殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

パピやっこ

2011年05月01日 19時31分48秒 | みりこんぐらし

選挙は終わった。

対立候補を応援した、義父アツシのドヤ顔を見るのもシャクだったし

お礼廻りやギャラの支給、実家の父の命日などで外出が続いたので

さらに1週間の休みをもらった。

そして私はまた、夫の両親の食事を作る日々に戻った。


うぐいす稼業から足を洗おうと思ったのは

初黒星がついたからというだけではない。

またやると、食事作りがすっかり嫌になってしまう懸念があった。


治療食って、時間と手間と金がやたらとかかるわりに、地味な作業である。

どんなに工夫しても、おいしい!の声を聞けないのは

作り手にとって報われないものだ。

選挙のゴタゴタなんざ、かわいいもんじゃ。

これ以上外に出て、向いた仕事を楽しむと

今までの暮らしにカムバックできない恐れあり。


そんな私の葛藤など知るよしもなく、夫の両親もまた、葛藤の選挙であった。

対立候補には、昔からいがみ合っている同業者が付いており

私の応援するほうには、これまたとてつもなく仲悪い歴40年の

隣に住む爺さんが付いている。

どっちを向いても今ひとつなら、おとなしくしておればよいものを

選挙となるとじっとしていられないアツシ。


私がうぐいすをすると知った隣の爺さんは、アツシにわざわざ言いに行った。

「あんたも観念して、若い者に従うんだな!」

こんなことを平気で言う爺さんなので、アツシとは犬猿の仲なのだ。

似た者同士だからである。


この一件で噴火したアツシは、おおっぴらに対立候補を応援すると決めた。

義母ヨシコは、アツシにさんざん八つ当たりされ

舅に服従しない私の身勝手を不満に思っていた。


「気にするな、思う存分やったらいい」

気にはしないが、夫の言葉に気を良くし

私は彼に、選挙期間中の小遣いを特別支給した。

その他、急なものいりにと、3万円を引き出しに入れておく。


選挙1日目の夜、引き出しを見ると2万円になっていた。

…ものいりがあったらしい…。

2日目の夜は、1万円になっていた。

…また、ものいりがあったらしい…。


3日目は見るのを忘れ、4日目に見たら、福沢諭吉が樋口一葉になっていた。

さすがに全部無くなったらヤバいと思ったのだろう。

   「ちょっと!男が女になっとるが!」

これが今後、我が家で語り継がれる予定の“諭吉女装事件”である。


さて半月ぶりに夫の実家へ行ってみると、一匹の犬がいた。

うちの2人の息子が割り勘で、祖父母にプレゼントしたものだ。

犬種はパピヨン。

その名も安易に「パピ」。


子犬の時期を過ぎているということで

3万5千円の安値で買われた1歳のパピは

男児ながら、すでに座敷芸者として不動の地位を築いていた。

アツシもヨシコもメロメロで、選挙の確執どころではない。


パピは元気で、部屋中を飛び跳ねるように走り回る。

アツシが転んでやけどをした時だって

「肌が乾燥する」とヨシコが絶対にやめなかったストーブの上のヤカンも

最初からそんなモンは無かったかのように取り除いてある。

旦那≪お肌、お肌≪パピ。


夫一家の犬の歴史は、半世紀近い。

初代はシェパードのアレックス。

この犬は訓練に出した後、時々警察へパートに出ていたそうだ。

賢い犬は長生きしないのか、数年で死んでしまったと聞く。


次のメンバー、コリー犬のジョンの時代に、私は嫁いだ。

芝生にコリーは子供の頃からの憧れだったので

私は非常に満足したが、残念ながら結婚してすぐに死亡。


その後は柴(しば)時々雑種、所によりマルチーズが飼育された。

やがて全員死に絶え、次にやって来たのが捨て犬のポッケ。

次男と同い年の彼は、19年生きた。


ポッケが死んで以来6年…

「死んだら悲しいし、旅行の時に困るから、もう絶対に犬は飼わない」

両親は口癖のように言っていた。

しかし現在、病気のために旅行どころではなくなり

パピの死に遭遇するまで生きられるかも、怪しくなってきた。

死と旅行…ペットにまつわる彼らの心配は、もはや無くなったのだ。

グッドタイミングというか、ペットタイミングである。


気持ちだけは、すっかり元気になった両親。

アツシはパピを連れて、散歩をするのが楽しみになった。

ヨシコも生活にハリができたのか、往年の美貌を取り戻した感すらある。

それをながめる私もまた、穏やかで幸福な気持ちになる。
コメント (34)
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