前回の「「紅キーツ(赤キーツ、レッドキーツ)」とは何だ?1」では、現段階の研究報告から「紅キーツはキーツと異なる品種(系統)であるが、正体は特定できていない」というところまで研究が進んでいる話を書きました。
今回は、私の独自調査の結果とそこから生まれる疑問等の考察を記します。
まず、狭間ら(2009)および上田ら(2009)の研究では、「紅キーツ」の正体はサンプル(物的証拠)からのみ探られています。
つまり、来歴の聞き込み調査が抜けている感が否めません。
前回、「紅キーツ」の来歴を「どうやら台湾から穂木を導入した人がいたらしい」と書きました。
私は、この「導入者を特定」し、「どこから何を持ってきたかを確認」することにしました。
まずは、石垣島だけでなく台湾の熱帯果樹事情にも詳しい石垣島の同志(以前、「台湾旅行記」で‘隊長’として登場した人物、以下隊長)に何か情報を持っていないか電話で確認してみました。
ねこ「隊長、「紅キーツ」ってあるじゃないですか?」
隊長「あるね」
ねこ「「紅キーツ」を石垣島に導入した人って知ってますか?」
隊長「知ってるよ。僕だよ」
調査の第一段階「石垣島に「紅キーツ」を導入した人を特定する」は、あっさりと解決しました。
ねこ「そうなんですか(やっぱり・・・)、では「紅キーツ」の来歴って憶えていますか?」
隊長「うん。あれは玉井郷の郭文忠さんから貰った「玉文5号」だよ」
ここで、調査第二段階「どこから何を持ってきたかを確認」も解決しました。
ねこ「では何故「玉文5号」という名前が残っていないのですか?」
隊長「僕が持ってきたときは「玉文5号」って説明したんだけど、「玉文5号」なんて誰も知らなかったから「果皮が赤いキーツみたいな品種」ってことで、とりあえず高接ぎしたんだよ」
それが、いつの間にか「果皮が赤いキーツ」になったんですね・・・。
以上で、「紅キーツ」に係る聞き込み調査は終了ですが、その結果を踏まえた補足説明や考察、提言を以下に記します。
まずは「玉文5号」という品種について説明をします。
台湾の台南県に玉井郷という集落があります。
玉井郷は、マンゴー生産がとても盛んな地域として知られています。
また、玉井郷にいる民間育種家の郭文忠氏は、マンゴーの育種家として高名です。
郭文忠氏が選抜・育成した品種(系統?)は、‘玉’井郷の‘文’忠さんが選抜したことから「玉文○号」という名称で知られています。
読み方は、国内では通常「ぎょくぶん」なんて発音されていますが、台湾語では「ユウィン(Yu-Win)」です(李ら.2009)。
また、国内では「玉文」とだけ表記されているものを見かけますが、「○号」を付けないと品種名表記としては不完全だと思います。
「玉文5号」の説明は、「玉井郷農會」のサイトの「品種風味」のページから引用します(図1)。
玉井郷の農家 郭文忠氏の果樹園で実生選出により得られた品種。 (ねこがため 訳) |
「紅キーツ」の大玉果実の糖度が低いのも、「玉文5号」であるなら納得です。
その他の説明も「紅キーツ」の特徴と一致している様に思います。
ここで喜び勇んで「紅キーツ=キーツ」と結論づけたいところですが、「玉井郷農會」のサイトの「品種介紹(品種紹介)」のページには「紅凱特(紅キーツ)」という品種が紹介されています(図2)。
西暦1986年頃、台南県玉井郷において果樹農家の果樹園内で、実生で育成した樹の果実が大きく、果皮が赤色を呈し、果実は円形で、キーツに似ていたので「紅凱特(紅キーツ)」と呼ばれた。 (ねこがため 訳) |
説明文中の「繊維が粗い」は、私が知る日本で栽培されている「紅キーツ」には当てはまりませんので別品種だと思います。
ただし、新たに台湾から「紅キーツ」の苗を導入しようとした人が、この品種の穂木や苗を導入していないとは言い切れません。
また、アーウィンを母本、キーツを父本の掛け合わせで育成された「金興」等も「紅キーツ」の名前で流通しそうな気がします。
この様に、隊長が導入した「玉文5号」を起源とした「紅キーツ」のみが流通しているのであれば、それは「玉文5号」である可能性が高いと思います。
しかし、台湾から「玉文5号」以外の「紅キーツ」と称した苗木が導入されていないとは言い切れません。
そのため、「日本で「紅キーツ」と呼ばれているものには「玉文5号」が含まれている(玉文5号⊆紅キーツ)」としか言えないと思います。
今後の課題として、
(1)品種の系統分類学的研究で「紅キーツ」を扱う際は、「玉文5号」を供試品種に加え同一のものか否かを確認する。
(2)(1)を行う際は、公の研究機関や大学等で保管されている「紅キーツ」を供試する(もしくは来歴を確認する)。
(3)(2)が「玉文5号」と同一とあると結論づけられた場合は、それ以後は「玉文5号」と名称を改める。
(4)「紅キーツ≠キーツ」である旨を流通段階で行政や出荷団体が指導する。
(5)「紅キーツ」という名称を残したいのであれば、「紅キーツ®玉文5号」の様に品種名を明記する。
といった真実を追究し、誤解を広げない様にすることが必要だと思います。
蛇足として、「キーツ」は果皮が緑色(一部にピンク色がのる)と考えられていますが、果実によっては果皮色がやや赤くなるものがあります(写真2)。
写真2:緑のキーツ(左)と紅がのったキーツ(右)
また、台湾やオーストラリアでは「キーツ」は果皮が赤くなる(全体が真っ赤という意味ではないと思いますが)と考えられている様です。
果皮が赤いからといって「キーツ」ではないと言い切るのも早計なのかもしれません。
○参考文献
・「SSRマーカーを用いた“紅キーツ”を含むマンゴー品種群の遺伝的類縁関係の調査」.2009.狭間英信・本勝千歳・湯地健一・Ian Bally・米森敬三.熱帯農業研究;第2巻別号2;p.17-18.日本熱帯農業学会.
・「沖縄に古くからあるマンゴーの遺伝的多様性」.2009.上田祐未・山中愼介・樋口浩和・縄田栄治.熱帯農業研究;第2巻別号 2;p.15-16.日本熱帯農業学会.
・「芒果種原親縁関係之研究」.2009.李文立・邱國棟・翁一司.台灣農業研究;58(4);p.243-253.行政院農業委員會農業試驗所(PDF:1556KB)
○参考サイト
・「行政院農業委員會農業試驗所」
・「玉井郷農會」
「紅キーツとは何だ?」は、紅キーツを語る上で「キーツとは別品種なんだよ。何故なら・・・」という前提条件が共有できる様に書きました。
その上で、マンゴーの味のバラツキの話をすると、アーウィンでもキーツでも産地によって味の違いがある気がします。
と言うか、産地により味の個性がある気がします。
よく言われるのが、pHが低めの土地(国頭マージ)ではコクが出て、pHが高めの土地(島尻マージに客土)ではアッサリ風味です。
これは、味を糖度(Brix)だけで見ても反映されない様です。
これとは別に、同じ畑でも樹によって甘い樹、味が薄い樹なんてのもある気がします。
これは大抵、上記の産地の個性を踏まえた上での味の変化みたいです。
こちらは糖度(Brix)が反映され、数値的に表すことができそうです。
同地域の畑による違いもよく似た感じです。
味を良くする工夫は、ここがポイントかと思います。
そして、品種による味のバラツキ具合というのがあります。
これは、アーウィンとキーツの味が違うよ、とか言う基本的な話ではなく、同じ品種、同じ樹内、同じ収穫時期でも味(糖度や香り)のバラツキが大きい品種とそうでない品種があるということです。
紅キーツ®玉文5号は、このバラツキが大きい品種だと思います。
特に大玉は、甘いものと、淡いものが両極端です。
また、大玉のマンゴーは、この品種に限らず、同じ果実内でも味(熟度)のバラツキも大きくなる様です。
ただし、ヤニ臭さは少ない品種なので、ハズレを引いても味が淡いだけです(果肉崩壊症というハズレもありますが)。
それでも、マンゴーを作り込んでいる人(または食べ込んでいる人)ほど、この味のバラツキは気になると思います。