殿は今夜もご乱心

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5人組と寺

2018年06月17日 10時09分49秒 | みりこんぐらし
先日、同級生ユリちゃんの実家で行われたお祭の手伝いをした。

彼女の実家はお寺。

ユリ寺で催すこのお祭は、私たちが生まれた頃にはすでにあった。

仲良しの同級生マミちゃん、けいちゃん、モンちゃん、私の4人は

これまで祭を楽しむ側だったが

お手伝いの檀家が激減した今年から、楽しませる側に転向したのだった。


我ら4人の仕事は、主に台所仕事。

祭を手伝う人々の食事を作り、給仕を行う。

地元の商工会や観光協会の青年部に出す食事は

昼と夜とで、のべ100人分ほどだろうか。


メニューは鶏のから揚げ、マカロニサラダ、キュウリとワカメの酢の物

ヒジキの煮物、味噌汁など。

夕食は仕出しの弁当に、これらの残りを添える。

病院の厨房で働くけいちゃん、同僚だった私

それに旅館の娘モンちゃんにかかれば、これくらいは簡単だ。

ただし、自由にやらせてもらえればの話。


そう、お寺では檀家が一番偉い。

我らは初心者にして部外者という身の上であるから

シモジモとして、かしづかなければならない。

檀家様に失礼があってはならないのだ。

些細な食い違いで檀家の機嫌を損ねるのも怖いが

我々が気を悪くして、友情にヒビが入るのも困る‥

ユリちゃんはこの点を密かに心配していた。


けれども、それは杞憂であった。

当日の朝、ユリ寺の台所へ行ってみると

すでに仕事に取りかかっていた2人の檀家は、どちらもユリちゃんの伯母。

80代の彼女たちと私は、面識があった。

1人は中学のブラスバンドで後輩だった子のお母さんだ。

欠席の連絡が相次ぎ、残ったのがこの2人の身内らしい。


2人は檀家というよりも、ユリちゃんの伯母として我々を歓迎してくれ

和気あいあいとした雰囲気で、料理や給仕は進んだ。

が、ユリちゃんはまだ心配な様子で

会場セッティングの合間に、たびたび台所をのぞきに来る。

何がそんなに心配なのか、私にはわからなかった。


そのうち檀家のおばさんの娘や

手の空いたユリちゃんの兄嫁とその娘も手伝い始めた。

どんな場面の台所でも、人数が増えてくると出現するのは「かまど女」。

火のそばを離れない妖怪である。

煮炊きにかかわっていると、動かなくていいからだ。


ただしこの役は身体が楽な分、難しい。

味付けの責任も生じるが、的確かつ和やかな指示で

台所の司令塔となる経験と実力もさることながら

主催者により近いという高度な身分が必要。

これらの条件が揃わず、かといってやるべきことを見つける気働きも無いまま

とりあえず火のそばに立つことで

いっぱし働いたような気になっているのが妖怪かまど女である。


集まって料理をしたところ、何だかずっとゴタゴタ、バタバタして疲れちゃた‥

という場合は、たいてい妖怪かまど女が出現している。

善意の人間に食材を集めさせ、洗わせ、切らせて下ごしらえをさせ

ご当人は火のそばで待つだけなので、周りが忙しくなるのだ。

機会があったら観察してみるといい。

面白くもない集まりが、多少楽しくなる。


今回は残念ながら、我々の一味であるマミちゃんが、かまど女に変身。

どちらかといえばトロいので仕方のない面もあるが

遅く来たマミちゃんが変身する頃には、料理はほぼ出来上がりつつあったので

どうということもなかった。


そのうち私は手の足りない本堂の掃除に回る。

ユリちゃん、本当はお掃除係が欲しかったのだ。

料理は頼みやすいが掃除となると、下働き臭が漂って言い出しにくいものだ。


サッシを外して祭仕様にした本堂の掃除は、ものすごくしんどかった。

お手伝いの女性たちは台所に張り付いて誰も来ないので

私一人だったからだ。

これに備え、汗をかいたら次々と脱皮できる服装で臨んだものの

アセモができて、後から少し後悔した。


やがて夕方になり、祭が始まった。

町民が続々と集まってお寺は賑やかになり、台所は俄然忙しくなった。

ユリちゃんの心配は、さらに増している様子だ。


理由をたずねようとしたところで、ふと思い当たる。

さっきから、何で急に忙しくなったのか、疑問に思っていた。

忙しくなったのは、一人の女性が台所に出入りするようになってからだ。

その人の名は美和子ちゃん。

江戸時代から、ユリ寺の総代をつとめる旧家の長女である。


美和子ちゃんは二つ年上で、中学のブラスバンドの先輩。

しかも彼女の弟は我々の同級生。

お互いにまんざら知らない仲ではないという間柄だ。

しかし中学で見ていた、おっとり美人の美和子ちゃんと

その日、何十年ぶりにお寺で会った美和子ちゃんは別人のようだった。


彼女は総代の娘として、夕食に配る弁当を受け持っていた。

台所脇の座敷に置かれた弁当と、名簿を照らし合わせ

一個でもミスが生じないようにしたいらしかった。

が、ご自分は名簿を片手に名前を叫ぶのみで

一個一個、宛て名が書かれた弁当を探し出して運ぶのは台所の人たち。

美和子ちゃんは弁当の受け渡しが終わると、名簿に赤ペンでチェックを入れる。


美和子ちゃん、そこまで綿密にやりながら

やっぱりおトシなのか、名簿と弁当の数がどんどん合わなくなる。

すると美和子ちゃんは、キーキー怒るのだった。

キーキー言いながら、他の仕事にも口を挟んで引っかき回す。

それが彼女の癖らしかった。


ついにラスボス、登場。

ユリちゃんが本当に心配していたのは、これだった。


弁当に振り回されるうち

クジ引きの受付を交代してほしいと要請があったのでホイホイと抜ける。

面倒くさくなるとすぐ別の所へ逃げてしまう

私のような「フケ女」も、かまど女といい勝負だ。


ちなみにクジ引きは、この祭の名物。

祭が近づくと、500円の寄付につき1枚のクジがもらえる。

景品は電化製品や自転車を始め、雑貨や食品など多種多様。

町民はそのクジを引きに、祭を訪れるのだ。


私は水を得た魚のごとく、受付に没頭。

お手伝いのご褒美に、私もクジを1枚もらって引いた。

この間、さんざん悪口を言った天罰なのか、当たったのは日清製粉の小麦粉。

ガビ〜ン!!


祭は終わり、後片付けの後は打ち上げ。

台所に戻ると、何やらいや〜な雰囲気が漂っている。

「間に合わないじゃないのっ!」

打ち上げのモツ鍋に使う湯が沸いてないことを

ラスボスから厳しく責められている台所要員一同。

祭の主催者はユリちゃん夫婦だが、打ち上げの主催者は美和子ちゃんなのだ。


家庭用のコンロなので、何十人分もの大量の湯はなかなか沸かない。

マミちゃんをかまど女にしたまま放置したからだ。

「モツ鍋用の湯を早めに沸かしておこう」

なんて、思いつくわけがない。


深夜11時、解放された我々は家路につく。

私がクジ引きへ逃げている間に色々あったらしく、皆は口を揃えて言った。

「何?あの美和子さんて人!」

「命令ばっかりして、勝手にヒステリー起こして!」

「人をアゴで使って、腹立つわ〜!」

皆は口々に怒りをぶちまける。


ラスボス美和子のような女性

私の生活圏内にはゴロゴロいるので珍しくもないが

いち早く逃げた身で、余計なことは言わないに限る。

「ごめんね〜、大変だったね」とねぎらう私だった。
コメント (10)
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