今回、町の反応はすこぶる良好。
前回や前々回と違い、手を振ってくれる人がとても多い。
これは、引退議員たちの力添えのお陰なのか。
それとも晴れて暖かい日が続き、人々が開放的な気分になっているからか。
私は測りかねていた。
感覚のほうは、もちろん後者だと主張している。
しかし、候補史上最低記録を更新した前回より
一票でも多い得票を願う私にとって、引退議員たちの介入はかすかなプラス材料。
ナンボあてにならないとはいえ、あの人たちにもプライドはあろうから
少しは増えてもいいんじゃないか…
そんな思いを捨てきれずにいた。
が、柿で確信。
やっぱりアレらを信じてはいけない。
“落選は無いけどビリ争いは確定”という前評判通りになるのは、間違いない。
それでもあわよくば、あのS氏より上の得票という願望はあった。
しかし、それも諦めざるを得ない。
S氏には元県議が二人、元市議が一人付いている。
どの人も引退してかなりの年月が経っているため、忘れ去られた化石ではあるが
化石県議の一人は会社を持っているので、少ないながらも組織票が狙え
化石市議の方は、ある政党の公認候補だったので、一定数の得票は確保できる。
うちの候補に付いた引退議員たちよりも、確実な票があると踏んでよかろう。
選挙戦も終盤、もはや何をしても無理だと判断した私は
誤解を恐れずに言えば、この選挙を捨てた。
候補はまだ40代、先は長い。
今回の選挙結果は、幾多の戦歴の中の一つとして過去に埋もれさせる。
大事なのは、4年後だ。
このまま得票数を下げて、いつかは落選、失職の憂き目に遭うより
先を見据えた動きを考えよう…。
というわけで、私はウグイスのやり方を変えた。
やりたいことを思い切りやって世間の反応をうかがい、4年後に活かすのだ。
言うなればこれは、効率の良い活動を模索する実験だった。
ちなみに私は今回を最後に引退するつもりなので、4年後のことは知ら〜ん。
そういうわけで、まず一つ目の実験。
ナミとの交代を頻繁に行うことにする。
これは、ナミが私に従順だからできる作戦。
ウグイスとして一家言ある相手だと
簡単に言うことを聞かなくて喧嘩になるだろうから無理である。
例えば住宅街では、ナミ。
声が柔らかくて耳心地が良いため、ブロック塀に反響しても騒音にならず感じがいい。
それから郊外の盆地も彼女の出番だ。
伸びやかなソプラノが山に反響し、周辺の家々に響き渡るので
わざわざ人家のまばらな所を隅々まで回らなくてもよく聞こえる。
かたや私は商店、会社、工場担当。
選挙カーがそんな場所に近づいたら、ナミからマイクを奪い取る。
都会と実家を行き来するナミと違って、完全な地元民なので
店や事務所の中から手を振る人の立場がわかる。
経営者という人種は気位が高い。
通行人と同じ扱いでは気に入らないので、社長様、専務様…などと役職を付けてお礼を言うのだ。
それから幹線道路や、広い農業地帯。
私の声質はマイクを通すとビンビン響くので、遠くまで聞こえる。
あとは敵陣周辺。
議員というのは、精神的にきつい仕事だ。
気の置けない同僚なんてのは、一人もいないぞ。
表向きは笑顔でも、嘘や裏切りなんて日常、腹の探り合い、足の引っ張り合い
罠のかけ合い、悪口の言い合い…これが普通。
職場の人間関係に悩む人は、一度、議員をやってみるといい。
その中でも特に、市の将来的ビジョンの違いや過去の確執によって
お互いに敵対心がむき出しになる相手が複数いる。
そのような所だと、ナミは精神的プレッシャーからあんまりしゃべれない。
図々しい私の出番というわけだ。
とはいえ、余計なことを言って喧嘩を売るのではない。
「あんなにデカい声のウグイスじゃあ、こっちが弱々しく聞こえるじゃないか」
そう迷惑がられることが大事。
終盤になり、どこのウグイスも疲れて声量がダウンする中
「まだ元気だぞ〜!」
というアピールは、相手をイラつかせる。
それでどうなるということもないが、せめてもの抵抗というやつよ。
つまり「弱い」と表現されるナミのウグイスと、「強い」と表現される私のウグイスを
場所によってコロコロと使い分け、効率化を図るのだ。
ナミはそれを「姐さんのプロデュース」と喜んで、素直に従う。
時間で交代するのでなく、場面に合わせて頻繁に交代すると
ナミはゲーム感覚でよく働くのだった。
どうやら彼女は、自分がマイクを持つと
彼女が勝手に決めている15分の制限時間が経過するまで
交代してもらえないという重圧を感じるらしい。
ウグイスチームで刷り込まれたのだろう。
それが5分や10分足らずでしょっちゅう交代するようになると
15分の呪縛から解き放たれる様子。
限界の15分が近づくと、早く交代したくて恐ろしく早口になり
挙句は噛んで落ち込むために交代せざるを得ないという悪循環も無くなった。
この作戦はまた、誰よりも美しい声と発音を持つナミを活用する手段でもあった。
「せっかく良いセリフをたくさん持っとるのに
早口で飛ばしたら、撃つ弾が無くなってもったいないよ。
ゆっくり、ゆっくりね」
たびたび言ってやると、格段に良くなった。
結局、それぞれの仕事時間を合計すると同じぐらいか
むしろナミがしゃべっている方が長くなったかもしれない。
彼女と一緒に仕事をするようになって8年、3回目の選挙で初めて
労働時間ヒフティ・ヒフティの目標は達成された。
そのため、疲労の度合いもかなり違うようだ。
最終日まで、この手で行くことにする。
頻繁な交代実験に加えて行った二つ目の実験は、セリフの変更。
いっぺん通りのご挨拶やお願いは、こういうのが上手いナミに任せて
こっちは自己主張オンリーにする。
私は元々、自己主張が強めのウグイスだが、それをますます前面に押し出す。
自己主張といっても、自分を主張するわけではない。
そんなウグイスがいたら、困るじゃないか。
あくまで候補本人の言いたいことを代弁する形である。
夕食の弁当。
この日も美味かった…多分。
ほとんど食べられないのが、いつも残念よ。
活動の様子を撮影してお目にかけたいのは山々だけど、時間が取れない。
弁当で勘弁してちょ。
《続く》
前回や前々回と違い、手を振ってくれる人がとても多い。
これは、引退議員たちの力添えのお陰なのか。
それとも晴れて暖かい日が続き、人々が開放的な気分になっているからか。
私は測りかねていた。
感覚のほうは、もちろん後者だと主張している。
しかし、候補史上最低記録を更新した前回より
一票でも多い得票を願う私にとって、引退議員たちの介入はかすかなプラス材料。
ナンボあてにならないとはいえ、あの人たちにもプライドはあろうから
少しは増えてもいいんじゃないか…
そんな思いを捨てきれずにいた。
が、柿で確信。
やっぱりアレらを信じてはいけない。
“落選は無いけどビリ争いは確定”という前評判通りになるのは、間違いない。
それでもあわよくば、あのS氏より上の得票という願望はあった。
しかし、それも諦めざるを得ない。
S氏には元県議が二人、元市議が一人付いている。
どの人も引退してかなりの年月が経っているため、忘れ去られた化石ではあるが
化石県議の一人は会社を持っているので、少ないながらも組織票が狙え
化石市議の方は、ある政党の公認候補だったので、一定数の得票は確保できる。
うちの候補に付いた引退議員たちよりも、確実な票があると踏んでよかろう。
選挙戦も終盤、もはや何をしても無理だと判断した私は
誤解を恐れずに言えば、この選挙を捨てた。
候補はまだ40代、先は長い。
今回の選挙結果は、幾多の戦歴の中の一つとして過去に埋もれさせる。
大事なのは、4年後だ。
このまま得票数を下げて、いつかは落選、失職の憂き目に遭うより
先を見据えた動きを考えよう…。
というわけで、私はウグイスのやり方を変えた。
やりたいことを思い切りやって世間の反応をうかがい、4年後に活かすのだ。
言うなればこれは、効率の良い活動を模索する実験だった。
ちなみに私は今回を最後に引退するつもりなので、4年後のことは知ら〜ん。
そういうわけで、まず一つ目の実験。
ナミとの交代を頻繁に行うことにする。
これは、ナミが私に従順だからできる作戦。
ウグイスとして一家言ある相手だと
簡単に言うことを聞かなくて喧嘩になるだろうから無理である。
例えば住宅街では、ナミ。
声が柔らかくて耳心地が良いため、ブロック塀に反響しても騒音にならず感じがいい。
それから郊外の盆地も彼女の出番だ。
伸びやかなソプラノが山に反響し、周辺の家々に響き渡るので
わざわざ人家のまばらな所を隅々まで回らなくてもよく聞こえる。
かたや私は商店、会社、工場担当。
選挙カーがそんな場所に近づいたら、ナミからマイクを奪い取る。
都会と実家を行き来するナミと違って、完全な地元民なので
店や事務所の中から手を振る人の立場がわかる。
経営者という人種は気位が高い。
通行人と同じ扱いでは気に入らないので、社長様、専務様…などと役職を付けてお礼を言うのだ。
それから幹線道路や、広い農業地帯。
私の声質はマイクを通すとビンビン響くので、遠くまで聞こえる。
あとは敵陣周辺。
議員というのは、精神的にきつい仕事だ。
気の置けない同僚なんてのは、一人もいないぞ。
表向きは笑顔でも、嘘や裏切りなんて日常、腹の探り合い、足の引っ張り合い
罠のかけ合い、悪口の言い合い…これが普通。
職場の人間関係に悩む人は、一度、議員をやってみるといい。
その中でも特に、市の将来的ビジョンの違いや過去の確執によって
お互いに敵対心がむき出しになる相手が複数いる。
そのような所だと、ナミは精神的プレッシャーからあんまりしゃべれない。
図々しい私の出番というわけだ。
とはいえ、余計なことを言って喧嘩を売るのではない。
「あんなにデカい声のウグイスじゃあ、こっちが弱々しく聞こえるじゃないか」
そう迷惑がられることが大事。
終盤になり、どこのウグイスも疲れて声量がダウンする中
「まだ元気だぞ〜!」
というアピールは、相手をイラつかせる。
それでどうなるということもないが、せめてもの抵抗というやつよ。
つまり「弱い」と表現されるナミのウグイスと、「強い」と表現される私のウグイスを
場所によってコロコロと使い分け、効率化を図るのだ。
ナミはそれを「姐さんのプロデュース」と喜んで、素直に従う。
時間で交代するのでなく、場面に合わせて頻繁に交代すると
ナミはゲーム感覚でよく働くのだった。
どうやら彼女は、自分がマイクを持つと
彼女が勝手に決めている15分の制限時間が経過するまで
交代してもらえないという重圧を感じるらしい。
ウグイスチームで刷り込まれたのだろう。
それが5分や10分足らずでしょっちゅう交代するようになると
15分の呪縛から解き放たれる様子。
限界の15分が近づくと、早く交代したくて恐ろしく早口になり
挙句は噛んで落ち込むために交代せざるを得ないという悪循環も無くなった。
この作戦はまた、誰よりも美しい声と発音を持つナミを活用する手段でもあった。
「せっかく良いセリフをたくさん持っとるのに
早口で飛ばしたら、撃つ弾が無くなってもったいないよ。
ゆっくり、ゆっくりね」
たびたび言ってやると、格段に良くなった。
結局、それぞれの仕事時間を合計すると同じぐらいか
むしろナミがしゃべっている方が長くなったかもしれない。
彼女と一緒に仕事をするようになって8年、3回目の選挙で初めて
労働時間ヒフティ・ヒフティの目標は達成された。
そのため、疲労の度合いもかなり違うようだ。
最終日まで、この手で行くことにする。
頻繁な交代実験に加えて行った二つ目の実験は、セリフの変更。
いっぺん通りのご挨拶やお願いは、こういうのが上手いナミに任せて
こっちは自己主張オンリーにする。
私は元々、自己主張が強めのウグイスだが、それをますます前面に押し出す。
自己主張といっても、自分を主張するわけではない。
そんなウグイスがいたら、困るじゃないか。
あくまで候補本人の言いたいことを代弁する形である。
夕食の弁当。
この日も美味かった…多分。
ほとんど食べられないのが、いつも残念よ。
活動の様子を撮影してお目にかけたいのは山々だけど、時間が取れない。
弁当で勘弁してちょ。
《続く》