ。


『レベッカ』40・米
監督 アルフレッド・ヒッチコック
出演 ジョーン・フォンティン、ローレンス・オリヴィエ、ジュディス・アンダーソン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『レディ・マクベス』

2020-10-31 | 映画レビュー(れ)

 本当なら2020年はフローレンス・ピューがスターダムに立つ決定的な1年になるハズだった。主演ホラー『ミッドサマー』は日本でも異例の大ヒットを記録。グレタ・ガーウィグ監督作『ストーリー・オブ・マイライフ』ではアカデミー助演女優賞にノミネートされ、アメリカでの評価を確立した。そしてマーベル・シネマティック・ユニバースのフェーズ4『ブラック・ウィドウ』が無事公開され、噂通りスカーレット・ヨハンソンの後を継いで2代目ブラック・ウィドウを襲名していればいよいよその人気は決定的なものとなっていただろう。

 まぁ、そんなことを考えても仕方がない。ここ日本ではフローレンス・ピューの実質的デビュー作となる『レディ・マクベス』がついに劇場公開された。僕たちは既にアリ・アスターの呪詛もガーウィグの才気も引き受けた彼女を知っているが、それでも2016年時点で演技力、カリスマ性が完成している事に驚かされるハズだ。

 ロシアの作家ニコライ・レスコフの『ムツェンスク郡のマクベス夫人』を原作とする本作は19世紀後半のイギリスに舞台を移し、2010年代に語られるべき物語を獲得している。主人公キャサリンは商家に嫁ぐが、年かさの夫は彼女の肉体に興味を示さず、舅は「孫の顔が早く見たい」とプレッシャーをかけ続ける。ある日、夫の留守中に使用人のセバスチャンからレイプされるような形でセックスをしたキャサリンはやがて快楽に目覚めていく。

 当時、弱冠20歳のピューは冒頭からフルヌードも辞さぬ腰の据わりようで、彼女の骨太な肉体は父権社会へのはちきれんばかりの反発心に満ちている。それは物語が進むにつれ時にユーモラスに、時に邪悪にすら見え、実に豊富なニュアンスなのだ。シェイクスピアのマクベス夫人よろしく連続殺人に手を染めるが、キャサリンが眠りを妨げられるような事はない。彼女に託されたのは旧来から続く女性差別への断固たる抵抗なのだから。

 今でこそフローレンス・ピューのキャリアを語る上で欠かせない本作だが、2016年公開当時の衝撃は相当なものだったろう。彼女に対し受けの芝居に徹するメイド役ナオミ・アッキーの神経衰弱も素晴らしく、本作が後のNetflixドラマ『このサイテーな世界の終り』シーズン2のボニー役に繋がったのではと伺える。

 それにしてもこのレベルの映画でも日本に入って来なくなってしまったのか。各映画祭での受賞歴があり、スコットランドの荒野を撮らえたカメラ、衣装、美術も一級。終始、緊迫感に満ちた上質なサイコスリラーである。一昔前は野の物とも山の物とも知れぬ新人監督の作品が毎年のように公開されていた気がするのだが。本作もわずか1週間の限定上映だった。


『レディ・マクベス』16・英
監督 ウィリアム・オルドロイ
出演 フローレンス・ピュー、コズモ・ジャービス、ポール・ヒルトン、ナオミ・アッキー、クリストファー・フェアバンク
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『レ・ミゼラブル』(2019)

2020-10-03 | 映画レビュー(れ)

 2019年のカンヌ映画祭は格差社会をテーマにした作品が同時多発的に登場し、主要賞を席巻する事となった。いずれも共通するのがこれまで語られてこなかったマイノリティの声を持ち、そして映画として圧倒的に面白い事だ。最高賞パルムドールを獲得したのは近年、急成長を遂げた韓国映画界の『パラサイト』(最終的にこの年のアカデミー作品賞まで取る)。次点となるグランプリにはセネガルの幽霊譚と格差問題をマッシュアップしたマティ・ディオプ監督の『アトランティックス』。そして審査員大賞がフランスの移民問題と黒人差別を取り上げたラジ・リ監督による本作『レ・ミゼラブル』だ。

 ヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』の舞台ともなったパリ郊外モンフェルメイユは多くの移民が住む犯罪多発地域だ。ある日、白人警官による黒人少年への暴行事件が発生し、それは街全体を揺るがす事態へと発展していく。

 注目したいのはその圧倒的な“映画力”だ。ストリートに降りたカメラがあらゆる人種の入り乱れるモンフェルメイユの息吹を捉え、舞台となる低所得者向け団地を駆け抜ける迫力は同年、やはり犯罪多発地域ルーベを舞台にカンヌを競ったアルノー・デプレシャン監督作『ルーベ、嘆きの光』を“白人の映画”として一蹴する。自身も同地区で育ち、これまでも実情をドキュメントしてきたラジ・リ監督はここに新任警官の目線を入れることで『トレーニング・デイ』や『エンド・オブ・ウォッチ』といったデヴィッド・エアー映画や、さらにはスコセッシを彷彿とさせるギャング映画の文脈まで取り入れ娯楽性まで獲得しているのだ。ギャング共がサーカスから誘拐された子ライオンの行方を追う前半はユーモラスですらある。そして何よりアクション映画としてアドレナリンに満ちている。終盤、団地の狭い通路と階段を縦横無尽に使った活劇性に手に汗握った。

 筋立てからもわかる通り、本作の強い原動力となっているのが“Black Lives Matter”だ。白人警官は日常的に暴力を振るい、特権的に振舞う(白人キャストがアレクシス・マネンティ唯一人というのも効果を上げている)。同地区出身の警官グワダは同郷人への暴力に良心を苛まれる。ギャング共はさも自治を行っているかのような顔だが、実質は警察との利益関係だ。それらの犠牲になるのはいつだって子供たちであり、彼らもやがて大人になれば子供を搾取するという負のスパイラルに絡め捕られている。かつてマチュー・カソヴィッツ監督はパリ郊外で人種差別に直面する若者達の怒りを『憎しみ』で描き、“落ちていると気付いた時にはもう社会の墜落を止められない”と糾弾したが、あれから24年を経て社会は今もなお底なしへ落ち続けているのだ。

 それでも希望はある。事件を目撃するドローン少年バズはおそらくこの地で育ったラジ・リ監督自身の投影だろう。Netflixで2020年に配信されたリモートアンソロジー『HOMEMADE』でラジ・リは再び彼を登場させた。ロックダウン中の団地をドローンで撮影する彼の部屋にはアニメやゲームのポスターが所狭しと貼られている。スラムで育ったカメラ少年が『レ・ミゼラブル』を撮ったように、このオタク少年もいつかポップカルチャーを通じて未来を切り拓くかも知れないのだ。パワフルなメッセージを持った社会派映画ながら、多分に持ち得た“ポップ”さも魅力の傑作である。


『レ・ミゼラブル』19・仏
監督 ラジ・リ
出演 ダミアン・ボナール、アレクシス・マネンティ、ジェブリル・ゾンガ、イッサ・ペリカ、アル・ハサン・リ、スティーブ・ティアンチュー
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『レディ・オア・ノット』

2020-07-27 | 映画レビュー(れ)

 パートナーの実家が苦手、という人は少なくないと思う。勝手がわからないから居心地はイマイチだし、そんな時に限ってパートナーはリラックスモードで全く気遣ってくれない…これに近しい思いをした事がある人は『レディ・オア・ノット』が楽しめるハズだ。

 超大富豪の跡取りアレックスと結婚式を挙げたグレース。新婚初夜、彼女は親族が一堂に会す儀式に招かれる。それは先祖代々の習わしによる“殺人かくれんぼ”だった!

 安心してほしい。『レディ・オア・ノット』は一定のスリルはあるし、ジャンル映画らしいサディスティックな描写もあるが、恐怖よりも笑いが勝るブラックコメディだ。花嫁を狙うキチ〇イ一家(でも大富豪)は武器の扱いも覚束なく、方や花嫁は状況を呑み込むやウェディングドレスに黄色のコンバースで走り、戦い、そして終始「ふざけんじゃねーよ!」とブチきれる。グレース役サマラ・ウィービングの威勢の良さがいい。今時の映画には珍しく、喫煙シーンが大事にされており、タバコをカッコよく吸える女優だ(名優ヒューゴー・ウィービングの姪っ子さん!)。

 聞けば監督マット・ベティネッリ・オルピンとタイラー・ジレットが本作の企画を持ち込んだのは2016年のアメリカ大統領選挙の時期だという。そういう意味では本作もトランプ時代の格差社会映画なのだ。そんな事はともかく、血しぶきが上がるほど爆笑せずにはいられないクライマックスをお楽しみあれ。


『レディ・オア・ノット』19・米
監督 マット・ベティネッリ・オルピン、タイラー・ジレット
出演 サマラ・ウィービング、アダム・ブロディ、マーク・オブライエン、ヘンリー・ツェーニー、アンディ・マクダウェル
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』

2020-07-17 | 映画レビュー(れ)

 既に無罪が確定している養女への虐待疑惑により、未だアメリカでの公開が叶わないウディ・アレン監督最新作。今回もNYと人生についての小話であり、そこに懲りている様子は見受けられない。人気の若手エル・ファニングにあられもない格好をさせ(騒動がなければここからの数作、常連になっていたかもしれない)、やっぱり若い娘が好きとのたまう。モラル的にどうなんだと断罪はできるが、ウディは昔からこうだった。それを無批判に小粋なラブコメとして持ち上げてきたのが本邦である。今回も手放しの絶賛評が見受けられるが、会話のグルーヴには老いが伺え、覚束ない足取りを名手ヴィットリオ・ストラーロのカメラに支えられている感は強い。それでもその俗っぽさ、そして人生に対するシニカルな批評と諦念は代え難いのである。

 今回、主人公(というかウディ)に扮するのは旬の人気スター、ティモシー・シャラメ。ジジイ、いい加減にしろよと言いたくなる配役だが、シネアストらしく彼の魅力をアイドル映画並みに詰め込んでいる。ピアノを弾き語るシャラメ、ギャンブラーなシャラメ、そして水も滴るいいシャラメ!ファンにはお釣りが来るほどのサービスぶりで、シャラメ自身も猫背に早口で楽しそうにウディ風演技をしている(後に「出演した事を後悔している」と出演料の全額を寄付した)。

 キャスティングもいい。恋人役にエル・ファニング。ジュード・ロウがマイケル・ケイン風の眼鏡をしているのも嬉しい。実存主義的な映画を撮ったばかりに神経衰弱に陥る映画監督という何ともウディらしいキャラクターをリーヴ・シュレイバーが見事に演じている。

 ウディはシャラメの口からこんな事を言わせる「人生はエコノミークラス。楽じゃない」。降りそぼる雨も美しい本作は今や帰る事が叶わないNYへの望郷の念かもしれない。


『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』19・米
監督 ウディ・アレン
出演 ティモシー・シャラメ、エル・ファニング、ジュード・ロウ、リーヴ・シュレイバー、ディエゴ・ルナ、セレーナ・ゴメス、チェリー・ジョーンズ
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする