※今回は、虫やクモの写真が多く掲載されますので、苦手な方は読むのを止めてください。
雑誌「現代農業」2016年6月号に沖縄県今帰仁村のマンゴー農家 比嘉峯夫さんの「マンゴーハウスにクモを呼ぶ」と題した記事が掲載されました。
この記事では、野外で小さな虫を補食しているクモを見た比嘉氏が「クモがマンゴーの害虫であるチャノキイロアザミウマ(
Scirtothrips dorsalis)(以下、アザミウマ)を食べるかもしれない」と期待し、野外からクモを集めてマンゴー栽培施設内に放している、という内容でした。
マンゴー栽培者にとって、アザミウマはとても厄介な存在です。
マンゴーの新芽、花、果実と云った大切な部位を加害する上に、大発生しやすく、農薬での防除が難しいためです。
写真1.チャノキイロアザミウマ:成虫(左)、幼虫(右)
写真2.チャノキイロアザミウマに加害されたマンゴーの新芽
写真3.チャノキイロアザミウマに加害されたマンゴーの幼果
マンゴーの難防除害虫とされるアザミウマを抑制するには、どの様にすれば良いのでしょうか?
私が着目したのは、農場によりアザミウマの発生量にバラツキがあることです。
当初、私は「アザミウマの発生初期に農薬散布を行い、初期防除が徹底できた農場では発生が少ないのかな?」と考えていました。
もちろん、そういう農薬の使い方が上手い農場(決して農薬散布が多い農場ではなく、むしろこういう農場では農薬散布が少ない)では巧くアザミウマを抑えている事例が多い様です。
ところが、多くの「普通に農薬散布を行っている農場」では、アザミウマに悩んでいることが少なくありません。
逆に、農薬をほとんど使わず数年間を経ている農場でアザミウマの発生が少ない場合があります。
何故、その様なことが起こるのでしょうか?
私が思い至ったのは「
リサージェンス」です。
「リサージェンス」とは、「ある害虫を対象に農薬を散布すると、同時に害虫の天敵も減少し、結果として害虫が農薬散布以前より大発生する」と云う現象です。
「アザミウマの農薬防除はリサージェンスを引き起こしている」という仮説は、マンゴー栽培施設内にアザミウマの天敵がいることを示唆します。
では、その天敵とは何でしょうか?
これには未だ正確な答えを見いだしていませんが、農薬散布が少なく、アザミウマの発生も少ないマンゴー栽培施設に共通点がないかと目を光らせていると「クモ(種類、巣数)が多い農場程アザミウマが少ないのではないか」という第2の仮説に至りました。
そこで、マンゴー栽培施設内で見かけるクモを写真で撮り、名前を調べる(同定)作業を始めました。
今回は、マンゴーを5年間栽培し(今季で収穫3回目)、これまでアザミウマの発生が確認されておらず、化学合成農薬の散布回数が少ない(2013年5回、2014年3回、2015年2回)マンゴー栽培施設内で確認した「網を張るクモ」を紹介します。
なお、科の分類および学名については、谷川明男 氏の「
沖縄のクモ目録」を参考にしました。
1.コガネグモ科(Araneidae)
(1)トゲゴミグモ(Cyclosa mulmeinensis)
地面とは垂直又は斜めに円形の巣を張ります。
巣の中央に脚を縮めたクモがいます。
体長は、♀3-5mm、♂2-3mm程度の小さなクモです。
クモの上下にゴミ(中には卵嚢があることも)が並んでいるのがゴミグモの仲間の特徴です。
雌は腹部に2つ(一対)の突起があるのが、本種の特徴です。
この農場で最も見かける造網性のクモが本種です。
写真4.トゲゴミグモ(♀)
(2) ミナミノシマゴミグモ(Cyclosa confusa)
地面とは垂直に円形の巣を張ります。
雌の腹部が菱形っぽい形をしています。
体長は、♀5-8mm、♂3-5mm程度でトゲゴミグモより大きいですが、小さなクモです。
この農場では、トゲゴミグモより少ないです。
写真5.ミナミノシマゴミグモ(♀)
(3)ナガマルコガネグモ(Argiope aemula)
地面とは垂直に大きな円形の巣を張ります。
巣の中央に伸ばした脚を2本ずつ揃えX状になったクモがいます。
体長は、♀20~25mm、♂4-6mm程度です。
雌の腹部は、幅があるので大きく見えます。
巣にはクモの脚の先には白く目立つ「かくれ帯」と呼ばれる白いジグザグ状の白い糸で作られた模様があります。
腹部の縞模様も黄色と黒の細かい横縞模様に加え、白い横縞が2本入るのが本種の特徴です。
本種の卵嚢は、木の葉型で扁平です(写真7)。
写真6.ナガマルコガネグモ(♀)
写真7.ナガマルコガネグモの卵嚢
(4)ホシスジオニグモ(Neoscona theisi)
体長は、♀8-10mm、♂5-7mm程度。
地面とは垂直に円形の巣を張ります。
この個体は、腹部の背中側に暗褐色に挟まれた白い星形の太い筋が見られますが、本種は色彩変異が多いことが知られています。
写真8.ホシスジオニグモ(♀)
(5)ヤマシロオニグモ(Neoscona scylla)
地面とは垂直に円形の巣を張ります。
体長は、♀12-15mm、♂8-10mm程度。
ホシスジオニグモより大きくて強そうです。
この農場では、ときどき見かける程度です。
写真9.ヤマシロオニグモ(♀)
(6)チブサトゲグモ(Gasteracantha mammosa)
地面とは垂直方向に大きな円形の巣を張ります。
体長は、♀8-10mm、♂3-5mm程度。
沖縄県の野外で最も普通に見られるクモです。
ゴツゴツした形が面白く、色彩変異が多く、中にはシーサーの顔に見える個体がいることから子どもから「シーサーグモ」と呼ばれ人気があります。
広い空間を好むためか、マンゴー栽培施設内であまり見られず、施設外に多くいます。
写真10.チブサトゲグモ(♀)
2.アシナガグモ科(Tetragnathidae)
(1) チュウガタシロカネグモ(Leucauge blanda)
地面と斜め方向に円形の巣を張ります(通常は地面と平行に巣を張るそうです)。
巣の中央に長い脚を伸ばしたクモがいます。
体長は、♀10-13mm、♂8-10mm程度ですが、脚が長いので大きく見えます。
シロガネグモの仲間の巣は、中央付近に横糸がなく、巣の中央に穴が空いている様に見えるのが特徴です。
本種の細長い腹部は銀白色に黒色の縦筋が入り、頭胸部に近いところに一対(2つ)のコブと黒点があります。
写真11.チュウガタシロカネグモ(♀)
(2)オオジョロウグモ(Nephila pilipes)
やや目の粗い蹄型円網を張ります。
頭胸部は金色で、細長い腹部の地色は黒色、多数の黄色い縦筋があります。
体長は♀35-50mm、♂7-10mm程度になります。
本種の雌は、日本最大のクモです。
写真12.オオジョロウグモ(♀)
これらのうち、どのクモが、どの程度アザミウマの発生を抑えているのかはわかりません。
もしかすると、網を張るクモ以外にアザミウマの発生を抑制する要因(天敵を含む)があり、網を張るクモは環境指標生物なのかもしれません。
それでも、農場内のクモ等の生物を同定できる様になれば、さらに高度な環境理解に繋がり、既存の栽培(病害虫防除)技術とは異なる技術体系の確立に繋がると考えています。
なお、化学合成農薬をほとんど使用していない本農場では、慣行程度の農薬使用している農場では問題とならない害虫の発生が多いことを付け加えておきます。
また、それらを抑える方法は、慣行の栽培(病害虫防除)技術とは異なる技術体系に頼っています。
今後は、クモの種類も考慮した網を張るクモの「見取り調査」を実施し、どのクモがどの程度の密度でいるマンゴー栽培施設内では、どの程度のアザミウマが発生するのかを数値で捉えていきたいと思います。
○参考サイト
・「ルーラル電子図書館;
リサージェンス」
・谷川明男;「
沖縄のクモ」
○参考文献
・「マンゴーハウスにクモを呼ぶ」.比嘉峯夫.2016.現代農業;2016年6月号.農文協.
・「フィールド図鑑 クモ」.新海栄一・高野伸二.1984.東海大学出版会.
・「クモの巣図鑑 ~巣を見れば、クモの種類がわかる!~」.新海明・谷川明男.2013.(株)偕成社.
・「農業に有用な生物多様性の指標生物調査・評価マニュアル I調査法・評価法(
PDF:20,318KB)」.2012.農林水産省農林水産技術会議事務局・(独)農業環境技術研究所・(独)農業生物資源研究所 .
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