先週のこと。
取引先に、現場作業の短期アルバイトを紹介することになった。
夫は「安子さんに話してみろ」と言う。
40代の安子さんは私の知人。
ご主人は若い頃から仕事が続かず、無職歴5年だ。
最後に就いた建設作業員の仕事で、うちの夫とも顔見知りになった。
今は事務職の安子さんの収入で生活している。
子供達がすでに独立しているのが救いである。
さっそく電話すると、安子さんはとても喜んでくれた。
「短期で悪いけど、軽作業だし、体慣らしのつもりで気楽に考えてみて」
「ありがとう!
すぐ旦那に聞いて、折り返し電話しま~す!」
だがそれっきり、待てど暮らせどその日は電話が無かった。
「どこまで折り返してるのかね。
もめてなきゃいいけど…」
「だめなら次の人が待ってる」
無職が長い男の人って、必死なのは奧さんだけで
本人には、あんまりその気が無いことが多い。
仕事の話が来ると、奧さんがどうしてもヤイヤイ言っちゃうので
喧嘩になることもしばしばあるのだ。
翌日の日曜日、やっぱり返事は無い。
休日は遅くまで寝ていると聞いていたので、昼になるのを待って
携帯に何度か電話してみるが、安子さんは出ない。
あれほど「旦那の仕事が、仕事が…」と悩み苦しみ
ご主人を自分の扶養に入れたら、甘えてますます働かなくなるからと
損を承知でご主人の国民保険料を支払っていた、あの安子さんが…。
「ヒロシ君…こりゃ、血の雨が降ってるかもよ」
「知るか」
午後、安子さんからやっと電話が…無事で良かった。
「ごめんね~!旦那が、返事は明日でいいって言うから。
行ってもいいと言ってるよ」
なぜにあんたの旦那が明日と決める…
なぜにこういう時だけ従順な妻を装う…
なぜに行ってもいいと斜に構える…
なぜにそれをそのまま伝える…
ちょっとしたことで、すごく損をしていると思うが
こういう家庭に無職の悩みが舞い降りるのは、よくあることだ。
「じゃ、明日10時にうちの旦那の所へ来てもらえる?
向こうの人を呼んで、打ち合わせするから」
「明日は行くだけで、日当は出ないってこと?」
「そうね」
「短期なのに、ご丁寧だこと。
働き始めたら、昼はお弁当よね。
何年も作ってないから、かったるいな~」
「コンビニで買って行けばいいじゃん」
「買うとなると千円は渡さないといけないし、早目に起こさないといけないし…」
「ご面倒でしょうが、よろしくお願いします」
ここらへんは、ほとんどイヤミである。
翌日の夕方、帰宅した夫は機嫌が悪かった。
「あの旦那、約束の時間に遅れて来たんだぜ」
そこへ安子さんから電話。
「仕事の開始日は、また連絡すると言われたらしいけど
うちの旦那、嫌われてやんわり断られたのかもって、落ち込んでるの。
何かあったのかしら」
「数日のうちに始まるのは確かよ…大丈夫よ」
「な~んかアバウトよね」
嫌ならやめとけ…と言いたいけど、プータロー生活も長くなると
本人も、生活の面倒をみる奧さんも
社会的な勘が鈍るのかもしれないと思い、ぐっとこらえる。
人の世話というのは、忍耐無くしてはできないものだ。
後で夫が言う。
「挨拶より先に、なんて言ったと思う?
僕は大卒なんですが日当はいくらですかって聞いたんだぜ」
「うう…」
日当は1万円と安子さんに伝えていたが、ご主人に伝わらなかったのか
金額が気に入らなかったのか、とにかくそう言ったので
相手は顔をしかめたそうだ。
安子さんのご主人は、それを気に病んでいたのだろう。
どこでもそうだろうが、特にガテン業界では
お金と学歴の話を早々に出すと、まず嫌われる。
数日後、出勤日が決まったので、安子さんに電話した。
「面接の時、長靴がいるって言われたそうなの。
うちにあるのは穴が開いてるんだ。
みりこんさんとこに、無い?」
「うち、長靴使わない仕事だもん。
千円か二千円じゃないの…ハダシってわけにいかないんだから
買ってやりなさいよ」
「金額じゃないのよ、金額じゃ。
たったひと月やそこらの仕事で、長靴買わされるってのが、なんだかねえ…。
身銭を切るこっちの身にもなって欲しいわ」
「たいていの仕事は、身ひとつじゃできないわよ」
「ふぅ…働くなら働くで、ものいりよね」
安子さんは、大きな溜息をついた。
溜息つきたいのはこっちだわい。
ぬか喜びになると気の毒なので、安子さん夫妻には言わなかったが
このアルバイトの先には、正社員の道があった。
経験者なら年齢は問わないと聞いて
夫は、うちに来て愚痴をこぼしていた安子さんを思い出したのだ。
新調した長靴は、早晩、元を取るはずだった。
年齢を問わない分、性格は問われる。
とりわけ好かれなくてもいいが、雇う側に嫌われてしまったら
道は閉ざされる。
夫はしみじみとつぶやいた。
「このままじゃ嫌とか言いながら、このままでいい人って、いるよな」
「どんな仕事でもいいとは言ってたけど
ガテンじゃ気に入らなかったのかもよ。
余計なことしたうちらがバカってことで」
チャンスは、こうして知らないうちに消えることもあるらしい。
取引先に、現場作業の短期アルバイトを紹介することになった。
夫は「安子さんに話してみろ」と言う。
40代の安子さんは私の知人。
ご主人は若い頃から仕事が続かず、無職歴5年だ。
最後に就いた建設作業員の仕事で、うちの夫とも顔見知りになった。
今は事務職の安子さんの収入で生活している。
子供達がすでに独立しているのが救いである。
さっそく電話すると、安子さんはとても喜んでくれた。
「短期で悪いけど、軽作業だし、体慣らしのつもりで気楽に考えてみて」
「ありがとう!
すぐ旦那に聞いて、折り返し電話しま~す!」
だがそれっきり、待てど暮らせどその日は電話が無かった。
「どこまで折り返してるのかね。
もめてなきゃいいけど…」
「だめなら次の人が待ってる」
無職が長い男の人って、必死なのは奧さんだけで
本人には、あんまりその気が無いことが多い。
仕事の話が来ると、奧さんがどうしてもヤイヤイ言っちゃうので
喧嘩になることもしばしばあるのだ。
翌日の日曜日、やっぱり返事は無い。
休日は遅くまで寝ていると聞いていたので、昼になるのを待って
携帯に何度か電話してみるが、安子さんは出ない。
あれほど「旦那の仕事が、仕事が…」と悩み苦しみ
ご主人を自分の扶養に入れたら、甘えてますます働かなくなるからと
損を承知でご主人の国民保険料を支払っていた、あの安子さんが…。
「ヒロシ君…こりゃ、血の雨が降ってるかもよ」
「知るか」
午後、安子さんからやっと電話が…無事で良かった。
「ごめんね~!旦那が、返事は明日でいいって言うから。
行ってもいいと言ってるよ」
なぜにあんたの旦那が明日と決める…
なぜにこういう時だけ従順な妻を装う…
なぜに行ってもいいと斜に構える…
なぜにそれをそのまま伝える…
ちょっとしたことで、すごく損をしていると思うが
こういう家庭に無職の悩みが舞い降りるのは、よくあることだ。
「じゃ、明日10時にうちの旦那の所へ来てもらえる?
向こうの人を呼んで、打ち合わせするから」
「明日は行くだけで、日当は出ないってこと?」
「そうね」
「短期なのに、ご丁寧だこと。
働き始めたら、昼はお弁当よね。
何年も作ってないから、かったるいな~」
「コンビニで買って行けばいいじゃん」
「買うとなると千円は渡さないといけないし、早目に起こさないといけないし…」
「ご面倒でしょうが、よろしくお願いします」
ここらへんは、ほとんどイヤミである。
翌日の夕方、帰宅した夫は機嫌が悪かった。
「あの旦那、約束の時間に遅れて来たんだぜ」
そこへ安子さんから電話。
「仕事の開始日は、また連絡すると言われたらしいけど
うちの旦那、嫌われてやんわり断られたのかもって、落ち込んでるの。
何かあったのかしら」
「数日のうちに始まるのは確かよ…大丈夫よ」
「な~んかアバウトよね」
嫌ならやめとけ…と言いたいけど、プータロー生活も長くなると
本人も、生活の面倒をみる奧さんも
社会的な勘が鈍るのかもしれないと思い、ぐっとこらえる。
人の世話というのは、忍耐無くしてはできないものだ。
後で夫が言う。
「挨拶より先に、なんて言ったと思う?
僕は大卒なんですが日当はいくらですかって聞いたんだぜ」
「うう…」
日当は1万円と安子さんに伝えていたが、ご主人に伝わらなかったのか
金額が気に入らなかったのか、とにかくそう言ったので
相手は顔をしかめたそうだ。
安子さんのご主人は、それを気に病んでいたのだろう。
どこでもそうだろうが、特にガテン業界では
お金と学歴の話を早々に出すと、まず嫌われる。
数日後、出勤日が決まったので、安子さんに電話した。
「面接の時、長靴がいるって言われたそうなの。
うちにあるのは穴が開いてるんだ。
みりこんさんとこに、無い?」
「うち、長靴使わない仕事だもん。
千円か二千円じゃないの…ハダシってわけにいかないんだから
買ってやりなさいよ」
「金額じゃないのよ、金額じゃ。
たったひと月やそこらの仕事で、長靴買わされるってのが、なんだかねえ…。
身銭を切るこっちの身にもなって欲しいわ」
「たいていの仕事は、身ひとつじゃできないわよ」
「ふぅ…働くなら働くで、ものいりよね」
安子さんは、大きな溜息をついた。
溜息つきたいのはこっちだわい。
ぬか喜びになると気の毒なので、安子さん夫妻には言わなかったが
このアルバイトの先には、正社員の道があった。
経験者なら年齢は問わないと聞いて
夫は、うちに来て愚痴をこぼしていた安子さんを思い出したのだ。
新調した長靴は、早晩、元を取るはずだった。
年齢を問わない分、性格は問われる。
とりわけ好かれなくてもいいが、雇う側に嫌われてしまったら
道は閉ざされる。
夫はしみじみとつぶやいた。
「このままじゃ嫌とか言いながら、このままでいい人って、いるよな」
「どんな仕事でもいいとは言ってたけど
ガテンじゃ気に入らなかったのかもよ。
余計なことしたうちらがバカってことで」
チャンスは、こうして知らないうちに消えることもあるらしい。