長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ミラベルと魔法だらけの家』

2021-12-07 | 映画レビュー(み)

 日本では久々の拡大公開となったディズニー最新アニメはこれまでとやや様子が異なる。コロンビアの山奥を舞台にラテン系が主人公となるのはまだ序の口。物語は“魔法だらけの家”から外に出ず、そこに暮らす一家の内面・メンタルヘルスが描かれていく。アニメーションのプロダクションは数年に及ぶが、思いがけずコロナ時代の空気にマッチした。

 かつて弾圧を逃れ、悲劇を乗り越えた人々が定住するこの地では、代々魔法の力を伝承してきたマドリガル家によって繁栄がもたらされていた。家長アルマを筆頭に“ギフト”を与えられた一家はコミュニティのロールモデルとして日々、地域に貢献し続けている。しかし主人公ミラベルだけが魔法の力を授かることができず…。

 『ハミルトン』『tick,tick...BOOM!』の天才リン・マニュエル・ミランダが楽曲のみならずストーリー開発にも関わっている事に注目だ。ディズニーミュージカルを更新するラテンラップ、祖母を家長とする女系社会、そしてコミュニティにおいてロールモデルであることの重要性といったモチーフはミランダの初期作『イン・ザ・ハイツ』と共通する。しかし本作はそんな“正しくある事”が招き陥る硬直と不寛容を指摘しているのだ。ロールモデルを課せられた家族の皆が心の内にストレスを抱え、中にはコントロールできずに外に吹き出している者もいる(天気を操るペパ叔母さん)。そして未来を見通せるばかりに疎まれ、一家から姿を消したブルーノ叔父さんが実は魔法だらけの家に隠れ住んでいたという事実は、メンタルヘルスを病み、引きこもらざるを得ない現在を生きる僕達の姿が重なる(明らかに精神疾患を抱えているブルーノをジョン・レグイザモが好演)。そんな彼らを解放するのが“ミュージカル”であり、ミランダは「心を開いてちょっと歌ってみようよ」と背中を押すのである。

 これまでのディズニーらしからぬ小品だが、2010年代後半以後の変革、反抗を経て糾弾ではなく寛容と理解に社会が移りつつあることを意識させられる1本だ。


『ミラベルと魔法だらけの家』21・米
監督 バイロン・ハワード、ジャレド・ブッシュ
出演 ステファニー・ベアトリス、ジョン・レグイザモ、マリア・セシリア・ボテロ
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『Mr.ノーバディ』

2021-06-28 | 映画レビュー(み)

 職業は中小企業の経理係、朝のゴミ出しを忘れては妻に白い目で見られ、息子には疎んじまれる…そんな彼の正体は「アルファベット3文字の政府機関」を引退した最強の殺し屋だった…!その話、もう何度も聞いたよ!!

 『Mr.ノーバディ』は所謂“ナメてた相手が殺人マシンでした映画”の亜流であり、近年のリーアム・ニーソン映画に代表される白人高齢男性アクションの最新作だが、主演におよそアクションのイメージとは程遠い名優ボブ・オデンカークを迎えたことで成功を収めている。オデンカークといえば『ブレイキング・バッド』『ベター・コール・ソウル』の人気キャラクター、ソウル・グッドマンに代表される小狡い小市民役が十八番。そんな彼が強い怒りを抱えた男に扮し、『ジョン・ウィック』チームによるハードアクションに挑戦してこれが思いの外キマっているのだ。オデンカークを知らない(不届きな)観客はケヴィン・コスナーと間違えるかも!

 さらに観客が『ブレイキング・バッド』『ベター・コール・ソウル』を経由していることで、本作には意図以上のニュアンスが生まれている。冒頭、家庭に居場所のないオデンの姿はソウル=ジミーよりもウォルター・ホワイトの姿がダブり、本作がミッドライフクライシスを描いたブラックコメディであることが強調される。後半、凶悪なロシアンマフィア相手に「そりゃねーだろ」という強引なネゴをかますシーンでは“滑りのジミー”も重なってニヤリ。そもそも『ジョン・ウィック』シリーズのキアヌですら相当な被弾率であり序盤、路面バスでの満身創痍ぶりも実に“らしい”のだ。もちろん、監督のイリヤ・シュナイダー以下スタッフがアルバカーキサーガのファンであることは推して知るべしだろう。

 フィジカルとコレオグラフで魅せ、見る者の痛覚を刺激しながらも露悪的にならない本作のバランス感覚はコロナ禍の全米市場でスマッシュヒットを記録。オデンさん、これで戦闘能力としてはラロと互角かそれ以上じゃね?


『Mr.ノーバディ』21・米
監督 イリヤ・シュナイダー
出演 ボブ・オデンカーク、コニー・ニールセン、RZA、クリストファー・ロイド
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『ミナリ』

2021-04-15 | 映画レビュー(み)

 昨年の『パラサイト』に続き、ハリウッドには今年も韓国旋風が吹いている。1980年代に韓国からアメリカへと渡った移民家族を描く本作『ミナリ』が、アカデミー作品賞はじめ6部門にノミネートされたのだ。『パラサイト』やBTSに代表されるコリアンポップカルチャーが長年培ってきた達成にも見えるが、全編のほとんどが韓国語で構成された本作の製作は気鋭A24とブラピ率いるプランB。純然たる”アメリカ映画”なのだ。本作がこれほどまでの支持集めた理由は何か?

 農業での成功を夢見てアーカンソー州の田舎にやってきたジェイコヴ一家。過酷な大地に果敢に挑む父、疲労の色を隠せない母、それでも子供たちには未来があり、監督リー・アイザック・チョンの幼少期が託された長男デビッドは演じる子役アラン・キムのおかげでなんとも愛らしい。そんな彼らが地元の教会を通じて宗教的にもアメリカへと同化していく姿は、これまで何度も描かれてきた開拓移民と何ら変わらない。いわば移民国家アメリカの原風景なのだ。

 そんな一家の生活を助けるために、韓国から祖母がやって来る。韓国の伝説的大女優ユン・ヨジョンが演じるおばあちゃんは子ども達に言わせれば「おばあちゃんらしくない」。老成なんて言葉とは無縁、孫に花札を教え、プロレス観戦を好み、言葉遣いもまぁヒドい。ヨジョンはそんなおばあちゃんを何ともチャーミングに演じており、アメリカの観客を魅了した。仮に自分のおばあちゃんが”おばあちゃんらしく”ても、おばあちゃんとの個人史を引き寄せずに見る事はできないだろう。

 父役スティーヴン・ユアン(本作でアカデミー主演男優賞ノミネート)、母役ハン・イェリら家族のアンサンブルはもちろん、畑仕事を手伝う年老いた農夫ポール役のウィル・パットンが素晴らしい。信仰心に厚く、ちょっと風変わりな彼は朝鮮戦争の帰還兵であり、毎週末に十字架を担ぎ、ジェイコヴ一家に献身する理由は言うまでもないだろう。御年66歳、この名優が如何に見過ごされてきたかよく見てほしい。

 全米では現在、アジア系を狙ったヘイトクライムが多発している。元来あったアジア系に対しての差別に加え、トランプによって流布された風説が大きな影響を及ぼしている事は間違いない。そんな時代において、やがてミナリ(韓国語でセリを意味する)のようにアメリカへと根付く名もなき家族の姿は、アメリカに暮らす多くの声なきアジア系アメリカ人に光を当てるのだ。


『ミナリ』20・米
監督 リー・アイザック・チョン
出演 スティーヴン・ユアン、ハン・イェリ、ユン・ヨジョン、ウィル・パットン、アラン・キム、ノエル・ケイト・チョー
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『ミッドナイト・スカイ』

2021-01-08 | 映画レビュー(み)

 2005年はイラク戦争の反証として多くの傑作社会派映画が公開され、ジョージ・クルーニーもニュースキャスターのエドワード・マーロウが赤狩りに立ち向かう『グッドナイト&グッドラック』を発表。アカデミー賞で6部門にノミネートされ、監督としての地位を高めることになる。本人もどちらかと言えば監督業の評価が欲しいのか、この年のオスカーでは『シリアナ』で助演男優賞を獲得するも「これで監督賞はナシってことか」と肩をすくめて見せたのだった。

 それから15年、彼は政治映画と偏愛するクラシック映画へのオマージュ作品を交互に発表し、この『ミッドナイト・スカイ』が監督第7作目となる。アメリカ建国以来、最も重要と言っても過言ではない選挙の年にクルーニーは当然、強力なメッセージ性の政治映画をぶつけてくると思われたが、意外やメランコリックなSF映画であった。

 ムリもないか。数々の美女と浮名を流した二枚目スターも60歳。アクが抜け、地球最期の時を一人寂しく迎えようとする老人を照れ隠しなく演じられるようになった。6年前に身を固め、今や2人の子供の父親である。政治ももちろんだが、環境破壊に対する強い危惧があるのだろう。クルーニー演じる主人公オーガスティンは恒星間飛行の旅に出た娘(フェリシティ・ジョーンズ)に、地球に戻ってくるなと伝えるべく奮闘する。地球は急激な大気汚染により、死の星となりつつあるからだ。

 しかしリリー・ブルックス・ダルトンの原作を映画化するにはいささか詩心が足りない。滅びゆく地球で1人死を待つクルーニーの姿はコロナショックに揺れる現代人のメンタルにマッチしているし、無機質なプロダクションデザインもその効果に寄与している。しかし、フェリシティ・ジョーンズのパートは『ゼロ・グラビティ』で培った経験値を応用しているだけで、2つのプロットはエモーショナルな化学反応に至っていない。近年、『ローグ・ワン』『イントゥ・ザ・スカイ』と女傑ぶりを見せてきたジョーンズも見せ場に乏しい。クルーニーの監督前作『サバービコン』で息の合ったアレクサンドル・デスプラはコンセプトも明確に共有できていないのか、古風なスコアでミスマッチに終わってしまっている。

 クルーニーを見ているとシネフィルであることが必ずしも素晴らしい映画作家の条件になり得えず、自由な創作環境がプラスに働かないことわかる。俳優として新たな境地に入っただけに俳優業に集中してほしいような気もするが、再びメガホンを取るなら今1度、本当に撮りたいものを撮ってほしいところだ。


『ミッドナイト・スカイ』20・米
監督 ジョージ・クルーニー
出演 ジョージ・クルーニー、フェリシティ・ジョーンズ、デビッド・オイェロウオ、デミアン・ビチル、カイル・チャンドラー、マヤ・ローレンス、ソフィー・ランドル
 
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『mid90s ミッドナインティーズ』

2020-09-12 | 映画レビュー(み)

 近年、アメリカ映画界では『レディ・バード』のグレタ・ガーウィグ、『クワイエット・プレイス』のジョン・クラシンスキー、『ワイルドライフ』のポール・ダノ、そして『アリー/スター誕生』のブラッドリー・クーパーと実力派俳優の監督デビューが相次ぎ、そのいずれもが傑作というこれまでになかったムーブメントが起きている。ここに『マネーボール』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』で2度のアカデミー助演男優賞候補に挙がったジョナ・ヒルが加わった。少年時代を送った1990年代を描く自伝的作品だ。

 一所懸命に背伸びをして不良ぶっていたジョナ・ヒル少年が目に浮かぶようで微笑ましい。主人公スティーヴィー(13歳という設定だが、もっと幼く見える)は近所でたむろしているスケボー少年達に憧れの目を向けていた。母は「あいつらはギャングよ」と言うが、とんでもない。自由を愛し、スケボーを愛する性根のいい奴らだ。とりわけリーダー格のレイはボードのテクニックも一流なら、不良ぶりも筋が通って気持ちがいい。『スーパーバッド』などこれまでも数多くの“ブロマンス映画”に出演してきたジョナ・ヒルだけに、少年達のダラダラした日常と友情はコメディ要素が強く、笑える。さらに16mmフィルムでの撮影によってガス・ヴァン・サントやハーモニー・コリンといった90年代前半のアメリカンインディーズの空気を再現している事にも驚かされた。現在の俳優監督ブームを支えている1つの要素は彼らの熱心で勤勉なシネフィルぶりだ。

 本作は2018年に全米で公開されたが、日本では2020年9月まで待たされる事となった。“ジョナ・ヒル初監督”という興行的未知数ゆえ、世間的評価が固まるまで見送ってしまったのは理解できるが、Black Lives Matterが激化した今日、本作をカミングエイジストーリーとして暖かく見るのはちょっと難しい。スパイク・リーがロス暴動を基に『ドゥ・ザ・ライト・シング』を発表して物議を醸したのが1989年。1990年のロスで白人少年であった事はこんなにも牧歌的なのか。ジョナ・ヒル少年が黒人やヒスパニックの抱えている問題を垣間見る描写はあるものの、それを現在のジョナ・ヒル監督が捉える視線はやや弱く、公開時期の問題とはいえ2018年という“過去の映画”になってしまったのが惜しい。

 スティーヴィーの歳の離れた兄を演じるルーカス・ヘッジズについて触れておこう。ワルぶってはみるものの、弟のような無邪気さと大胆さは持ち合わせておらず、スティーヴィーが妬ましくて事ある毎に暴力を振るう。そんな弱さを自身も重々承知しており、「カノジョも友達もいないくせに」とバカにされて崩壊する場面ではまたしてもキャリアを更新した。役の大小にこだわらない作品選択眼の頼もしさはもちろん、男の弱さと優しさを体現できる現代性を持った俳優として目覚ましい躍進ぶりである。


『mid90s ミッドナインティーズ』18・米
監督 ジョナ・ヒル
出演 サニー・スリッチ、キャサリン・ウォーターストン、ルーカス・ヘッジズ、ナケル・スミス、オーラン・プレナット、ジオ・ガリシア、ライダー・マクラフリン、アレクサ・デミ
 
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