殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

2018年04月03日 19時41分48秒 | みりこんぐらし
所属する小学校の同窓会で

会計係を請け負って7〜8年になるだろうか。

会長以下、三役の任期は3年なので

本当ならとうに終わっているはずである。

もちろん私もそのつもりだったが、年を重ねるにつれ

会計にとって一番必要なのは『暇』だと知った。


この仕事自体は、チョロい。

会社の会計と違って間違えても困らないし

自治会の会計みたいに

「自分の方が数字に詳しい」とアピールしたがるバカから

つまらぬ物言いがつくこともないので気楽だ。


けれども同窓会の会計は、実務だけではない。

60才も近くなると、親がバタバタと亡くなる。

そのたびに同窓会からの香典を用意して駆けつけるのは

暇でなければできない。

仕事で行けないからと、誰かに頼んでことづけたり

立て替えてもらうとなると、それはそれでお互いに消耗する。


葬式だけでなく、さまざまな連絡を取る場合も同じく。

いつ電話しても話ができる態勢というのは

仕事を持っている人には難しいが

時たま夫の会社の事務、あとさき主婦の私にはそれができる。


皆には無くて私にはある『暇』‥

1円にもならないと思っていた『暇』‥

それが役に立つのだから、まんざらでもない。

他の皆も便利だったらしく

役員の中で会計のみが改選されないまま何年も経った。

このまま来年の解散まで続行するらしい。


楽しく会計の仕事に取り組む私だが、唯一苦手なものがある。

そやつの名は、くらたストア(仮名)。

地元の八百屋である。


同級生の親が死ぬたびに、私はここへ電話をしなければならない。

同窓会から贈る供物の手配である。

親が亡くなると、2万円の香典と1万円の果物かごを贈るのが

我ら同窓会の決まりなのだ。

香典だけの学年もあるし、何もしない学年もある。

香典と果物かごを贈るのは、おそらく我々だけだと思う。


葬儀用の果物かごを扱う店は、町でただ一軒しかない。

果物を大きな盛り籠に飾りつけるには、それなりの在庫が必要だし

葬儀場まで配達するには人手がいるしで

よその店は面倒くさがってやめてしまったからだ。


葬儀屋に頼むという手もあるが、同窓会には

「地元の商店に貢献する」というモットーがある。

同じ注文するなら、経営者が時々変わる葬儀屋より

古くからある、くらたストアにしてもらいたいというのが

地元で暮らすメンバーの希望。

だから、くらたストアに頼むしかない。


ここは親の代から八百屋。

今の店主は、私が子供の頃

お母さんの背中におぶわれた赤ん坊だった。

愛想が良くて働き者だった親が亡くなり、跡を継いだ長男は

商売っ気のカケラも無く、電話をかけるたびに砂を噛む。


「はい‥」

不機嫌な声で電話に出るのは、たいてい昼あんどんの女房。

店の名前を名乗ることはしない。

亭主が昼あんどんなら、女房も輪をかけた昼あんどんなのだ。


私のかけた電話は女房から店員、店員から店主へとリレーされる。

やっと注文ができると思いきや

店主は女房よりもさらに不機嫌で、知らない人間を大いに怪しむ。

同じ町内にある実家の苗字を言えば

向こうは安心するのかもしれないが、私にも意地がある。

ことあるごとに実家の苗字を名乗り、優遇を求めてきた小姑を

37年に渡って見てきた身の上としては、死んでも名乗らないもんね。


「お葬式の果物かごをお願いしたいんですが

明日の晩6時までに、◯◯会館へ配達していただけますか?」

「はあ‥」

「名札には△△会と書いてください」

「えっ?△△会‥?」

暴力団か何かと思うのか、ますます怪しんで沈黙。

「同窓会の名前です」

「どんな字ですか‥」

私は漢字を一文字ずつ説明し

同窓会発足以来、決まっている支払いの方法を伝える。

「はあ‥」

わかったのやら、わからないのやら。

通夜に行くとちゃんと届いているので、わかっているみたい。


年に7〜8回、多い時は月に2回注文するが、毎回同じやり取り。

信じられないかもしれないけど、本当だ。

急な電話で果物かごを作らされる店主の気持ちは

同じ商売人として理解しているつもりだが

ナンボ私が暇でも、ほとほと嫌気がさす。

同級生の親の訃報を聞くと、ゲンナリしてしまう私よ。



そして去年、地元で夏祭が行われる日に同級生の親が急死。

お祭なので、家族が遠方から集まっていたため

その日のうちに通夜をすることに決まった。


夕方連絡を受けた私は、急いでくらたストアに電話をした。

店主、いつもにも増して強い抵抗をみせる。

「え〜?これから店を閉めて祭に行くんですよ‥」

この昼あんどん、町内では有名な祭好きなのだ。

「そこをどうにか」

「いや、もう出かけるから無理」


わかりました‥と私は言った。

「じゃ、けっこうです。

出がけにすみませんでしたね」

果物かごが間に合わなければ、その分を香典に上乗せすればいい。

消費税の分、支出が減る。


電話を切ろうとすると、くらたストアが言った。

「明日なら、いいですよ?」

「え〜?明日?

お通夜に間に合わないんだったら、けっこうです。

無理をお願いしてすみませんでした」

「明日、持って行きますから」

「けっこうです」

今度は立場が逆転。


「じゃあ今晩、遅くなってもいいんなら持って行きます」

「大事なお祭が楽しめないでしょ?いいです、いいです」

「じゃあ、これから‥」

やろうと思えばできるらしい。


「せっかくのお祭なんだから

縁起の悪い所へ出入りしない方がいいですよ」

「いや、ぜひ!」

結局この時は私が折れ

翌日の葬儀に間に合わせることで話がついた。

その後はもちろん、同窓会の名前を言って沈黙され

漢字を説明する、いつものパターン。


以後は独断で、私の住む町にある懇意な八百屋に変更。

ツーと言えばカー、迅速丁寧、集金も家に来てくれるので助かる。

うるさい面々からクレームがつくかと思っていたが

果物かごが以前より豪華になったために不問となり

ホッとしている。
コメント (16)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする