あんまり間延びしてしまってもどうかと思いました。
実はこの記事、前回の訪中のあとに書き始めて
アップするかしないか、語句はこれでよいかと
悩みに悩んんでいた記事です。
前回の訪中の記事で、今日カラオケでチョイスするなら
22歳の別れ
遠くで汽笛を聞きながら
わたし祈ってます
と書きましたが、それが昆山を離れる時の気持ちでした。

きょぉぉだけぇ~

(T_T)

ながすぎたはると、いえるぅだけですぅ~

(T_T)
残念ながら私には、男の子2人。私、花嫁の父になりたかった。
もし神様がいるならば、そんな私の願いをかなえるために
中国駐在の期会を与え、そしてあのヒトに会わせてくれたのかもしれません。
あのヒトは、運命の人
あのヒトは、わたしが、中国語を離せない私が
異国の街で4年半も生きていられた命の恩人
50歳になって、突然得られた娘のようです。
そのヒトが、

とついでいく、わたしにぃとぉぉって~

神様は、私に、男の子しかいない私に
花嫁の父の気分を味あわせてくれました。
いいなぁ~、やっぱり

なかぁったぁ~、こぉのぉまちでぇ~

ホントにわたし、中国で嫌なことがなかった
中国の人たちに守られていたんだなぁ

さよなら、するのは、かなしいぃものよ~

定年まで、60歳までいるはずだったのに、いるつもりだったのに
突然わがまましてしまいました。
そして、もう一つの感情も・・・それは失恋(?_?)
花嫁の父ってこんななんでしょうか
そんな2つの感情を抱えたまま、
その日・・・中国を後にしたんです。
今日は、情人節・・・
その日までこの記事をアップできなかったことも
何かの運命なのかもしれません。

わたし、いのってますぅ~

歌を利用してこんなオチャラけた記事にしてしまいました。
反省