記録的な豪雨が、九州北部と秋田県に大きな被害をもた
らした。もはや水害は地震や火災の対策と同じように、
家づくりの際には備えておくべき災害に変化してきてい
る。前編では、「豪雨に備えて家づくりが変わる」で、
豪雨の状況と建築側で可能な水害対策についてまとめた
後、水害対策の1つ、床高を上げる手法の課題を追って
滋賀県が独自に作成した「地先の安全度マップ」。洪水
被害などのリスク情報を示す、いわゆるハザードマップ
だが、大小の河川のほか、身近な下水道や農業用排水路
などの氾濫も考慮した。100年や200年に1度の確率のほ
か10年に1度の確率での被害想定情報も閲覧できるよう
にしていることが日経アーキテクチャにで紹介している
(「滋賀版・豪雨対策を見習え」2017.08.07)。
❏ 豪雨に備えて家づくりが変わる
人為的な地球温暖化(?)により、豪雨はますます常態化し、
抜本的な法体系の改変は避けられないとする<環境リスク
本位制>時代であることを、この特集記事を取り扱ってい
る※3。それによると、「九州北部豪雨」の特徴として、
❶6月下旬から7月上旬にかけて、梅雨前線や台風3号
の影響で、九州北部を中心に猛烈な雨が降った。気象庁
によると、7月5日午前0時から6日午前0時までの降水
量は、福岡県朝倉市朝倉で586.0mm、大分県日田市日田で
402.5mm、長崎県壱岐市芦辺で372.5mmなど記録的な大雨
(線上降水帯※4)であり、❷8月1日時点の福岡県の
発表では、家屋の被害は981棟。流木が家屋にぶつかるな
どして、全壊や半壊に至っていること、❸流木や土砂に
よる被害のほかに、床上や床下浸水といった豪雨による
水害も目立ち、九州北部豪雨から1カ月もたたない7月
22日から23日にかけて、秋田県で降り続いた記録的な大
雨は、横手市内などで大きな被害をもたらしている。❹
ここ数年を振り返ってもほぼ毎年のように記録的な豪雨
が水害を招いている。2015年9月に発生した関東・東北
豪雨では5日間の総雨量が関東地方で600mm、東北地方
で500mmを超え、浸水家屋が1万2000棟以上に及んだ。
16年8月には台風の豪雨が影響し、北海道では8月16日か
ら31日までの降水量が858.0mmを記録。大きな被害をも
たらした。❺国土交通省が発表した16年の水害被害額(
暫定値)――16年の台風10号と、16年6月18日から7月5日
に生じた梅雨前線に伴う豪雨――によると、被害額は全
国で約4,620億円に上わる経済的損害である。
✔ 床高上げると被害額が93%減少それでは、水害対策は❶土木事業と、❷家づくりでの対
応の選択肢が俎上する。地盤が崩れて土石流や流木を伴
ったりする大規模な水害に対しては土木事業による対応
が不可欠で、建物側での対策は難しいが、下水処理能力
を超えた集中豪雨で水が溢れる内水氾濫や、じわじわと
水位が上昇する河川氾濫などの水害に対し、建物側でも
対処すべき――気候変動で従来の想定を超えるような洪
水が起こりやすく、河川管理だけでなく都市計画や建築
レベルでの対策とも連携して水害リスク低減する必要が
ある(中村仁芝浦工業大学教授※6)――との指摘もあ
る。
✓ 基礎高を上げて床の高さを上げる方法
16年5月、「大都市近郊における河川管理と都市計画の
連携による水害リスク低減策」をまとめ、水害リスクを
低減するために、河川管理だけでなく都市計画とも連携
した実効性のある具体方策を検討し提案する。その過程
で、床高を上げる対策が水害リスクの低減に対して実効
性が高いことを示す。この研究で、ある河川地域の住宅
や事務所などの建物で床高を上げた場合、どの程度水害
被害額を低減できるのかシミュレーション。10年に1度
の確率から1000年に1度の確率までの降雨量9パターン
を用意し、それぞれ、対策していない場合と基礎高を0.5
m上げた場合、1m上げた場合の3パターン、計27パタ
ーンの年間被害額を推定。ある地区では床高を上げる対
策を講じた場合の年間被害額期待値(EAD)が93%ま
で減少する。 ただ、床高を上げるような建築的な視点で
の水害対策を進めるには、大きな課題が3つある。
✓ 被害想定を統合的に分析気候変動で従来の想定を超えるような洪水が起こりやす
くなっている。河川管理だけでなく都市計画や建築レベ
ルでの対策とも連携して水害リスクを低減の効果的な3
つの対策。
- 被害想定を統合的に分析
- 建物の対策促す規制
- 床高を上げる・バリアフリー対策の実現
ここで、❶頻度が低い大規模水害に対しては、生命を最
低限確保する観点から、浸水深よりも高い部分に居室を
設けることが目安になる。想定される浸水深が3メート
ルから4メートル程度の場合、2階の床上に水が来ない
状態、つまり、2階の床高が3メールとを超えるように
基礎高などを決めるのが目安となる。さらに、下水から
水が溢れるといった内水氾濫のハザードマップなどを活
用する。❷頻度の高い水害に対しては、1階が床上浸水
にならない程度に基礎高を上げることを基本とする。さ
らに自治体などがまとめている洪水ハザードマップの情
報を活用する。
✎ ただし、自治体が現在公表している洪水ハザードマ
ップは、特定の河川の洪水のみを対象とし、100年に1度、
あるいは200年に1度といった規模の降雨を想定している
ものが大半を占める。各自治体は2015年の水防法の改正
を受けて、想定最大規模(1000年に1度といった低頻度)
の洪水を反映したハーザードマップを作成している。
国土交通省ハザードマップポータルサイト
気候変動適応策に関する研究(中間報告):2017.08.08
✓ 建物の対策促す規制
ここで、水害対策だけを理由に床高を上げる施策などを
進めると、「堤防を整備すべきだ」「河川管理ができな
い負担を我々に押しつけるな」といった反対意見が住民
から生じかねない。水害対策以外の課題も含めて地区全
体の環境を総合的に維持・向上させられるように、自治
体が条例や地区計画制度などをうまく活用する。例えば、
床高を上げる場合、建物の高さ自体も上がることを考慮
し、日照対策と水害対策の両面から、高さ制限と床高を
上げる施策をセットで検討が必要となる。
そこで、先駆的事例として滋賀県の取り組みが紹介する。
同県では条例を使い、従来の土木中心の対策だけでなく、
土地利用規制や建築物の規制・誘導からの治水対策を進
めていることを挙げる。県は15年3月に「流域治水の推
進に関する条例」※10を制定。「河川整備などで川を安
全に“ながす”」「降った雨を“ためる”」「地域づく
りで“そなえる”」「被害を最小限に“とどめる”」と
いった4つの対策に基づいて、土木側だけでなく、建築
や都市計画側の治水対策も進める。
この情報を活用し、被害を最小限にとどめる都市政策を
実施している。例えば、10年に1度の確率で浸水深が50
センチメートル以上になる場所については、原則として
市街化区域に含めないという都市計画上のルールを制定
する。
建築規制に踏み込んだものもある。「浸水警戒区域」と
呼び、地先の安全度マップにおいて200年に1度の確率で
3メートル以上の浸水深が生じる恐れがある区域が対象。
地域住民と合意形成を図り、避難体制づくりや安全な住
まい方のルールなどを検討したうえで県が指定する区域
と定める。この区域に指定されると、建築規制がかかる。
新築時や増改築時に、想定水位以上の高さに居室や避難
空間を1つ以上確保できない建物は建てられなくなる。
2階の床が浸水しないように基礎を高くしたり、バルコ
ニーなどの避難空間を設けたりと、安全な家づくりを促
す。
滋賀県が独自に作成した「地先の安全度マップ」
浸水警戒区域に指定されると、「イメージが悪くなる」
「土地の価格が下がる」などの懸念から、住民の合意形
成は困難になりがちだ。だが、県では住民と協力して水
害に強い地域づくりの取り組みを進め、17年6月16日に
米原市村居田地区を浸水警戒区域に指定する。 このよ
うに、滋賀県はどのような洪水でも人々の命を守るだけ
でなく、床上浸水など生活再建が難しくなる被害を避け
ることを目標に掲げる。床高を上げる手法には、バリア
フリー対策の実現という課題も残されている。だがそれ
は、家づくりのプロが知恵を絞れば解決は難しくないと
むすんでいる。
【エピソード】
ブログ作成中に、台風5号による大雨の影響で8日未明、
滋賀県長浜市内を流れる姉川の水位が上がって氾濫し、
同市大井町など周辺の集落に濁流が流れ込んでいる。県
長浜土木事務所などによると、堤防は決壊していないが、
民家に床上や床下浸水の被害が出ている(アサヒ新聞デジ
タル,2017.08.08.02:52)。
【脚注及びリンク】
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