長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』

2023-10-31 | 映画レビュー(き)

 前作『アイリッシュマン』の210分に続いて新作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は206分。製作はNetflixからAppleTVへ。ストリーミングプラットフォームの台頭がハリウッドを賑わせて久しいが、今年80歳を迎える巨匠はこの状況に最も適応した映画作家と言っていいだろう。『アイリッシュマン』公開時、3時間を超える上映時間について問われたマーティン・スコセッシは、「みんな週末に3時間も4時間もTVシリーズをビンジウォッチするじゃないか」と答えた。事実、リミテッドシリーズ3〜4話分に相当する最新作はTVシリーズのストーリーテリングに近く、決して長くはない。

 『ギャング・オブ・ニューヨーク』『アイリッシュマン』から連なる、アメリカの成り立ちと暗部を描いた“アンダーワールドUSA”とも言うべき本作において、206分という映画時間は必然だ。時は1920年。先住民族オーセージ族の暮らす土地で石油が発掘され、彼らに莫大な富がもたらされる。一躍、広大な草原は一攫千金を求めた白人たちによるゴールドラッシュに湧き、辺境には町が興り、そこには無法の徒がたむろした。一見、西部劇を期待させるランドスケープの本作だが、原作はFBI創設を描いたデヴィッド・グランによるノンフィクション小説『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生」。これをエリック・ロスは犯人側の視点から脚色。当初、事件の究明に当たるテキサスレンジャー役をオファーされていたレオナルド・ディカプリオは、自ら実行犯の1人であるアーネスト役を引き受けた。

 物語は悪党どもがはびこるギャング映画の潮流にありながら、『アイリッシュマン』以上に陰惨であり、無味乾燥に積み上げられる死には映画的誇張がなく、スコセッシはジャンル映画としての快楽を捨て去っている。描かれるのはアメリカという国の成り立ちであり、それは血と暴力の歴史だ。白人社会はオーセージ族に起きたゴールドラッシュと富裕化を分不相応だと断じ、蛮族には財産を管理すべき後見人が必要だとシステムを構築していく。一時は世界で最も裕福な部族(全盛期を再現した衣装、美術は本作の大きな見どころの1つだ)と呼ばれた彼らは、自らの金を自由に使うことすら適わなかったのだ。

 そんな彼らの社会に笑顔で侵入していったのがロバート・デ・ニーロ扮するウィリアム・ヘイルである。地域に学校や病院を建てた慈善家として信頼を勝ち得る一方、オーセージ族との婚姻、縁故関係によって資産を簒奪する巧妙な手口を考案。自らの手は一切汚すことなくオーセージ族を次々と殺害し、その財産を搾取していく。3時間では語りきれないほど我慢強く悪辣な手口と、迫害の歴史。デ・ニーロはキャリア史上最凶とも言える外道を演じ、再びスコセッシと共に伝説を打ち立てた。ディカプリオは前述の献身的なキャスティング劇といい、ヘイルの下で悪事に手を染める甥っ子アーネスト役で性格俳優として本領を発揮。理知的な女性をたらしこむ“可愛げ”を持ちながら、権力に追従した愚鈍な白人男性像を引き受けている。そんな2人の間で毅然と屹立するリリー・グラッドストーンは本作の宝だ。2016年のケリー・ライカート監督作『ライフ・ゴーズ・オン』で注目された彼女は、ブラックフィートとニミプーの血を引く。グラッドストーンの知性と優雅さ、厳粛さは来るオスカーレースで大いに話題となるだろう。

 劇中、自分たちの命が脅かされていることを目の当たりにしたオーセージ族は、口々に「タルサのようだ」と言う。1921年、黒人たちによって大いに栄えた町タルサは、それを妬んだ白人たちによって焼き払われ(空爆まで行われたという)、多くの命が奪われた虐殺の詳細は近年になるまで明るみとなる事はなかった。『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』はこの事件に材を得たHBOのTVシリーズ『ウォッチメン』『ラヴクラフトカントリー』ら近年の重要作をも繋ぎ、白人たちの構築した悪しきシステムの姿を暴き出すのである。スコセッシ自らが弾圧の歴史を語り、頭を垂れるラストシーンは近年、『ブラック・クランズマン』『ザ・ファイブ・ブラッズ』など、さらなる熱量で黒人史と現在を説くスパイク・リーを彷彿。巨匠は老いてなお“現在”(いま)の映画を創り続けているのだ。


『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』23・米
監督 マーティン・スコセッシ
出演 レオナルド・ディカプリオ、ロバート・デ・ニーロ、リリー・グラッドストーン、ジェシー・プレモンス、ジョン・リスゴー、ブレンダン・フレイザー、スコット・シェパード
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『君たちはどう生きるか』

2023-08-07 | 映画レビュー(き)

 加齢による作風の変遷について批評が欠如した市場では、82歳の巨匠の新作に80〜90年代の代表作を引き合いに出して酷評するのも無理はないかと嘆息してしまう。年齢や制作期間から考えておそらく最後の長編作品になるであろう新作『君たちはどう生きるか』の“君”に、ネット上で侃々諤々する私たち大人は少なくとも含まれていない。古塔であらゆる時と場所を司る老人は、後に第二次大戦の惨禍を迎える少年、眞人に向かって自分の後を継ぎ、世界の善なるバランスを託したいと語りかける。束の間、往時の宮崎映画の饒舌さを思い起こさせるこの老人が巨匠の投影であることは明らかだが、眞人はこれを拒んで自分の元居た1942年の日本へ戻ることを選ぶ。真の可能性とは老人の作り上げたシステムの外にこそある。

 宮崎駿はとうの昔に語るべきことを語り終えた作家だった。自然と人間の関係を活劇に昇華してきた御大は『もののけ姫』以後、語るべき物語を持たず、『千と千尋の神隠し』以後はいずれもストーリーテリングを放棄して、よりアニメーションの原初的な歓びに筆圧を強め、それは口さがない大人ではなく未来を生きる幼い子どもたちに向けられていた。『インセプション』の夢の階層の如く連続する『君たちはどう生きるか』の不条理さに大人は頭を抱えるところだが、抗し難いアニメーションの魔力に子供はわけもわからず吸い込まれてしまうだろう。

 往時の過剰なまでの熱量はなく、映画には静謐なテンションが張り詰め、明確なメロディラインを持たない久石譲と共に宮崎は82歳現在の新境地に到達している。巻頭、火災に見舞われた病院へ向かって眞人が群衆の間を突き抜けていく描線には、盟友高畑勲の『かぐや姫の物語』を彷彿。ジブリのトレードマークでもあった緻密な背景描写も実に淡白になっているが、代わって水彩画のような美しさを獲得している。

 『ハウルの動く城』から自身の老いを意識したかのような愛嬌ある老婆の造形は今回も楽しい一方、妙齢の女性に対するエロティシズムにギョッとさせられた。田舎へ疎開した眞人少年は、亡くなった母親そっくりの女性・夏子と出会う。夏子はおもむろに眞人の手を自身の下腹部に当てると、そこに弟か妹がいることを打ち明ける。初対面の女性に腕を掴まれ、身体に触れさせられる少年の戸惑いをこうも生理的に表現できるのか。後半、産屋で夏子が見せる狼狽の顔といい、『紅の豚』のジーナのような類型的造形とは全く異なる、実に生々しく性的なニュアンスに巨匠の非凡さを感じた。長年、ロリコンと揶揄されてきた御大だが、いわゆる“ジブリヒロイン”の原型が自身の母親であると明かされたのは衝撃と言う他ない(本作は吉野源三郎の同名小説からタイトルを得ているものの、ほぼ宮崎のオリジナル脚本である)。

 タイトル以外、全ての情報が伏せられていた本作はエンドロールで声優陣も初めて知らされる事となった。若手であるほど宮崎作品へのリスペクトが勝ったのか、高度な“ジブリ風ボイスアクト”をしている印象だが、夏子役の木村佳乃、父親役の木村拓哉ら年長の俳優の献身が耳に心地よかったことを特筆しておきたい。

 『君たちはどう生きるか』は尽きることのない奔放なイマジネーションと、老いてなお変容し続ける作家性が収められた、偉大なフィルモグラフィーに相応しい新作である。願わくば映画館の暗黒に身を沈め、耳を澄まし、息を潜め、酩酊する貴重な体験をぜひとも逃さないでもらいたい。


『君たちはどう生きるか』23・日
監督 宮崎駿
出演 山時聡真、菅田将暉、柴咲コウ、あいみょん、木村佳乃、木村拓哉
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『逆転のトライアングル』

2023-04-15 | 映画レビュー(き)

 カンヌとオスカーは相性が悪いと言われたのも今は昔。リューベン・オストルンド監督が『ザ・スクエア 思いやりの聖域』に続いてパルムドールに輝いた最新作『逆転のトライアングル』に、なんとアカデミー会員は作品、監督、脚本の主要3部門でノミネートを献上してしまった。本気か!?世界中の大富豪が乗り合わせる地中海クルーズを舞台に、現代資本主義と格差構造を徹底的におちょくる本作。そんな映画に票を投じればハリウッドセレブ達の虚栄心は満たされるのか?『サクセッション』『ホワイト・ロータス』も作っている国が褒めすぎではないのか?

 意地の悪さで言えば『ホワイト・ロータス』のマイク・ホワイトもいい勝負だが、オストルンドはより露悪的だ。半裸の男性モデル達が仕事欲しさに媚を売り、高級レストランでは美男美女が“どっちがおごる論争”で醜態を晒す。地中海クルーズに居合わせるのは堆肥(クソ)で財を成したオリガルヒから、武器製造メーカーの白人老夫婦、そして拝金主義のコンシェルジュ達で、金持ちのために労働を搾取される事に嫌気がさした船長は酒に溺れ、安全運行なんてハナから考えちゃいない(いよいよデタラメさが可笑しいウディ・ハレルソンが最高だ)。

 言いたいこともやりたい事もオストルンドは全てセリフで説明してくれるから、観客は海に迷うことはない。だが全方位へウンコとゲロを投げつける本作に、胃液の逆流を感じたのは僕だけではないだろう。海賊の襲撃によって豪華客船は沈没。残されたごく僅かの乗客が辿り着いた無人島で頂点に立つのは、おそらく東南アジア出身であろうトイレ清掃係のオバチャンだ。ドリー・デ・レオンの妙演によって使い古された逆転構造もなんとか笑うことはできるが、これが2022年の映画と言うにはあまりに出遅れすぎてやしないか。オスカー授賞式から間もなくして配信された『サクセッション』を見て、我々視聴者の姿が一切映らない金持ち共のパワーゲームに熱狂する方がよっぽど寝覚めは最高じゃないか。


『逆転のトライアングル』22・スウェーデン
監督 リューベン・オストルンド
出演 ハリス・ディキンソン、チャールビ・ディーン、ウディ・ハレルソン、ドリー・デ・レオン
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『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』

2023-01-15 | 映画レビュー(き)

 近年、乱立した『ピノキオ』実写映画化競争の決定版はNetflixからリリースされたギレルモ・デル・トロ監督によるストップモーションアニメだろう。“ファミリー映画”とラベリングをされてもデル・トロならではのダークでちょっとグロテスクなテイストが炸裂し、久しぶりに『ピノキオ』という物語に触れる大人も「こんな話だったのか!」と新鮮な驚きがあるハズだ。

 カルコ・コッローディの原作『ピノッキオの冒険』の舞台をデル・トロはムッソリーニによるファシズム政権下のイタリアへと置き換えた。『デビルズ・バックボーン』『パンズ・ラビリンス』など、フランコ政権下のスペイン内戦期を背景にホラー映画を撮ってきた彼は、真に恐ろしいものは人間であると看破してきたが、ここでもその恐怖はピノッキオが晒される困難な現実として立ちはだかり、悲しいかな現在のウクライナ戦争をも思わずにはいられない。ポーカーに興じる死者の国の墓守ウサギ達や、死を司るスフィンクスら怪物たちにこそチャームは宿り、映画には死の香りが漂う。

 その芳香は人とファンタジーを分かつものである。人間はいずれこの世を去るが、永遠の命を持つピノキオというファンタジーは残り続け、いつしか人々に忘れ去られていく。ファンタジーとは常に世界の片隅や裏側に偏在し、普遍であり続ける。そんな幻想への郷愁に心揺さぶられずにはいられないのである。


『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』22・米
監督 ギレルモ・デル・トロ、マーク・グスタフソン
出演 グレゴリー・マン、デヴィッド・ブラッドリー、ユアン・マクレガー、クリストフ・ヴァルツ、ティルダ・スウィントン、ロン・パールマン、フィン・ウルフハード、ケイト・ブランシェット、バン・ゴーマン、ジョン・タトゥーロ、ティム・ブレイク・ネルソン
※Netflixで独占配信中※
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『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』(寄稿しました)

2022-07-05 | 映画レビュー(き)
リアルサウンドに『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』のレビューを寄稿しました。TVシリーズのスタンドアローン回のリメイクではありますが、監督の安彦良和が手掛けた漫画『THE ORIGIN』の設定に準拠しており、キャラクターの解釈や作風が異なっていることや、映画版の後に続く話がTVシリーズ第25話『オデッサの激戦」であり、奇しくも現在(いま)を映していることに触れています。
(文中、僕の筆不足で意味が伝わらないフレーズがありますが、あえて捕捉はしません。本文を読む上でのノイズになってしまいましたが、「下手な文章だなぁ」とお思いください)

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