殿は今夜もご乱心

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崖っぷちウグイス日記・9

2022年12月02日 13時51分40秒 | 選挙うぐいす日記
選挙戦5日目の木曜日。

この日の午後は、ヨッちゃんがドライバーだ。

候補は途中で選挙カーを降りて、人に会うという。

彼はこの予定のために、遠慮の無いヨッちゃんをシフトに組み入れたらしい。

そしてこの措置は、候補が我々に与えてくれた息抜きでもあった。

5時半の交代まで、どこへなりと自由に街宣していいというお達しなので

ナミを助手席に座らせ、候補の身代わりにしてしゃべらせることにする。


「さ〜て、どこから攻めようか」

と言うヨッちゃんに、私がねだったのはこれ。

「Sさんの事務所ツアー!」

S氏の事務所の前を通り、和美さんとその取り巻きを見るのは楽しいのだ。

同業者が来たら外に出て手を振るように…そう教えられて実践しているのだろう。

和美さん、そりゃもうはしゃいで、手を振りまくるというより踊りまくる。

一緒に走り出る、夜のお仲間らしき人々も同じく。

皆さん、彼女と同年代の50もつれで、美人というのではないけど

化粧をし慣れているのと明るい色の服を着ているため、とても華やかなのだ。


これじゃあ、消耗軍団の出る幕はあるまいよ。

毛玉だらけの黒やグレーの服をダラッと着た、スッピン軍団とは雲泥の差。

海千山千であろう和美さんが事務所を仕切るとなれば

一人っ子で温室育ちの消耗夫人も太刀打ちできまい。

事情通のヨッちゃんの案内でそれらを見物したら、楽しさ倍増に違いない。


「行こう!行こう!」

ヨッちゃんも賛成し、一行はS氏の事務所へ向かう。

「みりこんちゃん、和美をよう見とけよ。

ワシの顔見たら固まるけん」

目的地に近づくと、ヨッちゃんは謎めいたことを言った。


かくして事務所の前を通ると、例のごとく和美軍団が数人

中から走り出して来た。

いつものように、飛び跳ねながら手を振る和美さん。

ヨッちゃんはわざとゆっくり進むので、今日はじっくり見られるぞ。


おお、カールしたロングヘアは、赤と茶色の二色使い…

あの所作はもしかして、彼女の故郷のお祭、ねぶたなのか…

ラッセ〜ラ、ラッセ〜ラ…

だから珍しくて面白いのかしらん…。


そんなことを考えていたら、ヨッちゃんが車を停め

「和美〜」

と軽く呼んだ。

「え〜?誰?」

と言いながら小走りに近づき、車内を覗き込んだ彼女から笑顔は消えた。

そして時が止まったかのごとく、ストップモーション。

それを確認して、通り過ぎる我々。

大満足のツアーだった。


「あの人、何で止まっちゃったの?」

後で、ヨッちゃんにたずねたのは言うまでもない。

「フフ…ちょっとワケありなんよ」

予言通りになったので、満足げなヨッちゃん。

彼が人目、いや人耳をはばかりながら断片的に話した内容を繋ぎ合わせると

ヨッちゃんは彼女の婚活対象者だっだらしい。

東京の宗教団体から、こちらへ帰ってきた和美さん夫婦だが

ご主人は実家の会社へ戻ることができなかった。

喧嘩別れしたお兄さんのブロックが強く、割り込む隙が無かったのである。


そこで和美さんは、生活のためにスナック勤めを開始。

計算違いを知った彼女は男の乗り換えを考えたらしく

店のお客で、“夜の帝王“の異名を持つバツイチのヨッちゃんと懇意になった。

二人はこのままゴールインかと思われたが、そこへ現れたのが

ヨッちゃんと一、二を争う夜の帝王、S氏。

閑古鳥が鳴く田舎町の酒場で、夜の帝王がこの二人しかいないのはさておき

こっちの帝王はバツが付いておらず、一貫した独身の一人暮らしだ。

老いた母親と暮らし、別れた妻が引き取った子供のいるヨッちゃんより

身内が少ない分、条件はいい。

しかもS氏は、ヨッちゃんより6才若い。

結果、今年に入って和美さんは、立候補を決めたS氏に乗り換えた。


そりゃ年金夫人より、市議夫人の方がいいわよねぇ。

今回はたまたま運が良くて、当選はほぼ確定だから。

和美さんは綺麗だし明るいし、長い独身を守ったS氏はいい人を見つけたんじゃないかしらん。


以上がヨッちゃんとの予期せぬ再会で、和美さんが固まったてん末。

選挙中にこんなことを話していると知れたらヒンシュクを買いそうだが

裏はこんなものよ。

彼女のように逞しい女性もいるのだから、世の女性たちもクヨクヨしないで

果敢に我欲を追求してもらいたいと思い、お話しした。



さて、それからの選挙カーは近くを流していたが、助手席でしゃべっていたナミが車酔いした。

先日の宙ぶらりん事件以降、ナミはヨッちゃんの運転を怖がるようになり

緊張もあったのだろう、気分が悪くなったのだ。

そこでナミと座席を交代し、夫の会社へ向かう。

夫が居たので、皆でおしゃべり。

ナミは夫にジュースを買ってもらって、嬉しそうだ。

20分ほど遊び、また町を一回りして帰った。


その間にナミの師匠から、ナミに連絡があった。

師匠も、前回と同じ候補のウグイスをしている。

広島市内から通うのは大変だが、その候補はケチで宿泊費を出してもらえないため

自腹でこの町のホテルに泊まっているそうだ。

そこまでしてウグイスをやりたいという、彼女のど根性は見上げたものだ。


師匠がウグイスをやっているY候補とうちの候補は以前、同じ会派で仲良しだった。

しかし数年前に師匠の候補がうちの候補を裏切ったため、犬猿の仲になった。

そこで師匠はこちらの状況を探るべく、ナミに時々電話をしてくるのだった。


とはいえ今回は、あからさまな探りを入れてこない。

宿泊費が出なかったこともだが、ヒステリックな候補なので毎日が辛いそうで

和やかなこちらを羨ましがること、しきりだ。

かなり投げやりになっていて、かえって向こうの情報を伝えてくる。

いつもたいした内容ではないが、この時は参考となる案件あり。

「一昨日、Iさんの所へ寄ったら柿をご馳走してくださったのよ。

お皿に盛って爪楊枝まで刺して、待っていてくれたの。

お土産にもたくさん持たせてくれたわ」

というもの。


Iさんというのは、やはり今回、立候補せずに引退を決めた女性議員。

そして表向き、うちの候補に肩入れしてくれているという話だ。

つまり出陣式に来た引退議員その1、毎日事務所に来る引退議員その2と並ぶ

引退議員その3よ。

この人の自宅は、郊外に広がる農村地帯の最後にある。

敷地が広いので選挙カーが方向転換するのに便利でトイレも貸してくれるため

たいていの選挙カーが立ち寄る休憩スポットだ。


「姐さん、私たちIさんのおうちに何回も行きましたけど

柿なんてもらったこと無いですよねぇ」

不安そうに言うナミ。

そうさ、うちらは何回行こうと、柿のひとかけらももらったことは無い。

しかしY候補一行には柿が振る舞われ、土産まであった。

そのことに、私は呆然とするのだった。

食べ物の恨みではない。

気分は猿蟹合戦の蟹みたいだが、柿なんぞ田舎にゃナンボでも転がっている。


Iさんは選挙前、うちの候補を連れて支持者の家を100軒以上回ってくれたという。

「100軒紹介してくださったからと言って100票入るとは思いませんけど

2割から3割はイケるんじゃないかと…」

候補は嬉しそうだった。

が、選挙戦が始まって彼女の地盤に行くと、見事に反応が無い。

これには候補も首を傾げていた。


I女史の本心は、議員経験が長く得票数も常にトップ争いの大物市議

Y候補にあったのだ。

こういうことはよくあるので、裏切られたと言いたいわけではない。

問題はうちの候補の票読みに、現実との落差があるということだ。

引退議員その1とその2も、おそらく同じようなものだろう。

得票は期待できない…つまりヤバい…私は改めて確信するのだった。

《続く》
コメント (4)
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