敦賀原発と浦底断層

2012年04月25日 | 防災と琵琶湖


日本原子力発電の敦賀原発2号機(福井県敦賀市、
期検査で停止中)の直下を走る断層が活断層であ
る可
能性があることが24日、経済産業省原子力安全・
保安
院の現地調査でわかった。日本原電側は断層は
動かな
いと主張してきた。国のルールは地震で動く
断層の真上
に原子炉を建ててはならないと定めてい
る。敦賀原発2
号機は廃炉となる可能性が出てきた。

日本原電によると、敦賀原発の敷地内には判明分だ
で約160の断層(破砕帯)が見つかっている。この
日は、
保安院の意見聴取会のメンバーである産業技
術総合
研究所と京大、福井大の専門家4人が調査を
実施。
1、2号機と3、4号機の建設予定地、日本
原子力研究開発機構の新型転換炉「ふげん」=廃炉
作業中=付近の6地点の斜面などを調べた。

その結果、2号機の原子炉の直下にほぼ南北に走る
断層について「地震が起きた場合、ずれる可能性が
否定できない」などの意見が相次いだ。敦賀原発の
敷地内では活断層の「浦底断層」が確認されており、
4人は、浦底断層が地震を引き起こした場合、原子
炉直下の断層も同時に動く可能性が高いとの見方で
一致した。保安院の小林勝・耐震安全審査室長は、
過去に断層が動いた可能性を指摘し「比較的新しい
時代に浦底断層に引きずられたのではないか」と話
した。 (朝日新聞デジタル 12.04.24)

【エピソード】

美浜原発からの風船、120km南東まで到達-市民
団体調査


 

【脚注及びリンク】
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1.「活断層」WEEF 12.04.25
2.「断層に「新たな連動なし」若狭湾周辺、関電
など3事業者
」福井新聞 12.02.29
3.「若狭湾周辺の津波痕跡追加調査へ 保安院、関
電などに指示
」福井新聞 12.01.26
4.「狭湾での津波跡、年内確認へ 電力3事業者、
国に実施計画提出
」福井新聞 11.11.19
5.「敦賀原発下に35キロの活断層 産総研調査、従
来は過小評価
」福井新聞 12.03.06
6.「敦賀の活断層 全原発で見直すべきだ」中日新
聞 12.04.26

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大飯原発再稼働騒動

2012年04月20日 | 文化と琵琶湖



大飯原発再稼働関連記事



【NHK世論調査結果】

 

【エピソード】

NHKの調査結果では大飯町を除き6割が再開道反
対という結果なった。妥当な結果でしょう。新年会
でも稼働慎重とやむなしとが2:1というようなこ
とだったから。中身が明確にされないと。バイオ発
電装置は間に合わないのでしょうか。それと、除洗
と使用済み燃料の処理方法を早急に幹事の方で大至
急まとめてみます(期限は4月々末目標)。


【脚注及びリンク】
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1.「大飯原発:工程表、関電の「言い値」保安院、
  判断不可能
」120410、毎日新聞

2.「関電、大飯安全対策で工程 免震事務棟設置
  など
」120410、電気新聞

3.「厳しい夏の供給、説得に課題 関電 拙速批
     判、どう払拭
」120410、産経新聞

4.「県内から不信の声/福井」120410、毎日新聞
5.「関電大飯原発以外の再稼働、今夏は困難な見
   通し
 枝野経産相」120420 ロイター
6.「大飯原発:再稼働問題 県議会全協開催、民
   主系会派も了承/福井
」120419 毎日新聞

   ア」120420 産経ニュース
9.「京都、滋賀知事が大飯原発再稼働で提言 第
   三者委設置など7項目
」120417 産経ビズ  

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大飯原発再稼働騒動

2012年04月10日 | 防災と琵琶湖

 


 

大阪市府・原発再稼働8条件

大阪府市の専門家会議「エネルギー戦略会議」は、
関西電力大飯原発3、4号機(福井県大飯町)につ
いて、政府や関電に示す再稼働に向けた8つの条件
を固めた。原子力規制体制や安全基準の全面的な見
直しを求め、原発百㌔圈の自治体との安全協定締結
も求める。

大阪府と大阪市は10日、有識者で構成する「エネル
ギー戦略会議」(座長・植田和弘京大院教授)を開
き、原子力発電所の再稼働を決める際の8
つの条件
の原案をまとめた。原発から100キロ程度の圏内で、
政府や関西電力に対し住民の同意を得て自治体との
安全協定を締結することなどを課している。同日午
後の府市統合本部(本部長・松井一郎知事)の会議
を経て、政府や関電に提言する報じた。

(1) 国民が信頼できる規制機関として(独立性が高
 い)3条委員会の規制
庁を設立すること
(2) 新体制のもとで安全基準を根本から作り直すこ
 と
(3) 新体制のもとで新たな安全基準に基づいた完全
 なストレステスト(耐性
評価)を実施すること
(4) 事故発生を前提とした防災計画と危機管理体制
 を構築すること

(5) 原発から100㌔程度の広域の住民同意を得て自
 治体との安全協定を締結
すること
(6) 使用済み核燃料の最終処理体制を確立し、その
 実現が見通せること
(7)
電力需給について徹底的に検証すること
(8) 事故収束と損害賠償など原発事故で生じる倒産
 リスクを最小化すること
 
 

滋賀県 原発の安全性検討委設置へ

福井県にある関西電力の大飯原子力発電所の運転再
開を巡る動きが活発になるなか、滋賀県の嘉田知事
は、専門家を集めた委員会を作り、原発の安全性な
どを独自に検討していくことを明らかにした。

関西電力大飯原発の運転再開を巡って、野田総理大
臣ら関係閣僚は、関西電力から提出された安全対策
の工程表が政府の新たな安全基準におおむね適合し
ていると判断し、運転再開の必要性について、週内
に最終的な判断を行うとしている。これに対し
、滋
賀県の嘉田知事は、10日の会見で、原子力やリスク
管理など幅広い分野の専門家を集めた委員会を作る
と明らかにした。

委員会では、大飯原発をはじめとする福井県にある
原発の安全性や将来的なリスクなどを独自に検討す
るということで、嘉田知事は「できるだけ速やかに
立ち上げ、大飯原発の再稼働について意見をまとめ
たい」と表明。
また、関西電力の管内では原発の運
転が再開されないと電力が不足するおそれがあると
いう政府の電力需給の見通しについて嘉田知事は「
需要は高く、供給は低く見積もるということが関西
電力や政府の去年からのやり方で信頼性に疑問が残
る。再稼働に向けたシナリオのように感じ、不満だ」
と批判しました

【エピソード】

懸案数はいくらあるのでしょうか、連関図、系統図などの
全貌が見えなませんね。それから、数値化、評語化に入
り、調整ですね。兎に角、反対のための反対でない立場
からも明確に開示していただきたですね、大至急。 

【脚注及びリンク】
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1.「大飯原発:工程表、関電の「言い値」保安院、
  判断不可能
」120410、毎日新聞

2.「関電、大飯安全対策で工程 免震事務棟設置
  など
」120410、電気新聞

3.「厳しい夏の供給、説得に課題 関電 拙速批
    判、どう払拭
」120410、産経新聞

4.「県内から不信の声/福井」120410、毎日新聞
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稲枝駅

2012年04月07日 | 湖周鉄道

 

稲枝駅は、大正9年に開設して以来、90年が経過、
駅舎の老朽化が著しく、段差も多いため、高齢者や
障害のある方々にとって利用しにくい状況だ。また、
駅の西側には、改札口がなく非常に不便であるとい
う声も多く寄せられていて、彦根市は湖東圏域の南
部の玄関口として、利用しやすい東西連絡自由通路
を備えた駅舎の改築や東西駅前広場などの整備を計
画。この駅は
滋賀県彦根市稲枝町にある、西日本旅
客鉄道(JR西日本)東海道本線の駅である。「琵琶
湖線」の愛称区間に含まれている。相対式ホーム2
面2線のホームを持つ地上駅。駅舎は京都方面行ホー
ム側にあり、米原方面行ホームへは跨線橋で連絡し
ている。なお、駅業務はジェイアール西日本交通サ
ービスに業務委託されており、彦根駅が当駅を管理
している。

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1920年7月1日  国有鉄道東海道本線の河瀬駅 - 能
        登川駅間に新設開業。客貨取扱を開始。
1963年2月1日  貨物取扱が廃止。
1987年4月1日  国鉄分割民営化により、西日本旅客
              鉄道の駅となる。
2003年11月1日 ICカードICOCA供用開始
2007年3月22日 稲枝駅改築整備促進期成同盟会設立
2008年度 稲枝駅西側地区整備基本構想策定実施
2009年度 JR稲枝駅整備基本計画策定実施
2010年度 JR稲枝駅改築等基本設計実施
2011年度 JR稲枝駅移転補償費算出業務実施
2012年度 JR西日本との基本協定締結(目標)
2015年度 JR稲枝駅舎・自由通路の供用開始(目標)
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日本鉄道株式会社の東海道線びわこ線沿線で改造整
備が遅れている2駅ある。ひとつは篠原、もうひと
つは稲枝駅だ。画一的な駅への再整備には反対だが
バリアーフリー(ユニバーサルデザイン)などの共
通・現在化などを盛り込んだ再整備とそのアクセス
周辺再整備(コミニティーバス、タクシーなど)は
必要だ。なぜこんなことを取り上げたのか?、計画
着工が3年後に延期されたという苦情?が話題にな
ったから。ということで、国鉄時代のネックレス構
想が頓挫したいまもう一度折に触れ見直してみよう。

 

 

ところで、稲枝地区の文化歴史のネット検索でのイ
メージ
は意外と少ない。 彦根市南部に位置する水
田地帯、地区
北側の東から西に向けて1級河川宇曽
川が流れ、琵琶湖に
注ぎ、地区周辺の歴史が古く、
肥田城遺跡、肥田南遺跡、
鶴田遺跡などの埋蔵文化
財包蔵地が分布し、本事業で実施
した発掘調査の結
果、弥生時代から室町時代の集落跡であ
ることが記
されているが、荒神山周辺の記述量から比べや
はり
少ない。また地場産業など紹介が少ないのは都市化
成熟度(農業地区)や後背地少なさに由来する。

駅舎

荒神山以外には肥田城址などがある。肥田城は愛智
氏の支流の高野瀬隆重により 宇曽川の左岸に築城。

永禄2年(1559)江北・浅井氏と江南・六角氏の国
境に領地をもつ肥田城主・高野瀬秀隆は小谷城の浅
井賢政(後の長政)と通じ、肥田城が浅井氏の支配
下になると、観音寺城の六角承禎は軍を起こし、宇
曽川を堰き止め肥田城を水攻めし、折りからの大雨
で堤防が決壊し水攻めは失敗に終わり、翌年六角氏
と浅井氏は肥田城の西、野良田で決戦が浅井氏が勝
利する。この時から浅井氏は娶っていた六角氏の家
臣・平井氏の女を追い返すとともに、賢政改め長政
と名乗り戦国大名への道を歩み始める。永禄11年(
1568)近江に進攻した織田信長は、元亀元年(1570)
に野洲川の下流の落窪で六角氏に勝利し、天正2年(
1574)に江南から六角氏を追放した後、肥田城には
蜂屋頼隆を入れ、城主は長谷川秀一に替わるが、秀
一は文禄の役で朝鮮で病死。肥田城は慶長年間(15
96~1615)以後廃城となったという。

【エピソード】



桜が散った5月から6月の宇曽川で小鮎釣りを楽し
むのが恒例。荒神山、県立大学、曽根沼など背景に
バーベキューを近くの湖岸で楽しむ。なんとも贅沢
な水辺環境が整っている。



【脚注及びリンク】
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1.「稲枝駅」ウィキペディア

2.「都市づくり基本方針」(全体構想)彦根市
3.「都市づくり基本方針」(地区別構想)彦根市
4.「稲枝地区まちづくり協議会
5.「稲枝駅周辺整備事業の概要
6.「都市計画決定(案)に関する資料
7.「稲枝駅周辺整備基本設計(案)」
8.「駅舎平面図
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