アントマンシリーズ第3作目にしてMCUフェーズ5の開幕となる本作は、125分という近年のハリウッド映画には珍しい短さのおかげで、タスクをこなすばかりのまるでタメのない演出や、冗談のようなプロダクションデザインに腹を立てるヒマもなく見終えることができる。
キャシー・ラング(エマ・ファーマンからキャスリン・ニュートンへとリキャスト)によって開発された量子世界を解明する機械が暴走し、再び量子世界へとやってきたアントマン一行。そこは異世界からやってきた謎の男カーンによって征服されていた。全編視覚効果まみれの量子世界はハリウッドにSFをやれるVFXアーティストがいないことを証明する危機的な仕上がりで、MCUは2023年に臆面もなく量子世界のカンティーナ酒場を開業している。『フラッシュ・ゴードン』へのオマージュとハリウッド大作への茶化しを込めた『マイティ・ソー/バトルロイヤル』のタイカ・ワイティティとは異なり、ペイトン・リードはあまりにも生真面目で、巨大な頭から小さい手足が生えたコリー・ストールの再登場には只々戸惑うばかりだ。COVID対策としてフィジカルよりもVFXが優先されたことは想像できるが、『アバター』シリーズといい、“魅せる”デザイナーがあまりも乏しい現在のハリウッドでは勘弁してほしいムーブメントである。
真に映画的な興奮に満ちているのは、素晴らしい身体性と演技力を持った気鋭俳優がスクリーンに収められた瞬間である。征服者カーン役のジョナサン・メジャースの存在は今後、彼がメインヴィランとなるフェーズ5〜6の担保として十分だ。迫力ある身体(ところが175cmのポール・ラッドと並ぶとそんなに大差がない)と、あらゆるマルチバースのカーンを演じ分ける若手ならではの野心と遊び心にキレ味があり、TVシリーズ『ロキ』の“小カーン”の怪演から一転、本作では恐るべき征服者を宇宙規模の悲しみを背負った人物として演じ、あらゆる場面で私達は彼から目を離すことができない。メジャースは同時期に『クリードⅢ』も公開。まさに旬の俳優の輝きだ。
この強大な敵にアントマンは如何にして立ち向かうのか?征服者に対抗できるのは雑草根性ならぬ“アリンコ根性”である。アリの持つアナキズム(≠社会主義)が巨大な力になるクライマックスは心地よく、シリーズで最大規模という“らしくなさ”でありながら、「よくよく考えればMCUではアントマンが1番好きかも」と思えてしまう程よいまとまり具合であった。
『アントマン&ワスプ クアントマニア』23・米
監督 ペイトン・リード
出演 ポール・ラッド、エヴァンジェリン・リリー、ジョナサン・メジャース、キャスリン・ニュートン、マイケル・ダグラス、ミシェル・ファイファー、ビル・マーレイ
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