長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ミッドサマー』

2020-02-23 | 映画レビュー(み)

 アリ・アスター監督は前作『ヘレディタリー』を「家族との間に起きたある出来事を基にしている」と公言しており、その詳細については「プライベートな事なので」と言及を避けていた。決して円満とは言えない家庭環境で育った筆者には“ひょっとして”と察するものがあり、新作『ミッドサマー』冒頭の10分を見てそれを確信した。「最もパーソナルなことが最もクリエイティブである」とは巨匠マーティン・スコセッシの言葉だが、まさにアリ・アスターとはそういう監督だろう。持ち込み企画であった本作に『ヘレディタリー』では吐き切れなかった呪詛を込め、他にはない作家主義のホラーへと仕上げた。聞けば先の家族問題の際、恋人との間に起きた出来事を基にしていると言うのだから、いやはや。

 かくしてそんな問題を抱えた主人公ダニーと、そのために別れるタイミングを逸した恋人クリスチャンら一行は卒論研究のためスウェーデンの秘境を訪れる。そこでは90年に1度の祭りが行われようとしていた。
 森を抜けた先に現れる幾何学模様のレリーフ、建築の集落に嫌な予感がこみ上げる。『ヘレディタリー』クライマックスの悪魔教集団を思わせる、禍々しくも美しいプロダクションデザインだ。

 さぁ、後は言うまでもないだろう。アメリカからやってきたこの若者たちが酷い目に遭う。アリ・アスターの演出は前作にない余裕があり、ジャンルの皮を被って奇妙奇天烈な北欧奇祭を楽しんでいるのがわかる。『ヘレディタリー』同様、ジャンル映画らしからぬ2時間20分というランニングタイムは然るべき映画時間を形成しており、唐突で不規則な編集はまさに白昼の不眠を思わせる偏執さで僕らの体感時間を狂わせていく。何より儀式とは段階を踏むものであり、この長尺は必然なのだ(3時間近いディレクターズ・カット版も存在する)。全編、眩いばかりの日中を舞台に前作の手癖を使わないホラー演出も実に頼もしい。

 『ヘレディタリー』以上の“祝祭的”カタルシスを持ったクライマックスに、アリ・アスターのトラウマも晴れてくれればと願ってやまない。そしてこの呪詛を引き受けた主演フローレンス・ピューの腰の強さも特筆しておくべきだろう。昨年はパク・チャヌク監督のドラマ『リトル・ドラマー・ガール』に主演、2019年は本作の他『ファイティング・ファミリー』がスマッシュヒット、『若草物語』で早くもアカデミー助演女優賞候補に挙がった。今、最注目の女優である。


『ミッドサマー』19・米
監督 アリ・アスター
出演 フローレンス・ピュー、ジャック・レイナー、ウィル・ポールター
 
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『蜜蜂と遠雷』

2020-02-02 | 映画レビュー(み)

 コンクールに集まった天才ピアニストたちを描く本作でまたしても松岡茉優はその天性の才を発揮する。母の死をきっかけにエリート街道から転げ落ちたヒロインを動物的とも言える演技勘で演じきって見せるのだ。日本映画特有の不自然なセリフや展開、本作のブルゾンちえみに代表されるキャスティングのノイズ等によって度々、足が乱れる演出のテンポを何度も救い、まさに主演スターの存在感である。共演の森崎ウィン、鈴鹿央士らも健闘しているが、ずば抜けている。

 一方、松坂桃李が楽器店勤務の“市民ピアニスト”を地に足付いた演技で見せており、演技的質の異なる対照的なキャスティングが面白い。彼が演じる高島は誰にでも伝わる市井の音を目指す苦労人であり、その地道な努力によって生まれた音は天才たちへインスピレーションを与えていく。それはあたかも実直な演技で若手キャストの地軸となる松坂自身にも重なる。2019年はスマッシュヒット作『新聞記者』にも主演、演技派としての成長が著しい。

 “天才vs凡人”という二項対立で語られがちな今日、時に凡人が天才へインスピレーションを与え、天才は天才同士でさらに高め合う本作の世界観は幸福だ(もちろん、天才も死ぬほど苦悩し、練習している)。石川慶監督はポーランドの映画学校卒と聞き、本作との親和性に納得した。俳優よりも原作の描写に合わせてピアニストからキャスティングしたという作家主義は凡百の日本アカデミー賞候補の中でも一際、孤高の存在感を放っている。


『蜜蜂と遠雷』19・日
監督 石川慶
出演 松岡茉優、松坂桃李、森崎ウィン、鈴鹿央士、臼田あさ美、ブルゾンちえみ、福島リラ、斉藤由貴
 
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『未来を花束にして』

2019-07-26 | 映画レビュー(み)

原題は"Suffragettes”。19世紀末から20世紀初頭、英国で女性参政権を求めて投石や爆破等、過激な行為に及んだ人々を指す。今でこそ当たり前に享受されている権利だが、先人の不断の努力なくてして有り得なかった事に改めて身の引き締まる思いだ。東西問わず政治への無関心、忌避が極右勢力をのさばらせている昨今、見るべき所の多い映画である。

またMe tooに先駆ける事2015年に公開された本作はネオウーマンリヴの一翼も担っている。キャリー・マリガン演じる主人公は幼い頃に両親を亡くしてからというもの、洗濯工場で上司のセクハラに耐えながら、奴隷と何ら変わない労役を課せられてきた。言うまでもなく政治における“公平”さとは女性への差別問題とセットであり、現在の歪さは人権意識の欠如によるものだ。マリガンはじめヘレナ・ボナム・カーターら女優陣は皆、力演である。

一方でこのSuffragettes運動に歴史が正当な評価を下していない事がこの映画の弱点にもなっており、惜しい。ダービー観戦中のジョージ五世に直訴しようとしたエミリー・デイヴィソンが馬にはねられ、死亡した事件が本作のクライマックスとなっており、あたかも彼女の“殉死”が参政権獲得に寄与したかのように描かれ方だが、ストーリー展開上、唐突な感は否めず、歴史的正確性も疑わしい。彼女を主役にできなくてもマリガンがエミリーと触れ合い、感化されていく過程は必要だっただろう。Me too以後に製作されていれば視座も異なっていたかもしれない。そんな所からも近年における映画界のダイバーシティが日進月歩である事が良くわかる。


『未来を花束にして』15・英
監督 サラ・ガブロン
出演 キャリー・マリガン、ヘレナ・ボナム・カーター、ベン・ウィショー、メリル・ストリープ、ブレンダン・グリーソン、ロモーラ・ガライ、アンヌ・マリー・ダフ


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『ミスター・ガラス』

2019-03-10 | 映画レビュー(み)

劇中、サミュエル・L・ジャクソン演じるミスター・ガラスことイライジャは言う「19年かかった。正気を疑ったこともあったよ」。
 これは監督M・ナイト・シャマランの正直な実感でもあるだろう。本作は2016年に大ヒットした『スプリット』の続編にして、2000年に公開された『アンブレイカブル』の19年ぶりの続編だ。まさに執念の映画化であり、そして信念についての映画でもある。

『スプリット』事件の後、24人格のケヴィンは再び少女を誘拐し、凶行に及ぼうとしていた。『アンブレイカブル』の後、19年間に渡って街の平和を守ってきた影の仕置き人デヴィッド・ダンはついにケヴィンの居場所を突き止め、対決を挑む。24人格の頂点に立つビーストの殺人的怪力も“アンブレイカブル(壊れない)ダン”には通用しない。だが、この宿命の対決はステイプル博士によって水入りとなってしまう。彼女は自分をスーパーヒーローと思い込んでいる人の“治療”を目的とした精神科医だ。

『アンブレイカブル』『スプリット』『ミスター・ガラス』はシャマランによる“アメコミ”である。19年の時を経てアメコミ全盛期の今日、完結されたのは必然の流れと言ってもいいだろう。本作はスパイダーマンもX-MENもバットマンも包括したアメコミ批評としても機能している。異常なスーパーパワーを矯正するための施設というのは同性愛を異常と見なした施設に由来するし、異能者が弾圧される『X-MEN』を彷彿とさせる。その責任者を『カッコーの巣の上で』のラチェット婦長を主人公にしたスピンオフ、というにわかに想像し難いドラマに主演しているサラ・ポールソンが演じているのも意味深なキャスティングだ。そしてヒーロー誕生のためには究極のヴィランが必要であると考えるミスター・ガラスはバットマンにおけるジョーカーが想起させられる。ミスター・ガラスは2人の超人の戦いを人類に見せつける事で、真に優れた者達に声を挙げよと促す。イライジャはデヴィッド、ケヴィンという役者が揃うまで実に19年の歳月を埋伏していたのだ。

その信念は本作を手掛けるシャマラン自身の信念ともダブる。
『シックスセンス』で大ブレイクを果たしながらもやがて業界から忘れ去れ、それでも自宅を抵当に入れながら己が信じる映画を作り続けてきた彼は『スプリット』が大成功した事でようやく本作に着手できた。ゆえにミスター・ガラスは大量殺人者でありながらまるで求道者のような高潔さがあり、彼の遺志が引き継がれていく終幕は感動的ですらあるのだ。そしてこれはシャマランという求道者が宿願を達成した瞬間でもある。『アンブレイカブル』でブルース・ウィリスの息子を演じていた子役が成長して再び同役として登場するのも嬉しいサプライズだった(カメオ程度の扱いではない。俳優として訓練されているのだ。ずっと役者を続けていたのか!)。

 妥協なきアーティストの作品に揚げ足を取ろうとするだけの些末な批評は通用しない。シャマラン、ついに勝利を収めた。


『ミスター・ガラス』19・米
監督 M・ナイト・シャマラン
出演 ジェームズ・マカヴォイ、ブルース・ウィリス、サミュエル・L・ジャクソン、アニャ・テイラー・ジョイ、サラ・ポールソン
 
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『ミッション・インポッシブル/フォールアウト』

2018-08-17 | 映画レビュー(み)

 御年56歳、トム・クルーズはまだ全力で走り続けている。96年にスタートしたシリーズは回を重ねる毎にスケールアップし、前作『ローグ・ネイション』はついに批評、興行共に最高評価を獲得する傑作回となった。
観客を楽しませるためなら命をも捨てかねないこの大スターは今回も驚異的なアクションを次々と投入し、ちょっとやそっとの事で動じなくなった僕らは息を呑む(その代償としてトムは足を骨折する事になるのだが)。アメコミ映画だけがハリウッド映画じゃない。アベンジャーズやジャスティスリーグが束になっても敵わない大スターがここにいる。

IMAXを駆け抜ける勇姿を見よ。走りだけでこんなにワクワクさせてくれる俳優がいるだろうか。プロット上、ほとんど意味のないヘイロージャンプ、トイレでの死闘、縦横無尽に駆け抜けるパリでのチェイス、そして終幕のヘリコプタースタント。唯一無二のスター性がアクションという動態運動だけで映画を成立させている。こんな芸当、そんじょそこらの俳優では務まらない。

本作はこれまでになくトム演じるイーサン・ハントの人物像に焦点が当てられている。かねてより“イーサンはトムの当たり役”と言われてきたが、今回ほど実感させられた事はなかった。全世界の命運よりも目の前の命を守るイーサンの姿は、公にもスーパージェントルマンとして知られるトム自身の姿とダブる。中盤に登場する女性警官のサブプロットはそんなトム=イーサン・ハントの“優しさ”を引き立てる名場面だった。そしてヴィング・レイムズ、サイモン・ペッグ、レベッカ・ファーガソンらチームメンバーはおろか、低音美声ボイスが印象的なサブ・ヴィラン“ホワイト・ウィドウ”役ヴァネッサ・カービーら悪役陣からも「トム大好き」という一体感が伝わり、嫌味になるどころかこのアンセム感が本作の“心地良さ”として魅力に繋がっている。

分身であり、ソウルメイトでもあるイルサとの「足を洗え」という件は今回も「大スターの看板を下ろしてその重圧から楽になりましょう」というセリフに聞こえてしまう。だがトムは前作同様、応じるでも否定するでもなくあのスマイルを返すだけなのである。今回、久々に登場した元妻ジュリアのサブプロットといい、ここには家庭の安らぎを失ってもなおハリウッドの一枚看板であり続けようとする大スターの誇りと孤独が見え、泣けてしまった。

明朗な前作と比べると暗い画面作りが多く、
『スカイフォール』もとい遅れてきた『ダークナイト』フォロアーという感は拭えなくもない。ラロ・シフリンのテーマ曲はアレンジ次第でヌケが全く違い、今回のローン・バルフ版はやや不発気味だ。
 そんな事はいい。トムは次回も「世界中のほとんどの人が喜ぶ娯楽作」という不可能任務に果敢に挑むだろう。そろそろかつて肩を借りたダスティン・ホフマン、ポール・ニューマンのような立ち位置の人間ドラマも見てみたいが、彼は走れる限りまずはアクションスターとしての責務を全うし続けるハズだ。


『ミッション・インポッシブル/フォールアウト』18・米
監督 クリストファー・マッカリー
出演 トム・クルーズ、レベッカ・ファーガソン、サイモン・ペッグ、ヴィング・レイムズ、ヘンリー・カヴィル、ショーン・ハリス
 
 
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